純狐の息子は二度目の生で母を追う   作:四国の探索人

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第129話 助けた理由

 

命蓮寺の庭。

 

倒れた妖怪達を見回した華扇は、小さく息を吐いた。

 

「……ふぅ。」

 

視線を雲山へ向ける。

 

「少し借りますよ。」

 

雲山を抱え上げると、そのまま例の扉がある部屋へと向かった。

 

部屋へ着くと、華扇は雲山の頬を軽く叩く。

 

「雲山。」

 

ぺし。

 

ぺしぺし。

 

「……ん。」

 

雲山はゆっくりと瞼を開く。

 

「ん……?何故、儂はここに……」

 

「急な戦闘、申し訳ありませんでした。」

 

華扇は素直に頭を下げた。

 

雲山は苦笑する。

 

「やましいことがあるのは事実じゃ。」

 

「怒る資格も無いわい。」

 

「それで?何故、儂を連れて来た?」

 

華扇は扉へ目を向けた。

 

「以前、諏伯と昔話をした際に聞いたことがあります。」

 

「雲山は、諏伯が宝塔を空へ放った際、その力から生まれた妖怪だと。」

 

雲山は静かに頷く。

 

「そうじゃ。」

 

「なら。」

 

華扇は扉へ手を向ける。

 

「諏伯の力に由来する貴方なら、この扉を開けられるのではないかと思いまして。」

 

「……なるほどの。」

 

雲山はゆっくり扉へ近付く。

 

「試すだけ試してみるか。」

 

手を掛ける。

 

ギィ……

 

ゆっくり開かれた扉。

 

その先には。

 

先程までの壁ではなく。

 

漆黒の空間が広がっていた。

 

「開いた……。」

 

華扇は思わず笑みを浮かべる。

 

雲山も目を丸くする。

 

「儂自身、開けられるとは思っとらんかったわい。」

 

「予想は当たりでしたね。」

 

華扇は静かに礼をする。

 

「私一人では、正直どうにも出来ませんでした。ありがとうございます。」

 

「礼などいらん。」

 

雲山は腕を組む。

 

「それで?中へ入るんじゃろ。」

 

「ええ。」

 

華扇は頷いた。

 

「ですが一つだけ。閉めないでくださいね。」

 

雲山は呆れたように笑う。

 

「負けた相手に、そんな嫌味な真似はせんわ!!」

 

「それなら安心です。」

 

華扇は一歩。

 

闇の中へ足を踏み入れた。

 

その先にあったのは。

 

豪華な休憩室。

 

ソファ。

 

テレビ。

 

冷蔵庫。

 

そして中央のテーブルでは――

 

「ツーペアです。」

 

「うわっ、また負けた!」

 

諏伯とぬえが、呑気にポーカーをしていた。

 

「……。」

 

華扇は思わず固まる。

 

(想像以上に順応してますね……。)

 

諏伯が顔を上げた。

 

「あ。開いた。華扇?」

 

ぬえもカードを置く。

 

「山の仙人?」

 

華扇は軽く咳払いした。

 

「特に助ける義理はありませんが。出してあげますよ。」

 

「えーと……ありがとうございます。」

 

ぬえは腕を組んだ。

 

「……で?何が目的?」

 

その視線は鋭い。

 

華扇は小さく笑う。

 

「流石ですね。察しがいい。」

 

「諏伯。」

 

華扇は彼へ向き直る。

 

「今回。貴方の母親達。命蓮寺。守矢神社。

 幻想郷中が、この隔離作戦へ賛成していました。」

 

「その中で。唯一。助けに来たのは私です。」

 

諏伯は曖昧に頷く。

 

「……はい。」

 

「そのために。

 武神・八坂神奈子と交渉し。

 命蓮寺では妖怪達全員と戦い。

 ようやくここへ辿り着きました。」

 

華扇は微笑む。

 

「つまり。私は貴方へ、大きな貸しを作った訳です。」

 

「ええと……。否定は出来ませんね。」

 

諏伯はゆっくり同意する。

 

「では。」

 

