純狐の息子は二度目の生で母を追う   作:四国の探索人

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第130話 情報収集

茨木華扇から「作戦の日までは自由に過ごしていて構いません」と告げられた諏伯は、一人の鬼に会うため、人里外れで店を開く八目鰻の屋台へ向かった。

 

「いらっしゃいませ~!」

 

元気な声が夜道に響く。

 

ミスティアは諏伯を見るなり目を丸くした。

 

「おや?」

 

「お久しぶりですね、先生!」

 

諏伯は苦笑する。

 

「先生って呼ぶのはやめてくださいよ。」

 

「一回教えただけでしょう。」

 

「アハハ!」

 

ミスティアは肩をすくめる。

 

「すいません。」

 

「でも珍しいですね。」

 

「先生ってあんまり飲み歩くイメージないですけど。」

 

「今日は酒じゃなくて。」

 

諏伯は辺りを見回した。

 

「伊吹萃香を探してるんです。」

 

「あー。」

 

ミスティアは親指で足元を指差す。

 

「それなら、そこに。」

 

「……。」

 

諏伯が視線を落とす。

 

地面で気持ち良さそうに寝息を立てる小さな鬼。

 

伊吹萃香だった。

 

(……幸せそうで羨ましい。)

 

思わずそんな感想が漏れる。

 

肩を掴み、何度か揺する。

 

「萃香。」

 

「起きてください。」

 

反応はない。

 

「……。」

 

諏伯は少し考えた。

 

(それなら。)

 

右手へ僅かに力を集中させる。

 

その瞬間。

 

「っ!」

 

萃香の目が勢いよく開いた。

 

反射だけで諏伯の手首を掴む。

 

そのまま豪快に一本背負い。

 

「うおっ!」

 

諏伯の身体が宙を舞う。

 

受け身を取りながら着地すると、萃香はようやく欠伸をした。

 

「ん~~。」

 

「誰かと思えば、お前か。」

 

「おはよう。」

 

「いや。」

 

萃香は空を見上げる。

 

「今、昼じゃね?」

 

諏伯は呆れたように笑う。

 

「自分でツッコまないで下さいよ。」

 

「ははっ。」

 

萃香も笑った。

 

「冗談だって。」

 

「大方、華扇のことだろ?」

 

諏伯は頷く。

 

「ええ。どこから見てたのか。」

 

「力を貸して欲しいんです。」

 

萃香は即座に首を振った。

 

「無理。」

 

あまりにも早い返答だった。

 

「どうしてです?」

 

「私より適任でしょう。」

 

萃香は酒瓢箪を一口あおる。

 

「適任だからだよ。」

 

「……?」

 

「私は鬼だ。」

 

萃香の表情から笑みが消える。

 

「鬼同士の喧嘩ってのはな。」

 

「手加減した方が負けなんだ。」

 

「本気で殴る。」

 

「本気で殺しにいく。」

 

「それが鬼の流儀。」

 

酒を飲み干し、静かに続ける。

 

「華扇が茨木童子へ戻るなら。」

 

「あいつはもう仙人じゃない。」

 

「鬼だ。」

 

「なら私も鬼として戦う。」

 

「でも。」

 

「途中で加減なんて出来ない。」

 

諏伯は黙って聞いていた。

 

萃香は苦笑する。

 

「下手すりゃ。」

 

「私も死んじまうし、あいつを殺しちまう。」

 

「そんな戦いに。」

 

「私は混ざれない。」

 

諏伯は残念そうに俯く。

 

萃香はその表情を見て笑った。

 

「まーまー。」

 

「そんな不満そうな顔すんなよ。」

 

「戦えないだけで。」

 

「相談くらいなら乗ってやる。」

 

「鬼について知りたいことがあるなら。」

 

自分の胸を親指で指す。

 

「私以上の先生はいないぞ?」

 

諏伯は少し考えてから尋ねた。

 

「じゃあ、一つ。」

 

「童子の弱点は?」

 

「お前じゃね?」

 

「……。」

 

あまりにもあっさり返され、諏伯は固まった。

 

「私?」

 

「うん。」

 

萃香は酒を飲みながら頷く。

 

「だってお前、あいつの腕斬り落としてるじゃん。」

 

「今でも逸話に残ってるくらいだし。」

 

「……。」

 

諏伯はしばらく黙った。

 

そして。

 

「役に立たねぇ……。」

 

「おい。」

 

萃香の眉がぴくりと動く。

 

「心の声が漏れてるぞ。」

 

「失礼。」

 

「全然悪いと思ってないだろ。」

 

萃香は呆れながら酒瓢箪を傾ける。

 

「ったく。」

 

「弱点なんて都合のいいものがあるなら、昔の人間達がとっくに利用してるっての。」

 

「それもそうですね。」

 

「だから結局。」

 

萃香はにやりと笑う。

 

「もう一回、お前がどうにかするしかないんじゃない?」

 

「……相談相手を間違えた気がしてきました。」

 

「はっはっは!」

 

萃香の豪快な笑い声が、八目鰻の屋台に響き渡った。

 

 

 

 

 

同じ頃――地底、旧都。

 

諏伯が伊吹萃香を訪ねていた一方、ぬえもまた別の鬼を訪ねていた。

 

相手は星熊勇儀。

 

鬼について尋ねるなら、これ以上ない相手ではある。

 

「茨木童子の弱点……ねぇ」

 

勇儀は酒の入った盃を片手に、難しそうな顔で唸った。

 

ぬえは向かいに座り、頬杖をつく。

 

「鬼のことなんだから、なんか分からないの?」

 

「そう言われてもねぇ」

 

勇儀は盃を傾ける。

 

「強い、硬い、速い。真正面から殴り合ったら滅茶苦茶強い」

 

「長所しか言ってないじゃない」

 

「事実なんだから仕方ないだろ」

 

「こっちは弱点を聞きに来たのよ、弱点を」

 

「分かってるって」

 

勇儀は腕を組み、しばらく考え込む。

 

「茨木童子の弱点……弱点……」

 

やがて。

 

「あっ」

 

勇儀が顔を上げた。

 

ぬえも身を乗り出す。

 

「おっ、なんか思いついた?」

 

「ああ」

 

勇儀は得意げに笑った。

 

「強い故に群れない」

 

「……ほう?」

 

「私らみたいな強い鬼ってのは自我も強くてね。酒の席で一緒になることはあっても、誰かの指示に従って集団で戦うなんてのは性に合わない」

 

盃を置き、胸を張る。

 

「つまり、仲間を呼ばれる心配がない!」

 

「……」

 

ぬえは無言になった。

 

勇儀は満足そうに頷く。

 

「どうだ?」

 

「……それ」

 

ぬえは眉間を押さえる。

 

「弱点になり得る?」

 

「一対四で戦えるぞ?」

 

「茨木童子一人を三人で止められるかって相談してるのよ、こっちは!」

 

「はっはっは!」

 

勇儀は豪快に笑った。

 

「まあ、そう怒るなって!」

 

「萃香のところに行った方が良かったかしら……」

 

「多分あいつに聞いても大して変わらないぞ」

 

「鬼ってこんなのばっかなの?」

 

「褒め言葉かい?」

 

「違うわよ!」

 

旧都の一角に、勇儀の豪快な笑い声とぬえの怒鳴り声が響き渡った。

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