純狐の息子は二度目の生で母を追う   作:四国の探索人

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幻想郷での宴

永遠亭の広間。

すでに各地から集まった面々で杯が交わされ、賑やかな笑い声が響いていた。

 

神奈子が大きな盃を片手に、にやりと笑う。

「ほらほら、せっかくなんだから二人とももっと近づきなよ」

 

「スペースあるんですから、別にいいじゃないですか」諏伯は頬を赤くしつつ、つんと顔をそらす。

 

諏訪子も負けじと茶々を入れる。

「そんなこと言ってたら、手を握るまで百年かかるよ。ほらほら、もっと近づきなって!」

 

「ぬえもさぁ、もっと歩み寄ってあげなよ」一輪がにやつきながら助け舟を出す。

 

「ええい、私が座る場所くらい自分で決めるからいいでしょ!」

そう言いながらも、ぬえは耳まで赤く染めて視線を泳がせている。

 

その隙を突くように、阿求が扇子で口元を隠しつつ涼しい顔で言った。

「ほほう……。それなら私が間に座りますが、よろしいですか? 封獣ぬえ」

 

「な、なっ……それはダメ!」

慌てたぬえは座布団を諏伯のすぐ隣に寄せ、結局くっつくような距離に腰を下ろしてしまう。

 

「うんうん、安心して見ていられるね」諏訪子が満足げに頷き、

「若いってのは、やっぱりいいもんだ!」神奈子も豪快に笑う。

 

「……若いといっても、どちらも千歳超えてるんですけど」鈴仙がぼそりと漏らす。

 

永琳がくすりと笑って、杯を傾けながら答えた。

「あら鈴仙。ここにいる顔ぶれの中じゃ、千年なんてまだ若造よ。そこの二柱も、私も輝夜も、その倍は生きてるんだから」

 

「はっ……!そういえばそうでした……」鈴仙は耳を垂らし、しゅんと肩を落とす。

 

てゐはちゃっかり盃を手に取りながら、にやにや笑う。

「そうウサよ、鈴仙。ここにいる連中はどいつもこいつも長生きばっか。ウサギの寿命じゃ考えられない世界ウサ」

 

広間は笑い声に包まれ、宴の熱気はさらに高まっていくのだった。

 

 

 

 早苗が駆け寄り、杯を掲げて声を弾ませる。

「諏伯さん、この度はおめでとうございます!」

 

「ありがとう、早苗」諏伯は照れくさそうに微笑む。

 

早苗は次にぬえへと視線を移す。

「ぬえさんとは初めてお話しますが……あの“正体不明の大妖怪”が、実はこんな可愛い少女だったなんて」

 

ぬえは顔を赤らめつつ、肩をすくめて「どういたしまして」とだけ返す。

 

しかし早苗の目に、何やら光が宿る。

「これなら私でも……うふふ、あの大妖怪を倒したら信仰が一気に増えるんじゃないかしら……」

 

「こら早苗!」神奈子が素早く腕を掴む。

「おめでたい場で何を考えてるんだい!」

 

「い、嫌ですね神奈子様。冗談ですよ、冗談!」

必死に取り繕う早苗だったが、神奈子は鋭い視線を崩さない。

 

「その“冗談”とやら、詳しく聞かせてもらおうか」

 

「ひ、ひぃぃぃ!」

そうして早苗は、神奈子にずるずると引きずられていった。

 

 

 彼女の姿が見えなくなると、すっと影が差す。

現れたのはナズーリンだった。涼やかな表情のまま、手にした杯を軽く掲げ、二人の前に立つ。

 

「……おめでとう」

短い言葉ながら、その声音には確かな温かみがあった。

 

「あっ、ありがとう、ナズーリン」諏伯はどこか居心地悪そうに口元を歪める。

「アンタも来てくれたのね」ぬえも照れ隠しのように呟いた。

 

「仲間の祝いごとだからね。それにしても――」

ナズーリンは目を細め、じっと諏伯を見つめる。

「諏伯、君はまだ僕のことが苦手なようだ」

 

諏伯は返事に詰まるが、ナズーリンは杯を口に含んで続ける。

「確かに若い頃の君は、考えなしに宝塔を作り、そこらの雲にぶっ放す子どもだった。……でも、よくここまで成長したものだ」

 

後ろから、にこにことした寅丸が近づく。

「ナズったら、回りくどいですね。褒めるなら、もっと素直に言ってあげればいいのに」

 

そのまま彼女はナズーリンの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと髪をかき乱す。

 

「や、やめてください、ご主人! 耳のあたりは弱いんですから!」

ナズーリンは慌てて身をよじり、逃げるように人波の中へ消えていった。

 

寅丸は苦笑しつつ、改めて二人に向き直る。

「兄上、おめでとうございます。私はぬえと兄上の関係を“かつて行動を共にした仲間”くらいにしか認識していませんでしたが……。なるほど、兄上がいわれのない罪で閉じ込められた時、ぬえが助けてくれたとは」

 

「ま、まあ……あの時は子どもの妹紅に泣きつかれたから、仕方なくよ」

ぬえはわざとらしく肩をすくめる。

 

「おい! そこ、言うなって!」

妹紅が慌てて口を挟む。だがぬえは得意げに続けた。

 

「昔の妹紅はもっと『お兄ちゃんが死んじゃう〜助けて〜!』って泣きわめいてたのにね」

 

「ぬえ……今日は祝いだから黙っててやるけど、明日覚えてろよ」

顔を真っ赤にした妹紅の恫喝に、ぬえは唇を吊り上げる。

 

