迷いの竹林を抜け、全身泥だらけで永遠亭へと駆け込んできた鈴仙。
「はぁ、はぁっ……お師匠様、大変です! 諏伯が……!」
調剤室で薬草を刻んでいた八意永琳は、振り返って淡々と応じた。
「……急に言われても分からないわ。一から説明しなさい。」
鈴仙は息を整える間もなく、慌てて語り始める。
玉兎の訪問、嫦娥の動向、月の捜索隊、守矢神社への“突撃”、そして諏伯が一人で動いたこと――。
全てを早口で吐き出すように話し終えた頃、永琳は静かに立ち上がった。
薬草の香りが漂う室内で、永琳の足音だけが響く。
「……つまり、あんたは独断で月絡みの件に首を突っ込んだうえに、神社で騒ぎを起こして、諏伯を一人で行かせたのね?」
鈴仙は言葉を失い、ただ俯いた。
永琳の目は冷たい。
手にしていた銀の薬箸を机に置き、静かに、しかし重く口を開く。
「行動の全てが軽率。軽すぎるわ。
……感情で動いて、人の上に立つものを困らせて。貴女は私の弟子だったはずでしょう?」
「……っ」
「理由があるからって、やっていいことと悪いことの区別くらい、もう分かる年よね?」
その声に怒鳴り声はない。
だが、冷たさが氷のように胸に突き刺さる。
「正座。三時間。」
「……はい……」
永琳の冷たく短い言葉が響き、鈴仙は床にぺたりと座り込んだ。
彼女の表情は悔しさと情けなさで滲んでいた。
しかし、永琳の声にはそれすら許さぬ凍った厳しさが宿っていた。
静寂。
その沈黙を、ふわりと破った声があった。
「……ちょ、ちょっと待って、それってどういうことなの……!?」
障子がすっと開き、現れたのは蓬莱山輝夜。
普段の気だるげで余裕ある姿とは違い、その顔には明確な動揺が走っていた。
「今の話、本当なの? 諏伯が、ひとりで……? 月に!?」
正座したままの鈴仙が顔を上げる。
「はい、姫様……諏伯は“迷惑をかけたくない”って言って、一人で行きました……恐らく紫さんの力を借りて……」
「うそ……そんな、なんで、どうして勝手に……!」
輝夜の声が震える。
袖を握りしめ、数歩うろうろとその場を歩いたかと思えば、ふっと膝に手をついてうなだれる。
「だって月には……嫦娥、依姫、豊姫……サグメまでいたら……!」
「……姫様、落ち着いて。」
永琳が静かに声をかける。
「けど……っ」
「落ち着きなさい。焦っても、どうにもならないわ。」
永琳は穏やかながらも凛とした口調で、輝夜の肩に手を置き、
そして視線を鈴仙へと向け直す。
「で、貴女は正座中だけれど……何か言いたいことは?」
鈴仙は、うつむいたままぽつりとつぶやく。
「……諏伯、無事でしょうか……」
永琳はほんのわずかに目を伏せ、そして静かに――だが突き放すように告げた。
「――十中八九、ダメでしょうね。」
「……えっ」
「いくら諏伯が、地を操り、不死で、加護を持ち、宝塔まで使えるとしても……」
永琳はゆっくりと鈴仙を見据える。
「月の面々を相手に、勝てるほど“強く”はないわよ。……一度、あの子を倒した私が言うんだから、間違いない。」
言葉が突き刺さるように室内に残った。
鈴仙は目を見開き、輝夜は拳をぎゅっと握りしめたまま、顔を背ける。
そのまま永琳は黙って立ち上がり、無言で薬棚を開け始める。
鈴仙が搾り出すように問う。
「……一体どうすれば……」
永琳は手元の器具を整えながら、冷静に言った。
「出来ることがあるとすれば――諏伯の前世の親、純狐に伝えることね。」
鈴仙は目を見開き、声を裏返らせた。
「じゅじゅじゅ純狐ですか!? あの純狐様に!? 無理です無理です無理です!」
輝夜も驚きに目を見開く。
「ちょっと待って……私たち月人に、“あの純狐”と話をしろってこと……!?」
永琳はわずかに苦笑しながらも、すぐに表情を引き締める。
「気は進まないけど、やるしかないわね。状況が状況だもの。――行くわよ、鈴仙。」
「えっ、私もですか!?」
永琳はふり返りもせずに答える。
「今回の原因、貴女なの忘れた?」
「……はい……」
俯く鈴仙を横目に、輝夜がぽつりと呟いた。
「……戦闘前なら、まだ……連れて帰れたかもしれないのに……」
部屋には沈黙が落ちた。
そして、その静けさの中に、一つの決意が芽吹く――。