純狐の息子は二度目の生で母を追う   作:四国の探索人

94 / 122
宴会準備1

諏伯が神社の玄関をくぐると、いつものように諏訪子が小さな体でぴょこんと顔を出した。

「おかえり~。で、早苗とはどうだった?」

 

諏伯は一瞬ためらったが、すぐに姿勢を正す。

「……母さん」

 

その真剣な声音に諏訪子は首を傾げる。

「ん? なぁに」

 

「真面目な話があります。神奈子さんにも、一緒に聞いて欲しいんです」

 

諏訪子は目を丸くしてから、にこりと笑う。

「ふぅん……。はいはい。神奈子~!」

 

奥から神奈子がのっそりと現れる。

「どうした? なんだってそんな改まって」

 

諏訪子が肩を竦めて言う。

「諏伯が真面目な話だってさ」

 

「真面目な話ねぇ……」神奈子は腕を組み、じっと諏伯を見る。そして口角を上げてから半ば冗談めかして問う。

「――まさか、彼女でも出来たのかい?」

 

その言葉に、諏伯は反射的に頬を赤らめ、視線を逸らした。

その様子を見た神奈子の表情が一変する。

「……えっ、本当に図星なのかい?」

 

横で諏訪子はクスクスと笑っている。

「で、相手は?」

 

深呼吸をひとつしてから、諏伯は口を開いた。

「……封獣、ぬえです」

 

途端に諏訪子はにこにこと目を細める。

「なるほどねぇ。実はね、今日早苗と外出させたのは、恋愛を少し意識して欲しかったからなんだよ。……まさかその日のうちに相手を見つけてくるなんて、母さんもびっくりだわ。やっぱり、きっかけがあれば早いもんだねぇ」

 

「……そんな理由で?」諏伯は苦笑を漏らす。

 

「別に、早苗とくっついてくれても母さんは良かったけどね。でも、あの大妖怪を選ぶとは」

 

諏伯は不安そうに眉を寄せた。

「その……やっぱり、ダメでしたか?」

 

 神奈子はしばらく諏伯をじっと見つめ、静かに息を吐いた。

「……なに、私や諏訪子が相手を決めるような親だったら、とっくに婚姻先を押しつけているさ。そんなことはしない。自分で選んだからこそ意味がある」

 

諏訪子は頷きながら、にこりと笑う。

「そうそう。それにしても懐かしいねぇ。覚えてる? かつて諏訪の村にぬえを連れてきた時のこと。神奈子は“討ち取って帝に差し出せ”って強く進言してたんだよ」

 

神奈子は眉を寄せ、少し恥ずかしそうに口を挟む。

「昔の話を蒸し返すな……。だが確かに、あの時、諏伯はぬえを庇い、村への帰参を諦めた。指名手配される中でなお彼女と旅をした。……正直、私は苛立ちよりも、その頑固さに驚いたよ」

 

諏訪子はクスクスと笑う。

「ねぇ、あの時から好きだったんじゃないのかい?」

 

諏伯は真面目な顔で首を振る。

「……当時は、誰かと付き合うなんて考えもしていませんでした。ただ……昨日、母さん――いや、ある誰かさんが“相手を作れ”と妙にしつこく言ったせいで、過去を振り返ることになって。そこで気づいたんです。私はあの時から、ずっとぬえを大切に思っていたんだと。……好きだったんだと」

 

神奈子は目を細め、やがて大きく頷く。

「なるほど……諏伯なりの答えというわけだ」

 

諏訪子は腕を組み、嬉しそうに目を細める。

「ま、決まってしまえば話は早いね。母さんは反対なんかしないよ。諏伯が選んだ相手なんだから」

 

 

 神奈子は勢いよく手を叩いた。

「さて!そうと決まれば盛大に祝ってやらないと……!」

 

諏伯は慌てて手を振る。

「待ってください神奈子さん! それは駄目です」

 

神奈子は首をかしげる。

「どうした、恥ずかしいのか? やってしまえばどうとでもなるもんさ」

 

