始まる戦闘。
二人は距離を取ったまま弾幕を展開する。
純白の弾幕と神力を帯びた弾幕が空間を埋め尽くし、互いの周囲を掠めていく。
しかし。
どちらも決定打にはならない。
純狐は弾幕を避けながら僅かに眉をひそめた。
(……当たらないな)
弾幕は飛んでくる。
だが致命的な軌道ではない。
まるで相手の様子を窺っているような撃ち方だった。
(適当に撃ってきているのか?)
純狐は冷静に分析する。
(いや、違う。ただの牽制か)
その時だった。
地面が盛り上がる。
純狐の足元から巨大な岩盤が突き上がった。
「ん?」
純狐は軽く飛び上がる。
その瞬間。
先程まで外れていた弾幕が、一斉に純狐の移動先へと集まっていた。
純狐の瞳が僅かに細まる。
(なるほど)
諏伯は最初から弾幕を当てるつもりではなかった。
地形を操り、自分の弾幕へ誘導していたのだ。
だが。
「浅いな」
純狐が指を振る。
純白の弾幕が放たれ、迫る攻撃を全て打ち消した。
爆音と共に神力が霧散する。
純狐はそのまま諏伯へ視線を向けた。
「今度はこちらからだ」
純白の弾幕が放たれる。
無数。
それこそ視界を埋め尽くすほどの密度。
諏伯は反射的に手を掲げた。
「地よ――」
いつものように大地を隆起させ、防壁を作ろうとする。
だが。
純狐は静かに呟いた。
「操作されし大地よ」
その声に神力が宿る。
「元の姿へと帰れ」
次の瞬間。
隆起しかけた地面が崩壊した。
「なっ――」
形成途中だった岩壁が砂のように崩れ落ちる。
防御を失った諏伯へ弾幕が直撃した。
轟音。
諏伯は吹き飛ばされ、数十メートル先へ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
土煙が舞う。
諏伯はすぐに立ち上がった。
傷は浅い。
だが表情には驚愕が浮かんでいた。
「……私の能力を消した?」
純狐は静かに答える。
「消したのではない」
ゆっくりと地面へ視線を向ける。
「大地からお前の能力を排除した」
その瞳に純白の神力が宿る。
「純粋な状態へと還しただけだ」
諏伯は息を呑む。
(……そういうことか)
能力そのものを封印したわけではない。
純狐は大地に残された諏伯の干渉を純化したのだ。
つまり。
諏伯が操作した結果だけを無かったことにした。
(大地を私の干渉がない状態へ純化させたのか……)
純狐は淡々と言った。
「お前の能力は封じた」
その声音に慢心はない。
ただ事実を述べているだけだった。
「嫦娥の居場所を吐くなら許してやる」
諏伯はゆっくりと立ち上がる。
服についた土を払い。
そして小さく笑った。
「それだけな訳がないでしょう」
純狐の眉が僅かに動く。
諏伯は宝塔を持ちながら続けた。
「私が使えるのは大地だけじゃないですよ」
純狐は距離を取りながら諏伯を観察していた。
(あの手に持っている宝具……)
視線が宝塔へ向く。
(警戒した方が良さそうだ)
諏伯は宝塔を構える。
「打ち祓い給え――威光」
次の瞬間。
宝塔の先端に眩い光が集束した。
神力が圧縮され。
一点へ収束し。
そして解き放たれる。
「――ッ!」
光の奔流。
それはもはや弾幕ではない。
巨大な光線そのものだった。
純狐は即座に上昇する。
光は純狐の足元を掠めながら通過し――。
轟音。
着弾地点の地面が跡形もなく消し飛んだ。
大地そのものが抉り取られ、巨大な空洞だけが残る。
純狐は空中で静かに目を細めた。
「中々の威力だ」
その声に余裕はあった。
だが油断はない。
「遠距離からは神経をすり減らすから、あまり使いたくはないが……」
純狐は片手を前へ突き出す。
狙う先は諏伯ではない。
その手に握られた宝塔。
「宝具よ」
純白の神力が溢れる。
「その秘められた力を解放し、元の状態へ戻れ」
神力が宝塔を包み込む。
「――純化」
静寂。
だが。
何も起きなかった。
宝塔は変わらず輝き続けている。
純狐の眉が僅かに動く。
(……何故だ)
違和感。
明確な違和感。
(いつもなら力を失うはず)
宝具も。
術式も。
能力も。
全て純化できていた。
なのに。
今回は効かない。
一方。
諏伯もまた違和感を覚えていた。
(今、何かをした)
純化の気配は確かに感じた。
だが。
結果が伴っていない。
(失敗した……?)
