純狐の息子は二度目の生で母を追う   作:四国の探索人

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仙界への訪問

山にひっそりと佇む守矢神社。

 

鳥居をくぐり、永琳、輝夜、鈴仙の三人は静かに境内へ足を踏み入れた。涼やかな風が笹を揺らし、まだ空気は平穏だった。

 

 

 

洩矢諏訪子が縁側に腰掛けていた。対して八坂神奈子は賽銭箱のそばで掃除をしていたが、来客に気づき、ほうきを止めた。

 

 

 

神奈子「これはこれは……珍しい顔ぶれだね。永遠亭が全員で押しかけてくるなんて、穏やかじゃないのかな?」

 

 

 

永琳が一礼する。

 

永琳「ご挨拶に伺いました。少しだけ……お時間をいただけますか?」

 

 

 

諏訪子「ふうん……まぁいいけど、どうせただの“挨拶”じゃないんだろ?」

 

 

 

輝夜が続くように前に出る。

 

輝夜「仙界に行く方法を、伺いたくて。」

 

 

 

その言葉に、神奈子と諏訪子の眉がわずかに動いた。

 

 

 

神奈子「仙界? そうそう行くところじゃないはずだけど。……どういう風の吹き回しだい?」

 

 

 

永琳は一拍置いて、静かに頭を下げた。

 

永琳「……お恥ずかしながら。事情がありまして。実は、諏伯が月に渡りました。紫の手を借りて、一人で。」

 

 

 

その場の空気が変わった。

 

 

 

諏訪子「……え?」

 

 

 

永琳は続ける。

 

永琳「本来止めるべきでした。ですが、鈴仙が……彼を責め、諏伯はそれを受け止めて、自ら月に向かったのです。」

 

 

 

神奈子は動かない。だが、諏訪子の瞳が鈴仙に向けられる。

 

諏訪子「……ちょっと待って。ウサギ、あんた……まさか、“ウチの子”を責めて、追い込んで、月に行かせたってわけ?」

 

 

 

鈴仙「わ、私……そんなつもりじゃ……! でも、姫様たちが危険になるって思って、それで……!」

 

 

 

諏訪子は立ち上がり、すっと距離を詰めた。

 

 

 

諏訪子「“思って”? “それで”? ……あんた、それで済むと思ってるの?」

 

 

 

鈴仙は口を噤み、俯く。永琳が間に入りかけるが、神奈子が手で制した。

 

 

 

諏訪子「言葉一つで誰かを背負い込むことになるなんて、幻想郷じゃ日常茶飯事だよ。……でもね、“そいつの背中を押した”のが自分だって気づかないと、同じことを繰り返すよ?」

 

 

 

鈴仙「……はい……すみません……」

 

 

 

諏訪子「謝れなんて言ってないよ。あの子が無事だったら、その時ちゃんと謝りな。」

 

 

 

永琳が深く頭を下げた。

 

永琳「本当に……申し訳ありません。」

 

 

 

神奈子はようやく言葉を発した。

 

神奈子「……で、仙界には純狐に会いに行くのか?」

 

永琳「はい。あの子を助けるためには、彼女しかいないと判断しました。」

 

 

 

神奈子と諏訪子は視線を交わす。

 

 

 

神奈子「分かった。門は用意するよ。夜になれば開ける。……でも、永琳。あんたも分かってるだろ?」

 

 

 

永琳「ええ。……これは、我々が引き起こした問題です。」

 

 

 

諏訪子は背を向けて縁側に戻ると、静かに座り直した。

 

 

 

諏訪子「“あの子”が戻ってくるまで、あたしらの怒りも、封印しておくからさ。」

 

 

 

永琳と鈴仙は深々と頭を下げた。

 

 

 

その場に漂う空気は、もはや穏やかとは言えなかった。

 

 

 

――だが、それでもまだ、“希望”は残されていた。

 

 

 

 

 

 

八坂神奈子により開かれた仙界の入口に入る一行。

 

