純狐の息子は二度目の生で母を追う   作:四国の探索人

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仙人の貸し

 

「おっとっと……」

 

よろめきながらも床へ手をつく諏伯。

 

突然放り込まれたものの、大きな怪我はない。

 

「アンタも親御さん辺りに嵌められて来たのね」

 

聞き慣れた声だった。

 

諏伯が顔を上げる。

 

「……ぬえ?」

 

そこには腕を組み、壁にもたれ掛かるぬえの姿があった。

 

「貴方も連れて来られたんですか」

 

「そういうこと」

 

ぬえはため息を吐く。

 

「寺の連中にね」

 

諏伯はゆっくり立ち上がり、辺りを見回した。

 

「……」

 

部屋一面が淡いピンク色。

 

大きなベッド。

 

豪華なソファ。

 

そして奥には、ガラス越しに見える大きな風呂。

 

「あれ?」

 

諏伯は首を傾げる。

 

「やけにカラフルな部屋ですね」

 

「……」

 

ぬえは何とも言えない顔になる。

 

(ああ……)

 

(諏伯って月暮らしが長かったから知らないのか)

 

(しかも守矢神社育ち)

 

(ラブホテルなんて知る機会ないわよね)

 

ぬえは咳払いを一つ。

 

「ま、まあ」

 

「外の世界の休憩部屋みたいなものよ」

 

「休憩部屋?」

 

「そうそう」

 

ぬえは曖昧に笑う。

 

「疲れた人がゆっくり休む場所」

 

「なるほど」

 

諏伯は素直に頷いた。

 

「外の世界には便利な施設があるんですね」

 

(ごめん諏伯、今は知らない方が幸せよ)

 

諏伯は改めてぬえを見る。

 

「私は守矢神社で母さん達に放り込まれましたけど」

 

「ぬえは?」

 

「寺の連中」

 

ぬえは即答した。

 

「たぶん全員グルね」

 

「やっぱりですか」

 

諏伯は苦笑する。

 

「私も神奈子さんと母さんに無理やり押し込まれました」

 

「……やることが同じね」

 

二人は同時にため息を吐いた。

 

諏伯は壁へ近付き、手を当てる。

 

静かに神力を流し込む。

 

「やっぱり」

 

「どう?」

 

「この神力……神奈子さんですね」

 

壁一面から八坂神奈子の神力が流れている。

 

「空間そのものを作り替えてる」

 

ぬえも壁を軽く叩く。

 

コンコン。

 

びくともしない。

 

「となると」

 

「部屋を壊すのも無理そうね」

 

「ええ」

 

諏伯は入口があった場所を見る。

 

そこにはもう扉すら存在しなかった。

 

「元の扉も消えてます」

 

「閉じ込める気満々じゃない」

 

ぬえは呆れ返る。

 

「……あの人達、本気ね」

 

諏伯は困ったように頭を掻いた。

 

「どうやって出ましょうか」

 

ぬえはベッドへ腰掛ける。

 

「多分、すぐには出してくれないわよ」

 

「ですよねぇ……」

 

二人は顔を見合わせ。

 

同時に大きなため息を吐いた。

 

「急いで出なくても、そのうち飽きたら出してくれますよ。多分」

 

「……多分、ね」

 

ぬえも半信半疑のままベッドへ腰を下ろす。

 

二人は適当に時間を潰し始めた。

 

部屋を調べたりテレビらしき箱を弄ってみたり冷蔵庫を開けて中身を眺めたり外の世界の雑誌を手に取ってみたり。

 

「……」

「……」

 

やることがない。

 

時計だけが静かに時を刻んでいく。

 

「こりゃ駄目そうね」

 

ぬえは大きく伸びをする。

 

「疲れた」

 

「私は先に寝させてもらうわよ」

 

そう言って、大きなベッドへ腰を下ろした。

 

諏伯も欠伸を噛み殺す。

 

「私も……」

 

「正直、眠いです」

 

「寝れば?」

 

ぬえはベッドをぽんぽんと叩く。

 

「広いし」

 

「それもそうですね」

 

諏伯は特に気にする様子もなく、反対側へ腰掛けた。

 

「……」

「……」

 

しばらく沈黙が流れる。

 

「ねぇ」

 

ぬえがぼそりと口を開く。

 

「アンタ、警戒とかしないの?」

 

「警戒?」

 

諏伯は首を傾げる。

 

「付き合ってる男女が同じベッドで寝ようとしてるんだけど」

 

「ああ」

 

諏伯は納得したように頷く。

 

「なら、問題ないんじゃ?」

 

「……へ?」

 

ぬえの思考が止まる。

 

「付き合ってるんですし」

 

「今さら一緒に寝るくらいで、警戒する理由もありませんから」

 

自然にあまりにも真面目な顔で。

 

そんなことを言ってのけた。

 

「…………」

 

ぬえは固まった。

 

(な、何よそれ……)

 

(さらっと言わないでよ……)

 

耳までじわじわ熱くなる。

 

(いや、付き合ってるのは事実だけど!)

 

(そういう意味じゃなくて!)

 

(普通はもっとこう……)

 

(照れるとか! 意識するとか!)

 

ちらり、と諏伯を見る。

 

本人は本当に何も考えていない顔で布団を整えていた。

 

(この天然……!)