華扇は一歩近付く。

 

「その貸し。返していただきます。」

 

諏伯は嫌な予感しかしなかった。

 

「まさか……。これにかこつけて。修行を?」

 

「それでも構いませんよ?」

 

華扇は少しだけ意地悪く笑う。

 

「ですが。今回は違います。」

 

そう言うと。

 

左手で。

 

失われた右腕を指差した。

 

ぬえが目を細める。

 

「……右手?」

 

「正確には。」

 

華扇の表情から笑みが消える。

 

「かつて。諏伯が斬り落とした私の右腕です。」

 

部屋の空気が変わる。

 

「その封印が。近いうちに解けそうなのです。」

 

諏伯の表情も真剣になった。

 

「……。マジですか。」

 

華扇は静かに頷く。

 

「ええ。マジです。」

 

 

諏伯は腕を組み、首を傾げた。

 

「だいたい、その右腕と身体は元々一つだったんでしょう?」

 

「封印が解けたところで、元に戻るだけじゃないんですか?」

 

華扇は静かにため息をついた。

 

「……そこが問題なのです。」

 

左手で失われた右腕を撫でる。

 

「誰かさんが、私の右腕を斬り落としたことで。」

 

少しだけ諏伯を睨む。

 

「人格が分かれてしまいました。」

 

「今の私は"茨木華扇"という仙人。」

 

「ですが。」

 

その表情が真剣になる。

 

「右腕の封印が解ければ。」

 

「私は仙人ではなく――」

 

「鬼の茨木童子へ戻る。」

 

部屋の空気が一変した。

 

ぬえが腕を組む。

 

「あの茨木童子が……蘇るってこと?」

 

華扇は静かに頷く。

 

「ええ。」

 

「今の華扇でさえ。」

 

「命蓮寺の門徒全員を倒してしまいました。」

 

「童子へ戻れば。」

 

「私自身、何をしでかすか分かりません。」

 

諏伯は目を伏せる。

 

しばらく考え込み。

 

ゆっくり首を横へ振った。

 

「……今回。」

 

「助けてくれたことには感謝しています。」

 

「ですが。」

 

「嫌というより、無理です。」

 

華扇は驚く様子もなく尋ねる。

 

「理由を聞いても?」

 

諏伯は苦笑した。

 

「皆さんは。」

 

「私を"鬼を倒した存在"だと評価しています。」

 

「でも。あれは違う。」

 

遠い昔を思い出す。

 

「あの時の茨木童子は。」

 

「完全に油断していた。」

 

「だから。右腕を斬れた。」

 

拳を握る。

 

「あれが無ければ。私は勝てませんでした。」

 

「今の私では。正面から戦っても太刀打ち出来ません。」

 

華扇は静かに頷いた。

 

「……その評価は正しいですね。」

 

「私も。」

 

「貴方一人へ押し付けるつもりはありません。」

 

ぬえがにやりと笑う。

 

「そこで私の出番って訳ね。」

 

「ええ。」

 

華扇は頷く。

 

「そして。」

 

「もう一人。」

 

「博麗霊夢を呼びましょう。」

 

その名前を聞いた途端。

 

ぬえが顔をしかめた。

 

「博麗の巫女?」

 

「やめときなさいよ。」

 

腕を組み、鼻を鳴らす。

 

「実力は認める。」

 

「幻想郷最強クラスなのも知ってる。」

 

「でも。所詮は平和な幻想郷育ち。」

 

「鬼や妖怪が人間を喰らっていた時代を知らない。」

 

「殺し合いが日常だった頃を経験してない甘ちゃんでしょ。」

 

「そんな子が。

 茨木童子相手に役に立つとは思えないわ。」

 

華扇は小さく笑った。

 

「確かに。経験だけなら貴方の言う通りです。」

 

「ですが。」

 

華扇は真っ直ぐ諏伯とぬえを見る。

 

「封印という点においては、彼女を超えられる存在は他にいないでしょう。」

 

「私達の目的は茨木童子を倒すことではありません。」

 

「暴走した私を、再び封じることです。」

 

