少し後、守矢神社にて
「――という訳で、お願いできませんかね。二柱の神々様」
射命丸は深々と頭を下げた。
その内容は。
諏伯とぬえの仲を深めるための共同作戦。
一通り話を聞き終えた神奈子は腕を組み――。
「ふむ、いつものくだらない記事のネタかと思えば、たまには良い話を持ってくるじゃないかい」
隣では諏訪子が目を輝かせていた。
「そうそう!私らも可愛い孫の顔が見たいんだよねぇ」
その一言で。
神奈子の目も輝く。
「そうだ!」
「守矢の跡継ぎを――!」
「「ぜひとも!!」」
二柱は同時に立ち上がった。
射命丸は思わず一歩引く。
(すごい食い付きですね……)
少し離れた場所では、早苗が静かにお茶を飲んでいた。
(……口を挟まないでおこう)
経験上、ここで下手に発言すると。
「早苗はどうなの?」
「早苗も結婚しないとね」
「子供はまだ?」
などと話題が自分へ飛んでくる未来しか見えない。
早苗は何も聞こえなかったことにした。
神奈子は勢いよく立ち上がる。
「よし!」
拳を握る。
「結界でも!異空間でも!新しい世界でも!」
「何でも用意してやろうじゃないか!!」
豪快に笑う。
「安心しな!」
神奈子の神威が僅かに漏れ出す。
「諏伯とぬえとて、所詮は若造!」
「武神――八坂神奈子の本気の前では手も足も出ないということを見せてあげるよ!!」
「おお……」
射命丸は思わず感嘆の声を漏らす。
「いつにも増してやる気ですね」
「当然!」
神奈子は胸を張る。
「未来の孫が懸かってるからね!」
「まだ産まれることすら決まってないけどね!」
諏訪子が嬉しそうに笑う。
「諏伯は私が連れてくるよ」
悪戯っぽく笑いながら続けた。
「あの子なら『修行に付き合って』って言えば簡単に来るし」
「ぬえの方は命蓮寺でお願いね」
射命丸は胸を叩いた。
「お任せください!」
「ぬえさんなら村紗さん達が上手く誘導してくれるでしょう!」
神奈子は満足そうに頷く。
「よし!」
「これより――」
高らかに宣言する。
「『諏伯・ぬえくっつけ大作戦』を開始する!!」
「「おーーっ!!」」
神奈子、諏訪子、そして射命丸の声が境内に響き渡る。
その横で。
早苗だけが静かに湯呑みを置いた。
(絶対、ろくなことにならない……)
約一週間後。
命蓮寺の廊下の奥。
人目につかない一室の前に、一つの見慣れない扉が設置されていた。
一輪は腕を組みながら、その扉を見上げる。
「これが例の扉?」
「らしいですね」
星が静かに頷いた。
「神奈子さんが取り付けてくださったそうです」
そう言って扉を開く。
しかし、中に広がっていたのは、ただの壁。
「……何もないね」
ナズーリンが覗き込みながら呟く。
「本人――つまりぬえ以外が開いても何も起きないらしい」
腕を組みながら続ける。
「守矢神社にある扉も行き着く先は同じ、と聞いているけど……」
村紗が肩を竦める。
「さて」
手をぱんっと叩いた。
「後はここへぬえを連れてくるだけだね」
「待て待て、同志」
一輪がすかさず止める。
「今日、私達は買い出しの日でしょ」
「流石に寺に居続けたら聖に怪しまれるって」
「あー……」
村紗も思い出したように頭を掻く。
「確かに」
「じゃあ後は任せた!」
一輪と村紗は何事もなかったかのように、その場を後にした。
残されたのは。
星とナズーリン。
しばし沈黙。
「さて」
星が小さく息を吐く。
「やりますか、ナズ」
ナズーリンは肩を竦めた。
「僕の出番はほとんど無い気がするけど」
小さく笑う。
「そうだね、ご主人」
二人はそのままぬえの部屋へ向かった。
コンコン。
星が障子を叩く。
「ぬえー、いますか?」
「はーい」
障子が開き、ぬえが顔を出す。
「どうしたの、寅丸」
星はいつも通り穏やかに微笑んだ。
「兄上が呼んでいますので」
「少し来てもらえますか?」
「諏伯が?」
ぬえは少し首を傾げる。
「寅丸を遣いに寄越すなんて珍しいこともあるわね」
「分かった」
「今行く」
何の疑いもなく部屋を出る。
そのまま二人に付いて歩き始めた。
そして。
例の扉の前へ辿り着く。
ぬえは足を止めた。
「……こんな所に扉なんてあった?」
「兄上が命蓮寺へ来ることが多いので」
星は事前に聞かされていた説明をそのまま口にする。
「神奈子さんが、守矢神社との直通用に作ってくださったそうです」
「あー」
ぬえは納得したように頷いた。
「そういえば、この寺を建てる時もあの人達協力してたわね」
「なら不思議じゃないか」
そう言って扉へ手を掛ける。
ギィ……
ゆっくりと扉が開いた。
その先には。
真っ黒な空間。
光すら飲み込むような闇だけが広がっていた。
ぬえは思わず一歩下がる。
「……中、見えなくない?」
「怖っ」
腕を組みながら考え始める。
「とりあえず分身を先に入れて、安全か確かめ――」
その瞬間。
ドンッ!