「あら、子どもの頃から“大妖怪”って言われてた私に挑む気?」

 

「ぬえ、もういいでしょ」

諏伯がたしなめるように声をかけると、ぬえは不満そうに頬を膨らませたが、やがて小さく「……分かった」と答えた。

 

「ひゅーひゅー、いいねぇ」

どこからともなく村紗の声が飛んできた。

 

「このまま子ども作っちゃう?」と、にやにや顔の一輪も加わる。

 

「……あんたら酔いすぎ」ぬえは呆れ顔でため息をつく。

「だいぶ絡みがダルいよ」

 

「しょうがないじゃない!」一輪が笑いながら両手を広げる。

「今日は聖公認で、酒も肉も解禁の日なんだから!」

 

「飲まなきゃ損損!」村紗は豪快に盃を煽る。

 

「まったく……今日だけですよ。本当に」

白蓮は苦笑しながらも、静かに二人の前へ歩み寄る。

 

「諏伯さん……おめでとうございます。命蓮も、きっと天から喜んで見ていると思いますよ」

 

その言葉に、諏伯は一瞬、胸が詰まるような思いを抱いた。

「……ええ。そうですね」

 

その返答は、静かに、それでいて力強く響いた。

 

 

 人混みの中から、トコトコと小さな影が近づいてきた。阿求はいつものように微笑みを浮かべながら、しかし好奇心で瞳を輝かせていた。

 

「諏伯、諏伯。よくぞ招待してくれましたね!ここは妖怪達についての資料を書くにはうってつけ、最高ですよ!!」

 

その調子の良さに、諏伯は肩をすくめる。

「喜んでもらえたようで何より。」

 

だが、すぐに阿求の矛先はぬえに向いた。

「それはそうとぬえ、私が先に会っていたのに、人形と入れ替えるなんて感心しませんね。」

 

ぬえは軽く鼻を鳴らす。

「……阿求は転生のたびに消えゆく人間関係を、自分が付き合うことで繋ぎ留めたかったんでしょ。」

 

図星を突かれ、阿求は目を細めた。

「あら……私じゃないのに、まるで知ってるような言い方ですね。正解ですよ。もう半分は……」

 

「死への恐怖、でしょ。」

 

「ええ。転生するとはいえ、早逝なもので……」

 

ぬえは、ふと視線を伏せて囁いた。

「……認めたくないけど、その恐怖から本当に逃げたいなら……諏伯の血を稗田家に入れるの、許してあげるわよ」

 

思わぬ言葉に阿求は口角を上げる。

「ほう……いいんですか、ぬえ。私の魅力で諏伯を虜にするかもしれませんよ?」

 

その挑発に、ぬえは小さく笑った。

「ふふっ。そんなのあり得ないわ。何度も戦って、死地からだって助け合ってきたんだから。そう簡単に私を捨てるなんて、絶対できないはずよ。」

 

そう言いながら、机の下でそっと諏伯の手を握りしめる。その小さな仕草に、諏伯は少し頬を赤らめた。

 

阿求はその様子を観察し、ひと呼吸おいてから言った。

「そうですか……考えておきます」

 

――その瞬間、横から諏訪子からの茶々が入った。

「今の言葉……もしいいなら、諏伯が二人目の女を作ってもいいってことかい?」

 

突然の一言に、諏伯は慌てて首を振る。

「そんなことしない……」

 

しかし、ぬえが割って入る。

「誰が来たって、諏伯が最初に選んだのは私。それは変わらないわ」

 

「ふーん」

諏訪子はぬえの顔をじっと見つめる。

 

その横で、神奈子が妹紅にだけ聞こえるように小さく囁いた。

「……(よかったね、妹紅。まだいけるかもよ)」

 

不意にかけられた言葉に、妹紅の表情がほんの少しだけ和らぐ。

 

その空気を断ち切るように、諏訪子がさらりと言った。

「あっ、ぬえ。一応言っとくけど――間違いは犯していいからね」

 

ぬえが目を丸くする前に、神奈子が畳みかける。

「そうそう。なんなら、ゴムに穴を開けたやつを渡して既成事実をだな……」

 

「「まだ早いから!!」」

ぬえと諏伯は息を合わせて声を張り上げた。

 

場はどっと笑いに包まれる。

ぬえは耳まで赤くして俯き、諏伯はただ苦笑いするしかなかった。

 

 賑やかな喧騒の中、神奈子がふと天井の明かりを見上げて時刻を思い出した。

 

「おっと、そうだ。諏伯、そろそろ24時だろう? 純狐の方の宴にも顔を出すんじゃないのか」

 

「おっと……忘れるところでした」

諏伯は思わず立ち上がる。

「ぬえ、途中だけど次は純狐さんの方へ……」

 

「待ってな。すぐに扉を開いてやる」

神奈子は手をかざし、空間にゆらりと異界の門を生み出す。

 

「ありがとうございます」

諏伯は深く頭を下げた。

 

その横で、すっかり酔いが回った寅丸が手を振りながら叫ぶ。

「いってラッサ〜い、兄上ぇ!」

 

振り返れば、あちこちで妖怪も人間もぐったりと酒に沈み、ある者は杯を掲げたまま寝込み、ある者は笑い声を響かせながら見送っていた。

 

そんな祝福の余韻を背に、諏伯とぬえは並んで門をくぐる。

行き先は純狐主催の、仙界での宴――新たな舞台へと歩みを進めていった。

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