純狐の息子は二度目の生で母を追う   作:四国の探索人

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お見舞い

仙界での療養から数日が経ったころ、一人の来客が現れた。

 

眠っていた諏伯の頬をぺしぺしと叩く感触で目を覚ますと、そこには少し前に泣き止んだような目をした諏訪子の姿があった。

 

「えーと……ただいま。」

 

「他には?」

 

「……ごめんなさい。」

 

「何が?」

 

「一人で月に行ったこと……」

 

諏訪子は小さくため息をついた。

 

「折角、私と神奈子がいろいろ考えてたのに。全部一人で抱えて、勝手に突っ走って……ほんと、親の気持ちを分かってほしいよ、まったく。」

 

「……ごめんなさい。あ、そういえば神奈子さんは?」

 

「“あんな子、知りません!”って怒ってたよ。」

 

その一言に、諏伯の顔がぐにゃりと沈む。

 

「……帰りたくない……」

 

それを見て、諏訪子はくすくすと笑い出した。

 

「うそうそ。本気で言ってるわけないじゃない。神奈子はね、あんたを止めずに月に送り出した紫に勝負を挑んだんだけど、返り討ちにされて落ち込んでるだけ。」

 

「そっちの方が心配だよ……」

 

「大丈夫大丈夫。もう元気になってるよ。早苗に励まされてるところさ。」

 

「じゃあ……戦闘の影響もあるし、もう少しここで療養してから帰るよ。」

 

「分かった。気にせず、しっかり休んでおいで。」

 

そう言って、諏訪子は穏やかな笑みを浮かべながら帰ってた所

 

 

「親しげだったけど、純狐と諏訪子、どっちのほうが好きなの?」

 

唐突な問いに、諏伯は目をぱちくりと瞬かせた。

 

「……いつから、というか、いきなり何を言い出すんですか」

 

「ふふっ、ちょっとからかってみただけよ。土着神の母と神霊の母……三人目は私がなろうか?」

 

軽く笑いながらそう言ったヘカーティアに、諏伯は苦笑いを返した。

 

「映姫様がそういうならまだ分かりますけど……三人目はご遠慮します。」

 

ヘカーティアはわざとらしくため息をついて、にんまりと笑うと、背後から諏伯の背中にぴたりと寄り添った。

 

「えー、冷たいなぁ。私これでも地獄の最上層を束ねる女神なのに。ちょっとくらい構ってくれてもいいじゃない?」

 

「なっ……や、やめてください、くっつかないで……!」

 

「なになに? 照れてるの? ふふっ、そんな顔されたら、もっと意地悪したくなっちゃうじゃない、私と仲良しでもする?」

 

言葉通りにヘカーティアが冗談めかして服の裾に手を伸ばしかけたその時、彼女の肩にひんやりとした手がそっと置かれた。

 

「ヘカーティア、息子と仲が良いのは結構だけど……距離、近すぎない?」

 

静かに、しかし確かな圧を乗せた声だった。

 

振り返った先には、目に笑みを宿さぬ純狐の姿。明らかに怒っている。

 

「じゅ、純狐? あはは……いやね、冗談よ、冗談!」

 

ひらひらと手を振りながら、ヘカーティアはそそくさと距離をとる。

 

その直後、今度は諏伯の膝の上に、ふわりと乗ってきた小さな影があった。

 

「諏伯さん、今のうちに遊ぼー!」

 

明るい声で飛びついてきたクラウンピースに、諏伯はふっと笑い、頭を優しく撫でる。

 

「よしよし、クラピは妹みたいで落ち着くなぁ。」

 

その様子を見ていたヘカーティアが、拗ねたように腕を組んで言う。

 

「諏伯、騙されちゃダメよ。その子、あなたより年う……」

 

しかし、言いかけた瞬間、クラウンピースがくるりと振り向き、じーっと無言で上目遣いににらんだ。

 

ヘカーティアはその視線に小さく肩をすくめ、視線をそらす。

 

「……私、この子のご主人様のはずなんだけどなぁ。なんで私がこんなに立場弱いの……」

 

そんなふうにぼやきながら、部屋の隅で一人しくしくと肩を震わせていた。

 

 

 

 

翌日、仙界の空気を切るように、片腕を包帯で覆った仙人――茨木華扇が訪ねてきた。

 

「聞きましたよ。月に行ってたらしいですね、諏伯。」

 

病室に入ってくるなり、華扇はやや呆れたような、でもどこか心配そうな眼差しを向ける。

 

ベッドの上の諏伯は気まずそうに視線を逸らしながら、ぽつりとつぶやく。

 

「……もう、行きたくないですね。」

 

「当然です。あれだけの無茶をして、無事で済んだのが奇跡みたいなものなんですから。」

 

「でも、誰かに相談したら止められてたと思いますし……鬼に説教される筋合いは」

 

そう小声で言い訳のように呟いたその時、パチン、と軽い音が響いた。

 

「いったぁ……」

 

額を押さえる諏伯の目の前には、少し困ったような笑みを浮かべた純狐の姿。

 

「お見舞いに来てくれた華扇ちゃんに、何を言おうとしてるの?」

 

「……ごめんなさい。」

 

久々に母に軽く叱られた諏伯は姿勢を正し、ぴしっと正座のように座り直す。

 

すると華扇は、待ってましたとばかりににやりと笑みを浮かべる。

 

「ふふ……じゃあ、少し長くなりますけど、覚悟して聞いてくださいね?」

 

それは、まるでこの日のために溜めていたかのような長く、深く、そして時々脱線する説教だった。

 

「まず第一に、独断専行の危険性について。第二に、無断外出の扱い。第三に、神霊と地獄の関係性を考えた外交判断。そして第四に――」

 

横で聞いていた純狐とクラウンピースが、ぽそっと小声で話し合う。

 

「……華扇ちゃん、久々に元気そうね。」

 

「うん、なんか楽しそうだね~」

 

ヘカーティアはというと、遠巻きに見ながらニヤニヤ笑っていた。

 

「ま、いい薬になったでしょ。本人にはちょっと長いかもだけど。」

 

こうして、諏伯の療養の時間は少しだけ騒がしく、けれど暖かく続いていった。

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