あり得ない。
純狐が能力を失敗するなど。
そこまで考えた時だった。
諏伯の脳裏に一つの可能性が浮かぶ。
(まさか……)
純狐を暴走させる膨大な純化。
ある程度月との戦闘で消耗していた事に加えて今の戦闘。
(容量オーバー……?)
純化の暴走は純狐自身の支配維持するだけで力の大半を使っている。
だから外へ向ける余裕がない。
そう考えれば説明がつく。
諏伯は攻勢へ転じた。
弾幕。
神力。
宝塔による砲撃。
次々と純狐へ襲い掛かる。
純狐は迎撃しながらも焦りを隠せなかった。
「何故だ……!」
弾幕が乱れる。
「何故力が使えない!」
純白の神力が荒れ狂う。
「いつもならこんな戦い、さっさと終わらせられるのに!」
混乱。苛立ち。焦燥。
純狐の理性が少しずつ削られていく。
(こうなったら……負けるよりはましだ)
能力が使えないなら。
直接触れる。
それだけだ。
(彼の生命そのものを純化してやる)
純狐は一直線に飛び出した。
「貴方」
純白の神力が迸る。
「命を頂くけど、恨まないことね」
諏伯へ突撃する。
諏伯は迎撃する。
弾幕が命中する。
神力が純狐の身体を削る。
だが。
致命傷を与える瞬間。
諏伯は躊躇った。
その一瞬。
純狐は懐へ潜り込む。
「捕まえた」
純狐の腕が諏伯を拘束する。
「もう終わり――」
勝利を確信する。
だが。
そこで純狐は気付いた。
諏伯の顔。
その表情。
「……おい」
純狐の声が止まる。
「何故敵にそんな顔を向ける」
諏伯は笑っていた。
微かに。
本当に微かに。
安心したような笑み。
「そんな目で……こっちを見る」
諏伯は静かに答える。
「何故でしょうか」
純狐の腕の中。
逃げることもせず。
ただ穏やかに。
「蓬莱人の私でさえ、この攻撃に当たれば、復活できない気がするのに」
そして。
純狐を見つめる。
「今度は母の腕の中で終われるんだなって思ったら」
純狐の瞳が揺れた。
「……っ」
汗が流れる。
(何だ)
胸が痛い。
(何なんだ、こいつは)
月の民のはずだ。
敵のはずだ。
なのに。
(殺していいのか?)
