茨木華扇から「作戦の日までは自由に過ごしていて構いません」と告げられた諏伯は、一人の鬼に会うため、人里外れで店を開く八目鰻の屋台へ向かった。
「いらっしゃいませ~!」
元気な声が夜道に響く。
ミスティアは諏伯を見るなり目を丸くした。
「おや?」
「お久しぶりですね、先生!」
諏伯は苦笑する。
「先生って呼ぶのはやめてくださいよ。」
「一回教えただけでしょう。」
「アハハ!」
ミスティアは肩をすくめる。
「すいません。」
「でも珍しいですね。」
「先生ってあんまり飲み歩くイメージないですけど。」
「今日は酒じゃなくて。」
諏伯は辺りを見回した。
「伊吹萃香を探してるんです。」
「あー。」
ミスティアは親指で足元を指差す。
「それなら、そこに。」
「……。」
諏伯が視線を落とす。
地面で気持ち良さそうに寝息を立てる小さな鬼。
伊吹萃香だった。
(……幸せそうで羨ましい。)
思わずそんな感想が漏れる。
肩を掴み、何度か揺する。
「萃香。」
「起きてください。」
反応はない。
「……。」
諏伯は少し考えた。
(それなら。)
右手へ僅かに力を集中させる。
その瞬間。
「っ!」
萃香の目が勢いよく開いた。
反射だけで諏伯の手首を掴む。
そのまま豪快に一本背負い。
「うおっ!」
諏伯の身体が宙を舞う。
受け身を取りながら着地すると、萃香はようやく欠伸をした。
「ん~~。」
「誰かと思えば、お前か。」
「おはよう。」
「いや。」
萃香は空を見上げる。
「今、昼じゃね?」
諏伯は呆れたように笑う。
「自分でツッコまないで下さいよ。」
「ははっ。」
萃香も笑った。
「冗談だって。」
「大方、華扇のことだろ?」
諏伯は頷く。
「ええ。どこから見てたのか。」
「力を貸して欲しいんです。」
萃香は即座に首を振った。
「無理。」
あまりにも早い返答だった。
「どうしてです?」
「私より適任でしょう。」
萃香は酒瓢箪を一口あおる。
「適任だからだよ。」
「……?」
「私は鬼だ。」
萃香の表情から笑みが消える。
「鬼同士の喧嘩ってのはな。」
「手加減した方が負けなんだ。」
「本気で殴る。」
「本気で殺しにいく。」
「それが鬼の流儀。」
酒を飲み干し、静かに続ける。
「華扇が茨木童子へ戻るなら。」
「あいつはもう仙人じゃない。」
「鬼だ。」
「なら私も鬼として戦う。」
「でも。」
「途中で加減なんて出来ない。」
諏伯は黙って聞いていた。
萃香は苦笑する。
「下手すりゃ。」
「私も死んじまうし、あいつを殺しちまう。」
「そんな戦いに。」
「私は混ざれない。」
諏伯は残念そうに俯く。
萃香はその表情を見て笑った。
「まーまー。」
「そんな不満そうな顔すんなよ。」
「戦えないだけで。」
「相談くらいなら乗ってやる。」
「鬼について知りたいことがあるなら。」
自分の胸を親指で指す。
「私以上の先生はいないぞ?」
諏伯は少し考えてから尋ねた。
「じゃあ、一つ。」
「童子の弱点は?」
「お前じゃね?」
「……。」
あまりにもあっさり返され、諏伯は固まった。
「私?」
「うん。」
萃香は酒を飲みながら頷く。
「だってお前、あいつの腕斬り落としてるじゃん。」
「今でも逸話に残ってるくらいだし。」
「……。」
諏伯はしばらく黙った。
そして。
「役に立たねぇ……。」
「おい。」
萃香の眉がぴくりと動く。
「心の声が漏れてるぞ。」
「失礼。」
「全然悪いと思ってないだろ。」
萃香は呆れながら酒瓢箪を傾ける。
「ったく。」
「弱点なんて都合のいいものがあるなら、昔の人間達がとっくに利用してるっての。」
「それもそうですね。」
「だから結局。」
萃香はにやりと笑う。
「もう一回、お前がどうにかするしかないんじゃない?」
「……相談相手を間違えた気がしてきました。」
「はっはっは!」
萃香の豪快な笑い声が、八目鰻の屋台に響き渡った。
同じ頃――地底、旧都。
諏伯が伊吹萃香を訪ねていた一方、ぬえもまた別の鬼を訪ねていた。
相手は星熊勇儀。
鬼について尋ねるなら、これ以上ない相手ではある。
「茨木童子の弱点……ねぇ」
勇儀は酒の入った盃を片手に、難しそうな顔で唸った。
ぬえは向かいに座り、頬杖をつく。
「鬼のことなんだから、なんか分からないの?」
「そう言われてもねぇ」
勇儀は盃を傾ける。
「強い、硬い、速い。真正面から殴り合ったら滅茶苦茶強い」
「長所しか言ってないじゃない」
「事実なんだから仕方ないだろ」
「こっちは弱点を聞きに来たのよ、弱点を」
「分かってるって」
勇儀は腕を組み、しばらく考え込む。
「茨木童子の弱点……弱点……」
やがて。
「あっ」
勇儀が顔を上げた。
ぬえも身を乗り出す。
「おっ、なんか思いついた?」
「ああ」
勇儀は得意げに笑った。
「強い故に群れない」
「……ほう?」
「私らみたいな強い鬼ってのは自我も強くてね。酒の席で一緒になることはあっても、誰かの指示に従って集団で戦うなんてのは性に合わない」
盃を置き、胸を張る。
「つまり、仲間を呼ばれる心配がない!」
「……」
ぬえは無言になった。
勇儀は満足そうに頷く。
「どうだ?」
「……それ」
ぬえは眉間を押さえる。
「弱点になり得る?」
「一対四で戦えるぞ?」
「茨木童子一人を三人で止められるかって相談してるのよ、こっちは!」
「はっはっは!」
勇儀は豪快に笑った。
「まあ、そう怒るなって!」
「萃香のところに行った方が良かったかしら……」
「多分あいつに聞いても大して変わらないぞ」
「鬼ってこんなのばっかなの?」
「褒め言葉かい?」
「違うわよ!」
旧都の一角に、勇儀の豪快な笑い声とぬえの怒鳴り声が響き渡った。