命蓮寺の庭。
倒れた妖怪達を見回した華扇は、小さく息を吐いた。
「……ふぅ。」
視線を雲山へ向ける。
「少し借りますよ。」
雲山を抱え上げると、そのまま例の扉がある部屋へと向かった。
部屋へ着くと、華扇は雲山の頬を軽く叩く。
「雲山。」
ぺし。
ぺしぺし。
「……ん。」
雲山はゆっくりと瞼を開く。
「ん……?何故、儂はここに……」
「急な戦闘、申し訳ありませんでした。」
華扇は素直に頭を下げた。
雲山は苦笑する。
「やましいことがあるのは事実じゃ。」
「怒る資格も無いわい。」
「それで?何故、儂を連れて来た?」
華扇は扉へ目を向けた。
「以前、諏伯と昔話をした際に聞いたことがあります。」
「雲山は、諏伯が宝塔を空へ放った際、その力から生まれた妖怪だと。」
雲山は静かに頷く。
「そうじゃ。」
「なら。」
華扇は扉へ手を向ける。
「諏伯の力に由来する貴方なら、この扉を開けられるのではないかと思いまして。」
「……なるほどの。」
雲山はゆっくり扉へ近付く。
「試すだけ試してみるか。」
手を掛ける。
ギィ……
ゆっくり開かれた扉。
その先には。
先程までの壁ではなく。
漆黒の空間が広がっていた。
「開いた……。」
華扇は思わず笑みを浮かべる。
雲山も目を丸くする。
「儂自身、開けられるとは思っとらんかったわい。」
「予想は当たりでしたね。」
華扇は静かに礼をする。
「私一人では、正直どうにも出来ませんでした。ありがとうございます。」
「礼などいらん。」
雲山は腕を組む。
「それで?中へ入るんじゃろ。」
「ええ。」
華扇は頷いた。
「ですが一つだけ。閉めないでくださいね。」
雲山は呆れたように笑う。
「負けた相手に、そんな嫌味な真似はせんわ!!」
「それなら安心です。」
華扇は一歩。
闇の中へ足を踏み入れた。
その先にあったのは。
豪華な休憩室。
ソファ。
テレビ。
冷蔵庫。
そして中央のテーブルでは――
「ツーペアです。」
「うわっ、また負けた!」
諏伯とぬえが、呑気にポーカーをしていた。
「……。」
華扇は思わず固まる。
(想像以上に順応してますね……。)
諏伯が顔を上げた。
「あ。開いた。華扇?」
ぬえもカードを置く。
「山の仙人?」
華扇は軽く咳払いした。
「特に助ける義理はありませんが。出してあげますよ。」
「えーと……ありがとうございます。」
ぬえは腕を組んだ。
「……で?何が目的?」
その視線は鋭い。
華扇は小さく笑う。
「流石ですね。察しがいい。」
「諏伯。」
華扇は彼へ向き直る。
「今回。貴方の母親達。命蓮寺。守矢神社。
幻想郷中が、この隔離作戦へ賛成していました。」
「その中で。唯一。助けに来たのは私です。」
諏伯は曖昧に頷く。
「……はい。」
「そのために。
武神・八坂神奈子と交渉し。
命蓮寺では妖怪達全員と戦い。
ようやくここへ辿り着きました。」
華扇は微笑む。
「つまり。私は貴方へ、大きな貸しを作った訳です。」
「ええと……。否定は出来ませんね。」
諏伯はゆっくり同意する。
「では。」
華扇は一歩近付く。
「その貸し。返していただきます。」
諏伯は嫌な予感しかしなかった。
「まさか……。これにかこつけて。修行を?」
「それでも構いませんよ?」
華扇は少しだけ意地悪く笑う。
「ですが。今回は違います。」
そう言うと。
左手で。
失われた右腕を指差した。
ぬえが目を細める。
「……右手?」
「正確には。」
華扇の表情から笑みが消える。
「かつて。諏伯が斬り落とした私の右腕です。」
部屋の空気が変わる。
「その封印が。近いうちに解けそうなのです。」
諏伯の表情も真剣になった。
「……。マジですか。」
華扇は静かに頷く。
「ええ。マジです。」
諏伯は腕を組み、首を傾げた。
「だいたい、その右腕と身体は元々一つだったんでしょう?」
「封印が解けたところで、元に戻るだけじゃないんですか?」
華扇は静かにため息をついた。
「……そこが問題なのです。」
左手で失われた右腕を撫でる。
「誰かさんが、私の右腕を斬り落としたことで。」
少しだけ諏伯を睨む。
「人格が分かれてしまいました。」
「今の私は"茨木華扇"という仙人。」
「ですが。」
その表情が真剣になる。
「右腕の封印が解ければ。」
「私は仙人ではなく――」
「鬼の茨木童子へ戻る。」
部屋の空気が一変した。
ぬえが腕を組む。
「あの茨木童子が……蘇るってこと?」
華扇は静かに頷く。
「ええ。」
「今の華扇でさえ。」
「命蓮寺の門徒全員を倒してしまいました。」
「童子へ戻れば。」
「私自身、何をしでかすか分かりません。」
諏伯は目を伏せる。
しばらく考え込み。
ゆっくり首を横へ振った。
「……今回。」
「助けてくれたことには感謝しています。」
「ですが。」