 

(私だけ意識してるみたいじゃない……!)

 

羞恥で顔が熱くなる。

 

(落ち着け、封獣ぬえ)

 

(ただ同じベッドで寝るだけ。)

 

(何も起きない。)

 

(何も起きないったら何も起きない。)

 

(……多分。)

 

心の中で必死に自分へ言い聞かせる。

 

「……おやすみ」

 

誤魔化すようにそう言うと、ぬえは布団を頭まで被った。

 

「はい」

 

諏伯も反対側へ横になる。

 

「おやすみなさい」

 

部屋は静かな空気に包まれた。

 

――しかし。

 

部屋の外では。

 

「「「まだかな」」」

 

「静かですね」

 

「今頃いい雰囲気になってるかな?」

 

神奈子が扉にぴたりと耳を当てる。

 

「神奈子、壁に耳を付けない」

 

諏訪子が呆れたように引き剥がす。

 

「ちょっとくらいいいじゃないか」

 

「駄目です」

 

扉の向こうでは、神様や妖怪達が固唾を呑んで様子を窺っていた。

 

そして当の部屋の中では。

 

「……」

 

「……」

 

数分後。

 

ぬえは羞恥と疲労に負けて寝息を立て始め。

 

その反対側では、諏伯も静かに眠りへ落ちていた。

 

二人の間には、手一つ届かないほどの微妙な距離だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

守矢神社。

 

「失礼します」

 

石段を上り、茨木華扇が神社へ姿を現した。

 

掃除をしていた早苗が振り返る。

 

「華扇さん。今日はどうされました?」

 

「諏伯はいますか?」

 

華扇は腕を組みながら答える。

 

「昨日の説教の続きをしてやらねば気が済まない……」

 

少し間を置いて咳払いする。

 

「いえ、一緒に修行でもしようかと思いまして」

 

早苗は苦笑した。

 

「あー……今はいないというか」

 

「留守ですか?」

 

華扇は首を傾げる。

 

「いつ頃戻るのでしょう」

 

早苗は困ったように頬を掻く。

 

「神奈子様と諏訪子様の戯れに付き合わされて……」

 

「今は隔離されている、と言った方が正しいですね」

 

「……ほう」

 

華扇の口元が僅かに吊り上がる。

 

「隔離、ですか。まったく」

 

「修行をサボるから、そういう目に遭うのです」

 

そう言いながらも、その目はどこか楽しそうだった。

 

(なるほど。)

 

(貸しを作るには絶好の機会ですね。)

 

華扇は早苗へ向き直る。

 

「少々予定を変更します」

 

「八坂神とお会いできますか?」

 

「えっと……」

 

早苗は少し考える。

 

「解放はしてくださらないと思いますけど」

 

「案内しますね」

 

 

 

社の奥。

 

神奈子は腕を組み、華扇を迎えた。

 

「珍しいね」

 

「山の仙人様が、何の用だい?」

 

華扇は単刀直入に切り出す。

 

「諏伯に少々用がありまして」

 

「解放するおつもりはありませんか?」

 

「無理無理」

 

神奈子は即答だった。

 

「こっちは守矢神社の跡継ぎに関わる大事な仕事をしてるんだ。終わるまで待ってもらうよ」

 

華扇は小さく息を吐く。

 

「察するに」

 

「今回の件は、お二柱の仕業でしょう」

 

「ですが」

 

視線を細める。

 

「他の神々や妖怪達も了承済みなのですか?」

 

神奈子は得意げに笑った。

 

「もちろん」

 

一本一本指を折りながら数え始める。

 

「まず純狐」

 

「事情を話したら、『私も孫の顔を見てみたい』って快く了承してくれた」

 

「命蓮寺の妖怪達も協力者さ」

 

「聖白蓮は反対するだろうけど、運良く二、三日は寺を留守にしてる」

 

「妖怪の山も協力的」

 

「紫とは不干渉の約束を取り付けた」

 

神奈子は胸を張る。

 

「結界は私の専門分野だ」

 

「他の連中は興味なし」

 

にやり、と笑う。

 

「まさか」

 

「うちの家族計画に口を挟む気かい?」

 

神威が僅かに周囲を震わせた。

 

「だったら――」

 

神奈子は堂々と言い放つ。

 

「この武神、八坂神奈子を倒してから言うんだね」

 

一瞬。

 

空気が張り詰める。

 

しかし華扇は肩を竦めるだけだった。

 

「いえいえ」

 

「私は状況を確認したかっただけですよ」

 

穏やかに笑う。

 

「ただの仙人が武神に敵う訳がないじゃありませんか」

 

「そうかい」

 

神奈子は満足そうに頷いた。

 

「話は終わりだね」

 

「ええ」

 

華扇は一礼すると、そのまま守矢神社を後にした。

 

その背中を見送りながら。

 

諏訪子がぽつりと呟く。

 

「……何もしないって宣言した割には、ずいぶん細かく聞いていったね」

 

神奈子も腕を組む。

 

「ああ」

 

「つまり」

 

「何かする気なんだろうね」

 

神奈子は不敵に笑った。

 

「面白い」

 

「仙人が何を仕掛けてくるのか」

 

「見せてもらおうじゃないか」

 

二柱は追うこともなく。

 

強者の余裕を漂わせながら、華扇の去っていく背中を静かに見送った。

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