「違う、違うんです」諏伯は真剣な顔で遮った。

「ぬえは“正体不明の大妖怪”です。派手に騒いで新聞にでも取り上げられたら、正体が盛大に知れ渡り、力を失うことになってしまいます」

 

神奈子は口を閉じ、なるほどと腕を組む。

諏訪子が代わりに頷きながら口を開いた。

「なるほどね。じゃあ身内だけだ。諏伯とぬえ、私たち二柱に早苗。あと妹紅に寅丸。これくらいかな?」

 

神奈子も指を折って数える。

「ふむ。加えるなら命蓮寺の連中くらいか。彼らは最初からぬえの正体を知ってる。問題はあるまい。……他に呼びたい者はいるか?」

 

諏伯は少し考え、静かに答えた。

「人里の稗田阿求をお願いします。……ただし天狗は出禁で。特にあの新聞記者だけは」

 

諏訪子は吹き出すように笑った。

「ああ、阿求ね。昔あんたと文通してた“本の虫”。……面白いメンバーになってきたねぇ」

 

神奈子はうなずきながら新たな問題を出す。

「よし、人選は決まった。問題は場所だ。うちでやれば必ず天狗どもに勘付かれる」

 

「命蓮寺はもっと目立つ」諏訪子が肩をすくめる。

 

諏伯が一歩踏み出して提案した。

「それなら……永遠亭にお願いしましょう。医療施設ではありますが、昔からの縁もありますし、きっと許していただけます」

 

神奈子は思案し、すぐに笑みを見せた。

「永遠亭か。悪くないな。けが人が集まる場所としても自然だ」

 

そのとき、障子の向こうから声が響いた。

「それなら!」

ひょいと顔を出したのは早苗だった。

 

「いっそ“命蓮寺と宗教で揉めて怪我人続出”って噂を流せばいいんです。そうすれば信仰獲得の口実にもなりますし、堂々と永遠亭に行けますよ!」

 

諏訪子は目を丸くして笑った。

「おお! それなら自然に理由が立つね!」

 

神奈子も満足げに腕を組む。

「決まりだ。諏伯は永遠亭に話を通せ。早苗は命蓮寺に。私と諏訪子は人里で適当に“宗教対立演説”でもしてくるさ!」

 

 

 

 

諏伯は永遠亭に向かう前に、仙界にて純狐に会った。

白く霞む空の中、彼女は静かに微笑み、諏伯を迎え入れる。

 

「……ふふ。顔色が変わったわね、諏伯。何か良いことがあった?」

 

「ええ。……報告があります。私、ぬえと……付き合うことになりました」

 

その言葉に純狐の目がぱっと開かれる。

いつも凪いだ湖面のような表情に、珍しく波立つ喜びが浮かんだ。

 

「……あら。それは、それは……本当に嬉しい報せだわ」

純狐は胸に手を当て、噛みしめるように言葉を続ける。

「一度目の生では貴方の成長を見届けられなかったけれど、二度目の生で――お付き合いまでするなんて。……私、もう思い残すことはないかもしれないわね」

 

諏伯は少し照れながらも微笑んだ。

「永遠亭でお祝いがあるんですが……母さんも、参加してくれますよね?」

 

純狐はその言葉にわずかに視線を伏せた。

「……ごめんなさい、諏伯。もちろん参加したいのよ。だけれど、あの医者と姫を前にすると……憎悪が、どうしても溢れ出してしまうの」

 

「……確かに、それはよくないですね」

 

「ええ。だから私は遠慮するわ。でも代わりに、ヘカーティアやクラピちゃん、華扇ちゃんを呼んで――私たちだけの小さなお祝いをしましょう」

 

「……分かりました」

 

純狐は諏伯に向けて穏やかな笑みを浮かべ、指先で空を撫でる。そこに淡い光の扉が開かれていった。

 

「ほら、準備もあるんでしょう? 行きなさい。……私はいつだって、あなたの幸せを願っているわ」

 

諏伯は深く頭を下げ、その扉へと歩み出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。