純狐の息子は二度目の生で母を追う   作:四国の探索人

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仙界での宴 第二部最終回(第三部も書きます)

諏伯とぬえが仙界の門をくぐると、柔らかな光に包まれた庭園に出た。紅白の幕が張られ、香がたなびき、穏やかな温もりが満ちている。門前には純狐が立ち、にこやかに二人を迎えた。

 

「いらっしゃい、諏伯。そして……あなたが封獣ぬえね」

 

母のような微笑みを向けられ、ぬえは肩をすくめつつ小さく頭を下げた。

「こちらこそ……どうも」

 

「ふふ、照れなくてもいいのよ。さあ、上がって上がって」

 

促されて進むと、障子の奥からは賑やかな声が聞こえてくる。扉を開けば、光の渦の中で彩り豊かな顔ぶれが揃っていた。

 

赤と黒の衣を纏ったヘカーティアが豪快に笑い、クラウンピースが盃を手に跳ね回る。奥には四季映姫が静かに杯を掲げ、小野塚小町が大声で笑っていた。

 

「映姫様!来てくださったんですね!」

 

諏伯が思わず声を上げると、閻魔はふっと微笑み返した。

「久しいですね、諏伯。お身体も無事なようで……」

 

「坊やも大きくなったねぇ。時が経ったのをしみじみ感じるよ」小町が肩を揺らして笑う。

 

だが、二人の視線がすぐにぬえへと向けられると、場の空気が少し変わった。諏伯は思わず問いかけた。

「……どうかしましたか?」

 

映姫は真っ直ぐにぬえを見据えた。

「封獣ぬえ。私は閻魔として言わねばなりません。あなたは外の世界で人を驚かし、諏伯を救うためとはいえ命を奪い、地震まで引き起こした。その責は――」

 

しかし、その言葉は最後まで続かなかった。背後からヘカーティアが現れ、映姫の口をぱしっと塞ぐ。

「はいはい映姫ちゃん。おめでたい場で、何しようとしてるの?」

 

「もごご……ヘカーティア様!分かってはいますが、閻魔としてここは――」

 

「映姫様」横から小町が肩を押さえる。「罪を軽くする説教だろうと、場所を選んでくださいよ。宴の席じゃ堅苦しいだけです」

 

必死に抵抗する映姫を、二人がかりで抑えること数分。ようやく落ち着きを取り戻すと、映姫は大きく息を吐き、帽子を脱いだ。

 

「……わかりました。今の私は四季映姫・ヤマザナドゥではありません。ただの“映姫”として振る舞います。閻魔の務めは、この場では持ち出さない。これで手を打ちましょう」

 

「熱心すぎるのも考えものねぇ」ヘカーティアが肩を竦める。

「全くです。私くらい適当にやれば気楽なんですけど……あ、いや、なんでもないです」小町は慌てて口をつぐんだ。

 

 

 

 

やがて場の空気が落ち着くと、純狐がそっと立ち上がり、二人の前へ歩み寄った。

「さあ――皆、注目してちょうだい」

 

その声に、ざわめいていた賑わいがすっと静まり、視線が中央に集まる。

 

純狐は柔らかく微笑み、諏伯とぬえを左右から軽く促して、皆の前に立たせた。

「今日ここに集まったのは、ただの宴ではありません。……私の息子、諏伯が――大切な相手を見つけてくれた。その門出を、皆で祝うためです」

 

そう言いながら、卓上の盃を手に取る。

「封獣ぬえ。貴女は長きにわたり孤独に、そして闇を背負いながら生きてきた。でも、今こうして私の息子と並んで立っている。その姿を、母として何より嬉しく思います」

 

ぬえは思わず俯いた。頬が赤く染まるのを隠すように。諏伯はそんな彼女の手をそっと取る。

 

「諏伯。あなたが選んだ人を、私は尊重します。たとえどんな過去があっても、どんな未来が待っていても……。あなたが守ると決めたのなら、それはきっと正しい道になる」

 

純狐は二人に視線を移し、ゆるやかに盃を掲げた。

「――それでは、皆。二人の縁に、どうか祝福を」

 

「「かんぱーい!」」

 

一斉に響き渡る声とともに、盃と盃が打ち鳴らされる。酒の香りと笑い声が一層広がり、仙界の夜は熱を帯びていった。

 

ぬえは小さく囁いた。

「……すごいね。こんなふうに、みんなに祝ってもらえるなんて」

 

諏伯は頷き、肩越しに笑みを見せる。

「ええ。……こんな日が来るなんて、思ってもみませんでした」

 

その後、ケーキを持ち走り回るクラウンピースを、後ろから伸びた片腕ががっしりと捕まえる。

「ほら、危ないですよ。ケーキが落ちてしまいます」

 

静かに注意をしたのは茨木華扇だった。しかし次の瞬間、彼女の目がキラリと光る。

「……むしゃむしゃ……あ、甘っ! うまっ!」

 

