幻想郷へと辿り着いた依姫は、しばらくその場に立ち止まり周囲を見渡した。
空気は澄み、竹林のざわめきが遠くから聞こえてくる。
「……ここが幻想郷」
依姫は静かに呟く。
「八意師匠……いや、純狐の真意を知るなら、諏伯に会うべきか」
わずかに思案し、結論を出す。
「まずは居場所を聞くとしよう」
整備された道を進み、人の気配のする方へ向かう。
やがて視界が開け、人里へと辿り着いた。
通りを歩いていた人物に声をかける。
「すまない、少し尋ねたい」
振り向いたのは、白い髪の女性だった。
「ん? 私か?」
「洩矢諏伯という者の居場所をご存じないだろうか」
一瞬の間。
「……諏伯?」
女は少し考え、肩をすくめる。
「守矢神社にいると思うが」
依姫は軽く頭を下げた。
「助かる。守矢神社はどちらの方向だろう」
女は依姫の顔をじっと見つめる。
「……あっちの道を真っ直ぐだ。ついでだ、案内してやるよ」
「それは助かる」
「藤原妹紅だ」
「綿月依姫と申します」
小さく「やっぱりな」と呟き、妹紅は歩き出す。
二人は並んで守矢神社へ向かった。
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石段を登る途中。
「そういえばさ」
妹紅が前を向いたまま口を開く。
「あんた、どこから来た?」
「……少し遠い場所からだ」
曖昧な返答。
妹紅はそれ以上は聞かない。ただし――
足が止まった。
「……綿月、ねぇ」
依姫が一歩距離を詰める。
「どうかしたのか?」
次の瞬間――
横薙ぎの蹴りが飛んだ。
依姫は咄嗟に鞘で受け止める。
「っ――」
衝撃が腕に走る。
「……やっぱり防ぐよなぁ」
妹紅は振り返り、静かに笑う。
「失礼だが、なぜ攻撃を?」
「決まってるだろ」
炎が、じわりと妹紅の手に宿る。
「その刀、気配、立ち振る舞い――どれも幻想郷の住人じゃない」
一歩、踏み込む。
「それに“綿月”の姓だ」
依姫の目がわずかに細まる。
「どう考えても月の民だろ。……兄さんに何の用だ?」
「兄……?」
ほんの一瞬の思考。
「なるほど。そういう関係か」
依姫は静かに刀に手をかける。
「誤解だ。私は戦いに来たわけではない」
鞘から、刃が抜かれる。
「今なら、先程の無礼も不問にしよう」
だが妹紅は笑った。
「はっ……」
炎が一気に噴き上がる。
「月の連中に仕返しできるチャンスを逃すかよ」
地面が焼ける。
「燃え尽きろ――藤原ボルケーノ!!」
巨大な炎が依姫へと襲いかかる。
依姫は一歩も退かない。
「降臨せよ――天照」
刀を振る。
「彼の者を焼き払え」
神の炎が呼び出される。
――紅蓮と神火が、正面から激突した。
「愚かなり、人間。いかに技を極めようとも――神の一撃には及ばぬ」
炎が消えた後、そこに立っていたのは無傷の依姫だった。
一方、地面に叩きつけられていた妹紅がゆっくりと起き上がる。
「……ったく。輝夜以上の化け物じゃねえかよ」
依姫はわずかに目を細める。
「倒したつもりだったが……」
「生憎、私は蓬莱人でね」
口元を拭い、妹紅は笑う。
「月の連中なら知ってるだろ? ちょっとやられたくらいじゃ死なないさ」
「なるほど」
依姫は刀を静かに構え直す。
「ならば――塵一つ残さぬ一撃で終わらせましょう」
刀が振り上げられる。
次の神降ろしが来る――その瞬間。
「……待ちな」
妹紅が口を開く。
「私を倒すのは難しくない。けど、忘れてないか?」
依姫の動きがわずかに止まる。
「ここはもう、守矢神社の神域だ」
――その時。
背後に、明確な“殺気”。
依姫が振り返る。
そこには――
神奈子、諏訪子、そして諏伯が立っていた。
空気が一瞬で張り詰める。
「……いつもならね、もう少し穏やかに話すんだけどさ」
諏訪子の声は、低く沈んでいた。
「月の民。“早苗はどこにやった?”」
神奈子も一歩前に出る。
「返答次第では、全員で相手をする。神降ろしだろうが関係ない」
依姫は眉一つ動かさない。
「早苗……?」
顎に手を当て、わずかに考える。
「その名の者は知らない」
「しらばっくれて――」
諏訪子の気配がさらに荒れる。
「待って」
その間に入ったのは諏伯だった。
「母さん、落ち着いて。……依姫」
視線を向ける。
「早苗を知らないなら、なぜ幻想郷に来た?」
依姫はまっすぐ諏伯を見た。
「純狐とヘカーティアの行動だ」
空気が変わる。