「えっ」
背中に衝撃、振り返る間もなくぬえの身体は前へ押し出された。
押したのは星だった。
「悪く思わないでくださいね」
いつもの穏やかな笑顔のまま。
だが押す力だけは一切容赦がない。
「兄上のためです」
「ちょっ、寅――」
最後まで言い切る前に。
ぬえの身体は闇へ吸い込まれた。
バタン。
扉がひとりでに閉まる。
静寂。
ナズーリンはその扉を見つめながらぽつりと呟いた。
「……ご主人」
「結構えげつないことするね」
星はにこりと微笑んだ。
「2人のためですから」
一方、その頃。
守矢神社では――。
「――である故に、貴方は少し怠けすぎです」
茨木華扇は腕を組み、呆れたようにため息をつく。
「もっと修行を積むべきです」
「うるさいですね、華扇」
諏伯は肩を竦めた。
「修行しろ修行しろと言いますけど、甘味にうつつを抜かしている貴方に言われる筋合いはありません」
「……何ですって?」
華扇の眉がぴくりと動く。
諏伯はそのまま華扇へ歩み寄ると――。
ぷに。
「なっ!?」
華扇のお腹を指でつついた。
「な、何をするんですか!」
「このお腹の体たらくですよ」
諏伯は真顔のまま続ける。
「前より柔らかくなってません?」
「仙人になってカロリーを贅肉へ変える能力でも身に付け――」
ゴッ!!
凄まじい音が神社に響いた。
諏伯の頭へ華扇の手刀が炸裂する。
そのまま地面へ叩き落とされ。
床に綺麗な人型が出来上がった。
「痛っ……」
華扇はふんっと鼻を鳴らす。
「乙女の身体を遠慮なく指摘した罰です。これは指導です」
くるりと背を向けながら言った。
「明日も指導しますからね」
そう言い残し、華扇は颯爽と去っていく。
地面にめり込んだまま諏伯は呟いた。
「……理不尽」
その様子を横で見ていた早苗が苦笑する。
「仙人の修行ってどんなものかと思って見ていたら……今のは諏伯さんが悪いですよ」
「全く」
諏伯は土を払いながら立ち上がる。
「あの仙人は暇なんでしょうか」
「それにしても」
早苗は不思議そうに首を傾げた。
「諏伯さんって、大抵の人には丁寧に接しますよね?」
「でも華扇さんだけは遠慮なく言い返しますよね。私からすれば、とても良い仙人なんですけど」
諏伯は少しだけ考えた。
「最初に出会った頃は敵同士でしたからね。あの人相手だと、変に気を遣う必要がないんですよ」
「へぇ」
早苗は納得したように頷く。
「そういえば」
「あの神奈子様と諏訪子様が呼んでいましたよ。」
「私を?」
「はい」
早苗は意味深に微笑む。
「お気を付けて」
「……え?」
諏伯は首を傾げた。
(お気を付けて?)
何となく嫌な予感がした。
諏伯が神社の裏手へ向かうと。
神奈子と諏訪子が、見慣れない扉の前に立っていた。
「おっ、来た来た」
神奈子が満面の笑みで手招きする。
「諏伯、ちょっとこっち」
その笑顔が逆に怪しい。
諏伯は一歩、また一歩と慎重に近付く。
「……先に言っておきますけど」
「私、何も悪いことしてませんよ?」
「ははは!」
諏訪子が笑う。
「確かにその呼び方は怒る時だけど」
「今回は諏伯がやらかした訳じゃないから安心しなよ」
「なら何です?」
神奈子は扉を指差した。
「ちょっとこの中に入ってみてほしくてね」
「嫌です」
即答だった。
「いやいや、話を最後まで――」
「怪しすぎます!」
諏伯は後退る。
「死なないからって駄目でしょう!」
「息子に何をさせる気ですか!!」
神奈子はにっこり笑ったまま諏伯の服を掴んだ。
「大丈夫、大丈夫」
「私が作った扉だから中は快適空間だよ」
「その説明が一番信用できないんですよ!」
神奈子は扉を開く。
中は真っ暗。
何も見えない。
「いやいやいや!」
「絶対入らな――」
ぐいっ。
神奈子が力任せに押す。
「うわっ!」
諏伯は咄嗟に扉の縁を掴み、必死に抵抗する。
「絶対何か企んでるでしょう!」
諏訪子はその様子を見て苦笑した。
「ほらほら」
「抵抗なんてやめて行きなって」
「私らも早く孫の顔が見たいんだよ」
にこりと笑う。
「早く手を放さないと」
一拍置いて。
「その手、切り落とすよ?」
「怖っ!?」
諏伯は反射的に手を離してしまう。
その瞬間。
「よしっ!」
神奈子が思い切り押した。
「うわあああああっ!!」
諏伯の姿は闇の中へ吸い込まれていく。
バタン。
扉が静かに閉まった。
神奈子は額の汗を拭う。
「ふぅ……」
「無駄に抵抗してくれたねぇ」
諏訪子は呆れたように肩を竦める。
「神奈子の誘い方が怪しすぎるんだって」
「普通に説明すればよかったのに」
「いや、それじゃ入らないでしょ?」
「……それもそうか」
二柱は顔を見合わせ――。
悪戯が成功した子供のように笑い合った。