「嫌というより、無理です。」
華扇は驚く様子もなく尋ねる。
「理由を聞いても?」
諏伯は苦笑した。
「皆さんは。」
「私を"鬼を倒した存在"だと評価しています。」
「でも。あれは違う。」
遠い昔を思い出す。
「あの時の茨木童子は。」
「完全に油断していた。」
「だから。右腕を斬れた。」
拳を握る。
「あれが無ければ。私は勝てませんでした。」
「今の私では。正面から戦っても太刀打ち出来ません。」
華扇は静かに頷いた。
「……その評価は正しいですね。」
「私も。」
「貴方一人へ押し付けるつもりはありません。」
ぬえがにやりと笑う。
「そこで私の出番って訳ね。」
「ええ。」
華扇は頷く。
「そして。」
「もう一人。」
「博麗霊夢を呼びましょう。」
その名前を聞いた途端。
ぬえが顔をしかめた。
「博麗の巫女?」
「やめときなさいよ。」
腕を組み、鼻を鳴らす。
「実力は認める。」
「幻想郷最強クラスなのも知ってる。」
「でも。所詮は平和な幻想郷育ち。」
「鬼や妖怪が人間を喰らっていた時代を知らない。」
「殺し合いが日常だった頃を経験してない甘ちゃんでしょ。」
「そんな子が。
茨木童子相手に役に立つとは思えないわ。」
華扇は小さく笑った。
「確かに。経験だけなら貴方の言う通りです。」
「ですが。」
華扇は真っ直ぐ諏伯とぬえを見る。
「封印という点においては、彼女を超えられる存在は他にいないでしょう。」
「私達の目的は茨木童子を倒すことではありません。」
「暴走した私を、再び封じることです。」
「その役目を担えるのは、幻想郷では博麗の巫女だけでしょう。」
ぬえは少し黙り込んだ。
やがて肩をすくめ、小さく息を吐く。
「……成る程。分かったわよ。」
華扇との話し合いを終えた諏伯とぬえは、雲山が開いた扉から無事に外へ戻ることができた。
同刻――守矢神社。
神奈子は結界の気配を感じ取り、顔色を変えた。
「やべっ!」
「封印が開かれてる! 二人とも逃げられた!」
隣で茶を飲んでいた諏訪子が首を傾げる。
「えぇ……。」
「神奈子の封印でしょ?」
「守矢神社の方は私達がずっといた。」
神奈子は腕を組み、考え込む。
「となると……命蓮寺の扉か。」
「あの仙人様、一体どうやって開けたんだ?」
その様子を見ていた早苗は深いため息をついた。
「原因を考える前に。」
「お二人がしでかしたことの責任を、どう取るか考えてみてはいかがですか?」
神奈子は笑って手を振る。
「いやいや。」
「閉じ込めたくらいで諏伯が私達へ仕返しなんて――」
諏訪子も笑いながら続ける。
「そうそう。」
「考え過ぎだよ。」
早苗は苦笑しながら親指で後ろを指した。
「……それ。」
「後ろを見ても言えます?」
二柱はゆっくり振り返る。
そこには。
腕を組み、静かに怒りを滲ませるぬえ。
そして。
苦笑いを浮かべながら立つ諏伯の姿があった。
「……ありゃ。」
諏訪子が目を丸くする。
「いつの間に。」
ぬえは肩をすくめる。
「逃げられたら困ると思って。」
「正体を隠して近付いてたのよ。」
神奈子は一歩後ずさる。
「ま、待て待て!」
「幾ら私達がやらかしたからって!」
「母親を殴るつもりか!」
「そんな子に育てた覚えはありません!!」
自分達の非を棚へ上げるような言い分に、早苗は思わず額へ手を当てた。
諏伯は小さくため息をつく。
「……正直。」
「そろそろ親相手でも、一発くらい引っ叩いて許される気はしています。」
神奈子と諏訪子は同時に肩を震わせた。
「で、でも?」
諏伯は苦笑して首を横に振る。
「今回はやめておきます。」
「助けてもらったこともありますし。」
二柱は胸を撫で下ろす。
「ふぅ……。」
しかし。
諏伯はそのまま続けた。
「その代わり。」
「少し協力してください。」
神奈子の表情が引き締まる。
「……具体的には?」
諏伯も真面目な顔になった。
「私と。」
「ぬえ。」
「それに霊夢。」
「この三人が少しの間、幻想郷を離れます。」
「その間。」
「幻想郷で異変や大きな問題が起きないよう、見ていてください。」
神奈子は一瞬だけ黙った。
そして静かに尋ねる。
「……仙人。」
「いや。華扇の種族に関係することなんだね?」
諏伯は無言で頷く。
神奈子はそれだけで理解した。
「……なるほど。事情は分かった。任せておけ。」
諏訪子も腕を組み、小さく笑う。
「華扇がわざわざ首を突っ込んできた理由が分かったよ。」
「ただの人助けじゃなかったんだね。」
神奈子も頷く。
「ああ。」
「だからこそ。諏伯に貸しを作ってでも、協力を取り付けたかった訳か。」
先ほどまでの軽い空気は消え失せていた。
守矢の二柱は、これが単なる「恋人を閉じ込める悪戯」の後始末ではなく幻想郷に関わるかもしれない事態だと理解し、静かに表情を引き締めた。