「現状を知りながら、なぜ放置しているのか――それを確認しに来た」
「……どういうことですか」
「突如として、お前の母――純狐と、ヘカーティアが月を強襲した」
静かに、しかし確実に告げる。
「現在、月の民は“月ごと”避難している」
諏伯の目が細くなる。
「……いい気味ですね」
「逃げ場を失った者がどう動くか、分かるか?」
「全面戦争、ですか」
「違う」
依姫は一歩踏み出す。
「――私がここにいる意味を考えろ」
沈黙。
先に答えたのは諏訪子だった。
「……幻想郷に移る気かい」
「正解だ」
依姫は迷いなく続ける。
「地上を浄化し、新たな拠点とする」
神奈子の目が鋭くなる。
「穢れある生物ごと、か」
「ああ。上層部の決定だ」
一拍。
「だが――」
依姫の声がわずかに低くなる。
「私も、姉も、サグメ様も。それを望んではいない」
諏伯の表情が変わる。
「……」
「幻想郷が戦争を望むなら、受けて立つ」
「月と幻想郷、どちらかが滅びるまでな」
空気が張り詰める。
「だが――そうでないなら」
依姫は真っ直ぐ諏伯を見る。
「純狐を止めろ」
「……」
「今回の侵攻が純狐の独断であるなら、止められるのはお前だけだ」
沈黙。
諏伯はゆっくりと口を開く。
「……母さんが、なぜ動いたのか」
依姫は首を横に振る。
「そこが分からない」
「本来なら、お前が“抑止になる”はずだった」
諏訪子が横から口を挟む。
「あー……諏伯」
少し気まずそうに言う。
「ほら、あの時の……純化の暴走」
諏伯の瞳が揺れる。
――天子との戦い。
――純化の暴走。
――それを止めた純狐。
「……まさか」
「同じことが起きてる可能性がある」
諏訪子の言葉に、諏伯は静かに頷く。
「……母の意思じゃないかもしれない」
依姫の目がわずかに開く。
「心当たりがあるのか」
「ええ」
諏伯は一歩前に出る。
「今回は――私が直接、純狐に会います」
静かだが、迷いのない声だった。
依姫は小さく息を吐く。
「……そうか」
「無用な戦いにならずに済んで助かった。」
「……まっ、待ちな。月の民」
諏訪子が手を上げて制する。
「結局のところさ。早苗はどこにやった?」
依姫はわずかに眉を寄せる。
「……身に覚えがないとしか言えない」
少し考え、問い返す。
「その“早苗”というのは、どのような人物だ?」
「緑の髪で巫女服。あと胸は――」
「胸はいいだろ胸は」
神奈子が即座に遮る。
「……特徴は合っているな」
依姫は記憶を辿る。
「もしかすると……幻想郷の神降ろしと共にいた少女かもしれない」
「神降ろし?」
「ロケットで月へ来た連中のことだ」
「ああ……霊夢か」
諏伯が納得したように頷く。
依姫は続ける。
「姉様が用意した空間を通る際、一瞬だけ高速ですれ違った気がする」
「……あー!!」
神奈子が手を叩く。
「そういえば!霊夢と魔理沙が“月に盗みに行く”とか言ってたな」
諏訪子が振り返る。
「神奈子、それ先に言いなよ」
「いや、まさか本当に行くとは思わなかったんだ」
腕を組み、少し考える。
「それで監視役として早苗をつけたんだ……間違いない」
依姫の目が鋭くなる。
「……盗みに来た、だと?」
「いやまあその辺は置いといてだな」
神奈子は咳払いして誤魔化す。
「それより問題は――どうやって月に行ったかだ」
「確かに」
諏訪子も頷く。
「早苗の奇跡でも、普通は月までは無理なはずだしね」
「……」
依姫は一度目を閉じる。
「何も問題がなければ、姉様の元――月の中枢に現れているはずだ」
「ってことは」
諏訪子が諏伯の方を見る。
「早苗たちは月にいる、で確定だね」
一拍。
「じゃあ頼むよ、諏伯」
軽く笑いながら言う。
「ついでに連れて帰ってきな」
神奈子も続ける。
「私たちは巫女不在の幻想郷を安定させておく。そっちは任せたぞ」
諏伯は静かに息を吐く。
「……ええ」
視線を上げる。
「不安要素は整理できました」
指を折るように確認する。
「早苗たちを連れ戻すこと」
「そして――純狐母さんを止めること」
ゆっくりと頷く。
「やるべきことは、その二つですね」
風が吹き、神域の空気がわずかに揺れた。
――再び、月へ向かう理由は揃った。
投稿を久しく空けて申し訳ありません。
会社の残業が多くてあまりネタを考える時間がありませんでした。
これからも投稿間隔が開く事がありますが宜しくお願いします。