その疑問が浮かぶ。
純狐は動けなくなった。
(前にも……)
既視感。
忘れているはずの記憶。
(前にも同じ光景を……)
その時。
諏伯の手が純狐の手へ触れた。
純狐は振り払わない。
振り払えなかった。
諏伯は静かに呟く。
「ある程度暴れて純化の暴走が落ち着いたのか」
「それとも理性が抑えているのか」
「どちらでもいいです」
その手に神力が集まる。
優しく。
包み込むように。
「今度は私が――」
諏伯は純狐の目を見た。
「助けます」
そして。
静かに力を流し込む。
「母に残された恨みの純化よ」
神力が脈打つ。
「暴走を止め」
諏伯の声が響く。
「元に戻れ」
純白と黄金の神力が重なる。
「――純化」
その瞬間。
純狐の身体を覆っていた膨大な純化が、大きく揺らいだ。
数秒の沈黙。
先程まで空間を埋め尽くしていた純白の神力が、ゆっくりと収まっていく。
純狐は自分の手を見つめた。
震えている。
その手は少し前まで、息子を殺そうとしていた。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
そして。
純狐は諏伯の顔を見た。
今度はちゃんと。
息子として。
「危うく息子を自分の手で殺めそうになるなんて……母親失格ね」
苦笑混じりの声だった。
諏伯の表情が明るくなる。
「母さん……戻ったの?」
純狐は優しく微笑んだ。
「ええ」
ゆっくりと頷く。
「もう大丈夫よ」
そして。
何百年も待ち続けた息子へ向けて言う。
「ありがとう、諏伯」
その瞬間。
諏伯は純狐へ飛びついた。
「うわっ」
純狐が少しよろける。
だがすぐに諏伯を抱き留めた。
「大丈夫だよ、母さん」
諏伯は純狐の服を掴みながら言う。
「元はと言えば、あの天人様が原因で私が暴走したのが悪いので」
純狐は一瞬呆けた後。
くすりと笑った。
「ふふっ、そうね」
優しく頭を撫でる。
「今度二人で仕返しに行きましょうか」
「程々にしてね?」
「考えておくわ」
全く考えていない顔だった。
---
しばらくして。
空間の入口が勢いよく開いた。
「おっ!」
元気な声が響く。
「無事終わったみたいね!」
ヘカーティアだった。
その後ろには。
肩で息をしている霊夢。
地面に座り込みそうな魔理沙。
完全に疲れ切った早苗。
三人が続いている。
純狐は苦笑した。
「ええ。付き合わせて悪かったわね、ヘカーティア」
「いいのいいの」
ヘカーティアは豪快に手を振る。
「私も久々に負けて楽しかったわよ!」
「どこがよ……」
霊夢が呆れた声を出す。
「こんだけ元気じゃない」
「手加減されてるのが丸分かりだったんだぜ……」
魔理沙も肩で息をしながら文句を言う。
早苗は額の汗を拭った。
「一発くらわせただけ良しとしましょう」
「あれ結構痛かったのよ?」
「もっと痛がってください」
---
ヘカーティアは笑いながら扉を開いた。
幻想郷へ続く帰り道。
「ほら」
「純狐も戻ったし、月への侵攻もこれでおしまい」
「約束した訳じゃないけどね」
誰も信用していなかった。
「若人達は先に帰りなさいな」
さらに何かを取り出した。
「ついでにお土産もあげるわ」
三人へ押し付けられる紙袋。
中を見た三人は固まった。
「……」
「……」
「……」
ヘカーティアTシャツだった。
「いらない」
霊夢が即答する。
「捨てるのも申し訳ないんだぜ」
魔理沙が頭を抱える。
「神様からの贈り物なので処分にも困りますね……」
早苗が遠い目をした。
ヘカーティアは満足そうだった。
---
帰り際。
霊夢が振り返る。
「諏伯も終わったら帰りなさいよ」
魔理沙は純狐に甘えている諏伯を見て口を開く。
「マザコ――」
途中で止めた。
「いや」
咳払い。
「親子仲がいいのは良いことだな。うん」
「今、変なこと言おうとしなかった?」
「気のせいだぜ」
早苗は苦笑する。
「あんまり甘えていると諏訪子様に嫉妬されますよ?」
「あり得るわね」
純狐が真顔で頷いた。
三人はそのまま幻想郷へ帰っていった。
---
静かになった空間。
諏伯は純狐の膝の上で寝転がっていた。
「母さん、そろそろ……」
「ダーメ」
即答だった。
純狐は諏伯の髪を撫でる。
「今日はこうしていたい気分なの」
「でも……」
「ダーメ」
二回目だった。
諏伯は諦めた。
頭を撫でる感触が心地いい。
懐かしい。
暖かい。
眠気が押し寄せてくる。
「おやすみ、諏伯」
「……おやすみ、母さん」
数秒後。
諏伯の寝息が聞こえ始めた。
純狐は穏やかな表情でその寝顔を見つめる。
ヘカーティアはその様子を眺めながら小さく呟いた。
(……封獣ぬえが見たら引かないかしら、これ)
そして。
数秒考えた後。
(いや、あの子なら面白がるわね)
と結論付けた。