守矢神社を後にした華扇は、一人静かに考えを巡らせていた。
「さて……」
動物の背に揺られながら、小さく呟く。
「先ほど八坂神が口にした言葉」
『命蓮寺の妖怪達は協力している』
『聖白蓮は二、三日は戻らない』
「……あまりにも都合が良すぎますね」
目を細める。
「つまり、命蓮寺には聖がいては困る何かが隠されている」
「ならば――」
華扇は進路を変えた。
「調べる価値があります。」
数分後。
命蓮寺。
門前へ降り立つと、ちょうど境内にいたナズーリンがこちらへ歩いてきた。
「おや、山の仙人様じゃないか今日は何の用かな?」
華扇は笑みを浮かべる。
「少し寺の中を見学させていただこうかと」
「……」
ナズーリンの笑顔が一瞬固まる。
「……断る」
即答だった。
華扇は少し肩を竦める。
「お寺なのに来客を断るのですか?」
「構いませんよ」
「後ほど聖白蓮に直接お願いするだけですから」
「……」
ナズーリンは頭を抱えた。
(聖に知られる方がまずい……)
長いため息を吐く。
「……分かった」
「案内しよう」
命蓮寺の廊下を歩く二人。
華扇は何気なく辺りを眺めながら歩いていた。
しかし、ぴたりと突然足を止める。
「……やはり、感じますね」
「?」
そのまま案内とは全く違う方向へ歩き始めた。
「ま、待て!」
ナズーリンが慌てて追いかける。
「そこは部外者立入禁止だ!」
しかし華扇は止まらない。
「止まれ!」
ナズーリンは華扇の袖を掴む。
だが。
「失礼」
華扇はそのまま歩き続ける。
仙人の膂力に引きずられ、ナズーリンまで一緒に前へ進んでしまう。
騒ぎを聞きつけ。
村紗。
一輪。
星。
命蓮寺の妖怪達も慌てて駆け付けた。
「華扇!」
「止まりなさい!」
だが。
一歩遅かった。
華扇は目的の部屋へ辿り着く。
「これですね」
扉を開く。
ギィ……
中には壁。
それだけだった。
「…………」
その瞬間。
後ろにいた妖怪達全員が。
「ふぅ……」
安堵の息を漏らした。
村紗は慌てて笑顔を作る。
「ほら」
「何も無かったでしょ、仙人様」
「さあさあ帰った帰った」
一輪もすかさず前へ出る。
「ここは改装予定の部屋なんです」
そう言って扉を何度も開閉してみせる。
「ほら」
「ただの壁でしょう?」
「…………」
華扇は何も答えない。
静かに目を閉じる。
(焦っている。)
(間違いありませんね。この扉が関係している。)
神奈子の言葉。
命蓮寺の妖怪達。
今の反応。
すべてが一本に繋がる。
(しかし。)
(作製者本人しか開けられない?)
すぐに首を横へ振る。
(違います。)
(神奈子がわざわざ命蓮寺まで来て、ぬえを中へ押し込んだとは考えにくい。)
(ならば。)
(本人なら入れる。)
(しかし、外からは開けられない。)
(そういう仕組み。)
華扇は小さく笑った。
「ふむ」
「これは……」
口元が僅かに緩む。
「高くつきますよ、諏伯」
「……?」
一輪が首を傾げる。
「急に何を言って――」
華扇は踵を返し、そのまま庭へ歩き出した。
妖怪達も警戒しながら後を追う。
広い庭へ出ると。
華扇は静かに振り返った。
「皆さん恨みはありません、ですが」
袖をまくる。
包帯を巻いた右腕が風に揺れる。
「人助けのため。貴方達を倒します。」
その一言で。
場の空気が一変した。
村紗が錨を構え。
一輪が雲山を呼び出し。
星は宝塔へ手を添え。
ナズーリンは静かに身構える。
一輪が険しい表情で口を開いた。
「……本気なのね。」
華扇は静かに頷く。
「ええ。本気です。」
仙人と命蓮寺。
互いに一歩も譲らぬ戦いの火蓋が、静かに切って落とされた。
村紗は錨を振り上げ、大きく笑った。
「四対一で挑むとは、随分舐められたもんだね!」
錨が一直線に飛ぶ。
ガシャンッ!!