「その役目を担えるのは、幻想郷では博麗の巫女だけでしょう。」

 

ぬえは少し黙り込んだ。

 

やがて肩をすくめ、小さく息を吐く。

 

「……成る程。分かったわよ。」

 

 

 

 

華扇との話し合いを終えた諏伯とぬえは、雲山が開いた扉から無事に外へ戻ることができた。

 

 

同刻――守矢神社。

 

神奈子は結界の気配を感じ取り、顔色を変えた。

 

「やべっ!」

 

「封印が開かれてる! 二人とも逃げられた!」

 

隣で茶を飲んでいた諏訪子が首を傾げる。

 

「えぇ……。」

 

「神奈子の封印でしょ?」

 

「守矢神社の方は私達がずっといた。」

 

神奈子は腕を組み、考え込む。

 

「となると……命蓮寺の扉か。」

 

「あの仙人様、一体どうやって開けたんだ?」

 

その様子を見ていた早苗は深いため息をついた。

 

「原因を考える前に。」

 

「お二人がしでかしたことの責任を、どう取るか考えてみてはいかがですか?」

 

神奈子は笑って手を振る。

 

「いやいや。」

 

「閉じ込めたくらいで諏伯が私達へ仕返しなんて――」

 

諏訪子も笑いながら続ける。

 

「そうそう。」

 

「考え過ぎだよ。」

 

早苗は苦笑しながら親指で後ろを指した。

 

「……それ。」

 

「後ろを見ても言えます?」

 

二柱はゆっくり振り返る。

 

そこには。

 

腕を組み、静かに怒りを滲ませるぬえ。

 

そして。

 

苦笑いを浮かべながら立つ諏伯の姿があった。

 

「……ありゃ。」

 

諏訪子が目を丸くする。

 

「いつの間に。」

 

ぬえは肩をすくめる。

 

「逃げられたら困ると思って。」

 

「正体を隠して近付いてたのよ。」

 

神奈子は一歩後ずさる。

 

「ま、待て待て!」

 

「幾ら私達がやらかしたからって!」

 

「母親を殴るつもりか!」

 

「そんな子に育てた覚えはありません!!」

 

自分達の非を棚へ上げるような言い分に、早苗は思わず額へ手を当てた。

 

諏伯は小さくため息をつく。

 

「……正直。」

 

「そろそろ親相手でも、一発くらい引っ叩いて許される気はしています。」

 

神奈子と諏訪子は同時に肩を震わせた。

 

「で、でも?」

 

諏伯は苦笑して首を横に振る。

 

「今回はやめておきます。」

 

「助けてもらったこともありますし。」

 

二柱は胸を撫で下ろす。

 

「ふぅ……。」

 

しかし。

 

諏伯はそのまま続けた。

 

「その代わり。」

 

「少し協力してください。」

 

神奈子の表情が引き締まる。

 

「……具体的には?」

 

諏伯も真面目な顔になった。

 

「私と。」

 

「ぬえ。」

 

「それに霊夢。」

 

「この三人が少しの間、幻想郷を離れます。」

 

「その間。」

 

「幻想郷で異変や大きな問題が起きないよう、見ていてください。」

 

神奈子は一瞬だけ黙った。

 

そして静かに尋ねる。

 

「……仙人。」

 

「いや。華扇の種族に関係することなんだね?」

 

諏伯は無言で頷く。

 

神奈子はそれだけで理解した。

 

「……なるほど。事情は分かった。任せておけ。」

 

諏訪子も腕を組み、小さく笑う。

 

「華扇がわざわざ首を突っ込んできた理由が分かったよ。」

 

「ただの人助けじゃなかったんだね。」

 

神奈子も頷く。

 

「ああ。」

 

「だからこそ。諏伯に貸しを作ってでも、協力を取り付けたかった訳か。」

 

先ほどまでの軽い空気は消え失せていた。

 

守矢の二柱は、これが単なる「恋人を閉じ込める悪戯」の後始末ではなく幻想郷に関わるかもしれない事態だと理解し、静かに表情を引き締めた。

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