永琳たちは静かに歩みを進めていた。

 

 

 

足元には草木一つなく、代わりに空気が異常に澄み切っている。息を吸うたびに肺が焼かれるような錯覚すら覚える。

 

 

 

「……ここが仙界。やっぱり、異質な空間ね。」

 

永琳が呟く。背後には鈴仙と輝夜が続くが、言葉はなかった。

 

 

 

鈴仙は口を引き結び、何か言いたげな顔をしていたが、それを吐き出す勇気がないまま黙っている。

 

 

 

そのとき――

 

 

 

一陣の風が霧を割った。

 

視界の先に、人の姿が現れる。

 

 

 

長い髪を風に靡かせ、背筋をまっすぐ伸ばした女。

 

どこか寂しげで、どこか恐ろしく、美しい輪郭。

 

 

 

彼女――純狐は、そこに立っていた。

 

まるで、永琳たちが来るのを最初から知っていたかのように。

 

 

 

「ようやく来たのね。」

 

 

 

その声は静かで、しかし確かに“刺して”くるような鋭さを持っていた。

 

 

 

永琳は息を整え、一歩前へ出た。

 

 

 

「純狐。突然の訪問を、許してほしいわ。」

 

 

 

「……許してなどいないわよ、永琳。」

 

 

 

視線が交錯する。かつて、月で剣を交えた者同士の重さが、言葉より先に周囲に満ちる。

 

 

 

純狐の声には、敵意が隠されていなかった。

 

 

 

「私にとって、あなたは――今でも月の側の人間。」

 

 

 

「それでも、今日は敵として来たわけじゃない。話を、聞いてくれるだけでいい。」

 

 

 

「……聞くだけなら。」

 

純狐は一度だけ瞼を閉じ、そしてゆっくりと目を開く。

 

 

 

「――あの子のことでしょ? 諏伯の。」

 

 

 

永琳は小さく頷いた。

 

 

 

「ええ。その件で……あなたに、頼みがあって来たの。」

 

 

 

「……やっぱり。」

 

 

 

純狐は静かに空を見上げる。

 

霧が空間を歪ませるその先で、どこか遠く、見えない月を見ているかのようだった。

 

 

 

「なぜか分からないけれど――嫌な予感がしてたの。ずっと、胸の奥がざわついてた。」

 

 

 

「そう……」

 

永琳が目を伏せる。

 

 

 

「それにね」

 

 

 

その声色が少し低くなる。

 

 

 

「数年前、私が月を襲ったあの時、嫦娥の視線を感じたの。私の力を――あの子に宿った私の“加護”を、嗅ぎ取っていたのよ。あれは確信に近い直感だった。」

 

 

 

永琳は言葉を失う。

 

 

 

「つまり、私との関係に気づかれていたの。なら、今回の件は――遅かれ早かれ起こることだったのよ。」

 

 

 

そう言って、純狐は背を向けた。

 

白霧の中で、彼女の背中はとても静かに見えた。

 

 

 

「永琳……実はね」

 

 

 

「……?」

 

 

 

「息子が帰ってきた時、もう“復讐”なんてやめようかとも思ってたの。」

 

 

 

それは、どこか本音だった。

 

だが次の瞬間――

 

 

 

その場に立つ空間の温度が、ぞわりと変わった。

 

純狐の背から、黒々とした“憎しみ”があふれ出す。

 

 

 

「だけど……こうなったからには無理みたい。」

 

 

 

彼女の声は笑っていた。

 

しかしその笑みに、慈しみは微塵もなかった。

 

 

 

「私の息子に手を出した。その報いを……あの月の女どもに思い知らせてやらなきゃ気が済まない。」

 

 

 

彼女の周囲の霧が、黒く染まり、形を持ち始める。

 

その一歩ごとに、世界がきしみを上げた。

 

 

 

永琳は――何も言えなかった。

 

その怒りは、止めることすら許されないものだったから。

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