鉄鎖は抵抗らしい抵抗もなく華扇の身体へ巻き付いた。
「やった!」
村紗が口角を上げる。
「こんな簡単に捕まるなんて、案外仙人様も大したこと――」
「一輪!!」
「おうよ!」
一輪は拳を突き上げる。
「雲山!やってしまい!」
「せいやぁぁっ!!」
巨大な拳が拘束された華扇へ叩き込まれる。
だが。
「甘い。」
華扇は鎖など意にも介さず、右拳を突き出した。
ドォン!!
拳と拳が真正面からぶつかる。
衝撃波が庭中へ広がった。
「なっ!?」
雲山の身体が止まる。
拘束されているはずの華扇と互角。
「嘘だろ……」
村紗は目を見開く。
「私が拘束してるのに、この馬鹿力!?」
ナズーリンも表情を引き締めた。
(……違う。)
(この仙人。ただの仙人じゃない。)
「弾幕!」
援護の弾幕が華扇へ降り注ぐ。
しかし。
華扇は笑う。
「薄い、薄い!」
片手を振るだけで弾幕を払い除ける。
「そんな威力では!古の時代なら誰一人倒せませんよ!」
空へ腕を掲げる。
次の瞬間。
空を覆うほど巨大な弾幕が生み出された。
「弾幕とはこう撃つのです!!」
轟音。
巨大な弾幕がナズーリンへ降り注ぐ。
「しまっ――」
その瞬間。
「宝塔よ!」
星が前へ踏み出した。
「その御力を現し給え――威光!!」
宝塔から極太の光が放たれる。
轟ッ!!
光は巨大弾幕を真正面から撃ち抜き、空中で相殺した。
爆煙が庭を包む。
「ナズ!怪我はありませんか!」
「お陰様でね。」
ナズーリンは息を整える。
「全く……デタラメな強さだ。」
華扇は楽しそうに笑った。
「ふふっ。退屈しなさそうですね。」
星は即座に指示を飛ばす。
「村紗!」
「幸い錨は切れていません!」
「拘束を維持してください!」
「雲山!」
「彼女を押さえ込んで!「任せい!」
雲山が華扇へ飛び付き、全身で押さえ込む。
「放さんぜよ!」
「一輪!」
「ナズ!」
「拘束が解けた時の為に援護を!」
「分かった!」
二人は左右へ展開する。
そして星は宝塔を掲げた。
「宝塔よ!」
「秘めし力を最大まで解き放ち給え!」
眩い光が宝塔へ集束する。
華扇はそれを見ながら小さく呟いた。
「やはり……」
「命蓮寺の妖怪とて、この程度。」
その瞬間だった。
「ふっ!」
華扇は全身へ力を込める。
ミシッ!!
鉄鎖が悲鳴を上げる。
「なっ!?」
村紗が目を見開く。
そのまま華扇は鎖を力任せに引いた。
村紗と雲山ごと。
二人を持ち上げる。
「嘘じゃろ!この馬鹿力!!」
華扇は二人を盾のように振り回した。
「ご主人!」
ナズーリンが叫ぶ。
しかし遅い。
「威光!!」
星の最大出力。
極太の光が一直線に飛ぶ。
直前で華扇は身を翻す。
盾にされた村紗と雲山へ直撃した。
轟音。
二人はそのまま吹き飛び、動かなくなる。
「村紗!」
一輪が飛び出す。
手にしたチャクラムを投げる。
だが。
華扇は僅かに身を傾けて避けると。
「甘い。」
一歩踏み込み。
お腹へ拳を叩き込んだ。
「がっ……!」
一輪はその場へ崩れ落ちた。
残るは。
星とナズーリン。
「ご主人……」
ナズーリンは短く息を吐く。
「時間は稼ぐ。」
「もう一発頼む。」
「ああ。」
星は宝塔を構える。
ナズーリンは華扇へ突撃した。
数秒。
それだけで十分だった。
「威光!!」
三度目の光。
今度は完全に華扇を捉える。
直撃。
爆煙が辺りを覆った。
「やりましたか……?」
星は肩で息をしながら煙を見つめる。
だが。
煙の奥から。
ゆっくりと人影が現れる。
着物は焼け焦げ。
全身には傷。
それでも。
茨木華扇は立っていた。
「……中々。」
血を拭いながら笑う。
「良い攻撃でしたよ。寅丸。」
星は苦笑した。
「ははっ……」
「貴方も、大概化物ですね。」
その言葉を最後に。
三度にわたる宝塔の全力使用で霊力は尽き果てる。
星は静かに膝をつき。
そのまま前へ倒れ込んだ。
庭には、最後まで立っていた華扇だけが静かに息を整えていた。