純狐の息子は二度目の生で母を追う   作:四国の探索人

83 / 122
動き出す母と友

永琳は、言葉を慎重に選びながらも、どこか落ち着かない表情で立ち上がった。

 

「……じゃあ、私は戻るわ。」

 

踵を返しかけたその時、ふと立ち止まって空を見上げる。

 

「月が……滅びないといいけど。」

 

その呟きに、背後から淡々とした声が返る。

 

「今回はしないわよ。」

 

振り向きはしないまま、永琳は小さく頷き、仙界の霧の中へと静かに消えていった。

 

 純狐が指を鳴らすと、その中心から淡い炎が広がり、空間がねじれる。現れたのは、三つの世界に足をかける地獄の女神、ヘカーティア・ラピスラズリ。

 

「……呼び出すなんて珍しいじゃない。何かあった?」

 

「……息子が月に囚われたの。」

 

その声に込められた静かな怒気に、ヘカーティアの顔色が変わる。

 

「諏伯? あの子が……どうして月に?」

 

「詳しくは永琳から聞いた。おそらく嫦娥が動いた。私と関係があるって、月の奴らに気づかれたみたい。」

 

「……っ最悪ね。でも、あんたがここで私を呼んだってことは?」

 

「奪い返す。……それだけよ。」

 

純狐の眼差しに、もはや迷いはなかった。

 

「私はもう、誰にもあの子を奪わせない。」

 

ヘカーティアは静かに息を吐く。

 

「わかった。じゃあ今回は“破壊”じゃなく、“救出作戦”ってわけね。」

 

「そう。必要なら壊すけど、本懐はそこじゃない。」

 

「じゃ、門を開くわ。」

 

彼女が手をかざすと、異空間に通じる赤い裂け目が広がる。その先には、冷たく輝く月が浮かんでいた。

 

「準備はいい?」

 

「とっくに。あの子を……迎えに行く。」

 

 

 

――母が、息子を迎えに行く。ただそれだけの、まっすぐで、破壊よりも重い“怒り”を秘めて。

 

次元を超え、ふたりの影は月へと消えた。

 

 

 

 

月の地表。

突然生じた裂け目から、二つの影が静かに姿を現した。

 

 

 

純狐と――地獄の女神ヘカーティア・ラピスラズリ。

 

 

 

砂煙も舞わぬ静寂の中で、純狐は遠くに浮かぶ月の都市を見据えていた。

 

 

 

「……行くのかい?」

と、ヘカーティアが首を傾げながら問う。

 

 

 

純狐は一度だけ小さく首を振った。

 

 

 

「まだ。今は動かない。」

その言葉は冷たく、しかし焦りを感じさせなかった。

 

 

 

「理由は?」

「――奴らが私の息子ひとりに大軍を出すとも思えない。それに……あの都市、少しばかり異様に静かだわ。」

 

 

 

ヘカーティアは無言で都市の方へ視線を向ける。

 

 

 

「なら、“様子を見る”ってやつね。」

「ええ。けれど、確実に“動く時”は来る。その時は私が主導する。」

 

 

 

その目には怒りではない、“確信”があった。

 

 

 

 

---

 

同時刻。月の宮殿深部――

 

 

 

稀神サグメは、月の周辺に走る異常な歪みに気づいていた。

 

 

 

(これは……ヘカーティアの気配? それにもう一つ……これは純狐。)

 

 

 

彼女は瞬時に全てを悟った。

 

 

 

(こちらにすぐ攻撃を仕掛ける様子はない……が、目的は明らかだ。――諏伯。)

 

 

 

すぐに紙に言葉を記す。

 

「彼女たちは来ている。だが、まだ構えてはいない。」

 

 

 

 

 

(上層部に報告を? それとも、私が出向くべきか……)

 

 

 

サグメは一枚の紙を手に取りながら、月の未来について思考を深めていた。

 

 

 

(……この状況、誤れば、月もただでは済まない。)

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、、、月面議政庁 ― 会議室にて

 

白銀に輝く高天井の下、重鎮たちは半円に並ぶ卓上端末の前に座っていた。

綿月姉妹、稀神サグメも招集されていたが、中央の高席にいる者たちはどこか気の抜けた様子だった。

 

「純狐とヘカーティアが現れた件、確認済みだ。だが……今のところ動きはなしだろう?」

 

一人が淡々と話す。

それを受け、別の幹部が薄く笑った。

 

「緊急対応は不要だ。何もしない者に何を恐れる必要がある?」

 

「防衛結界も健在。加えてサグメ殿と綿月両名がいれば、たとえ侵攻されても――」

 

「――“万に一つ”の事態すら想定せずに済むな?」

 

依姫の低い声がそれを遮る。

会議室の空気がわずかに揺れる。

 

豊姫も続ける。

 

「私たちを前に出すつもりなら、それ相応の備えが必要です。“今のところ動きはない”が、次の瞬間もそうとは限らない」

 

「そうです。放置すれば、今度こそ都市そのものが危うい」

 

上層部の者たちは視線を交わしながらも、あくまで穏やかな調子で応じた。

 

「諸君の忠誠と勇気は高く評価している。だが、必要以上の緊張は混乱を招くだけだ。今は“経過観察”に留めるべきだろう」

 

机の隅で、サグメが一枚の紙を静かに掲げた。

 

「――ならば、諏伯の拘束を解除してはどうか。状況を緩和する要因になる可能性がある」

 

 

 

一瞬、静寂が落ちる。

 

だがそれは、すぐに冷笑混じりの言葉で破られた。

 

「……何を言い出すかと思えば、まるで月の安全を危機に晒せという提案だな」

 

「奴の力は不安定だ。地震に神力に蓬莱の再生、加えて純狐の加護まである……とても放てたものではない」

 

「そもそも純狐の興味の対象が“息子”にある以上、彼を人質にする意味でも捕らえておくべきだろう?」

 

サグメは無表情のまま、紙を机の上で伏せた。

 

> 「愚策です。状況は動いている。楽観視は後悔のもと」

 

 

 

「結構。我々はその“愚策”で長らく月を保ってきた」

 

上層部の長が手元の端末に指を滑らせる。

 

「会議はこれで終了とする。状況に大きな変化があれば再招集するが、それまでは通常通りの警戒を継続されたし」

 

会議は、何事もなかったかのように閉じられた。

 

綿月姉妹は、無言のまま立ち上がる。

その背筋に浮かぶわずかな緊張と不快感が、部屋を去るまでの残り数秒を支配していた。

 

一方、サグメは最後まで座席に留まり、目を閉じたまま一枚の紙にゆっくりと書き記す。

 

「このままでは“選択肢”を失う」

 

 

 

その紙は誰の目にも触れることなく、そっと破られ、静かに掌の中で消えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。