ひと口つまんでしまえば、もはや止まらない。あっという間に皿の端がなくなっていく。

 

「華扇……そんなに食べると、包帯が汚れますよ。取ればいいのに」

諏伯が苦笑混じりに声をかけると、華扇はピタリと手を止め、ちらりと自らの腕を見下ろした。

 

「……これは戒めなんです。けれど……」

そう言いながらも、彼女は小さく肩をすくめる。

「食べすぎましたね。ここら辺にしておきます」

 

ぬえはくすりと笑い、諏伯に耳打ちした。

「……ああやってると、ただの甘党にしか見えないわね」

 

「聞こえてますよ、ぬえ」

華扇は頬を少し赤らめ、しかしそれ以上は反論せず、再び大人らしく盃を手に取った。

 

宴席の笑い声とともに、甘い香りがふわりと漂い、仙界の夜はますます華やかさを増していく。

 

 

 

 

 

 

諏伯がケーキを口に運んでいると、豪快な気配とともにヘカーティアが近づいてきた。

盃を片手に、いつもの快活な笑みは薄く、珍しく真面目な色を帯びている。

 

「……おめでとう――でいいのかな」

 

その声音に、諏伯は箸を止め、ゆっくりと振り向いた。

「……何か、ありましたか?」

 

ヘカーティアは盃を口に含み、間を置いてから低く告げる。

「ぬえから……サグメの力を感じるのよ」

 

「……は?」ぬえが怪訝そうに眉を寄せる。

「会ったこともないわよ、そんなの」

 

「そうね。でも力は痕跡を残すもの。……諏伯、あなたも気づいているんじゃない?」

 

鋭い視線が諏伯に注がれる。諏伯はわずかに視線を逸らした。

「……何を言ってるんです」

 

「サグメによって、事象を逆転させられた。前から好意を抱いていたなら、どうして今なの? 能力の影響としか思えない。伯封の悲劇を、また繰り返したいの?」

 

場の空気が一気に冷える。純狐も押し黙り、視線を落とした。

 

「……ぬえ。調べだけ、させてくれない?」

純狐が静かに言う。

 

「お母さん、何を言ってるんですか。そんなわけ……」

諏伯の抗議も、重く冷たい空気に押し潰される。

 

ぬえは一歩前に出る。

「正体不明の大妖怪たる私を疑う気? ……諏伯への気持ちは、嘘じゃない」

 

「サグメの力を受ければ、誰だって影響を受けるの。気づかぬままなら、なおさらよ」

ヘカーティアの声は冷徹そのものだった。

 

映姫が口を開く。

「伯封……いや、諏伯。命じます。離れなさい。二度も月の民に弄ばれる必要はありません」

 

諏伯は言葉を失う。――その時。

 

「諏伯」

ぬえが鋭く名を呼ぶ。

 

「……ん?」

 

「純化の加護をかけて」

 

「……加護《純化》!」

 

淡い光がぬえを包む。

 

「これで、もし能力の影響を受けてたとしても――今はもう受けてない。そうよね?」

ヘカーティアはしばし沈黙し、やがて小さく頷いた。

 

「……ええ、そうね」

 

ぬえは拳を握り、俯く。

「……やっぱり、影響はあったみたい。諏伯に想いを伝えたくて、仕方なかった……その気持ちが、少しずつ抑えられていく」

 

そして顔を上げる。瞳には強い光が宿っていた。

「――でも、それは“チャンスがなかっただけ”。気持ちそのものは、最初から本物」

 

ぬえは、ふっと視線を落としたかと思うと、唐突に諏伯の服をぐいっと掴んだ。

その力強さに諏伯の身体がわずかに傾き、二人の距離が一気に縮まる。

 

「ぬ、ぬえ……?」

 

返事はなかった。

代わりに、瞳の奥に宿る揺るぎない光がすべてを物語っていた。

そして次の瞬間――唇が、深く重なった。

 

触れるだけの軽い口づけではない。

ぬえは諏伯の背に腕を回し、迷いなく深く口付けを重ねていく。

最初は戸惑っていた諏伯も、次第に抗うことを忘れ、互いの吐息が絡み合った。

舌先が触れ合い、熱が奔流のように全身へ駆け抜ける。

息が詰まるほど長い、濃密な口づけ――その一部始終を、周囲の誰もが息を呑んで見守っていた。

 

盃を持っていたクラウンピースは、呆然としたままそれを傾け、酒を自分の服にこぼして気づきもしない。

小町は赤面し、「お、おいおい……」と口ごもる。

隣で映姫が目を覆おうとしたが、指の隙間からじっと見てしまい、余計に頬を紅潮させた。

 

ヘカーティアは目を細め、「ほぉ……」とだけ吐息を漏らし、盃を煽る。

純狐は両手を口に当て、驚きと喜びの入り混じった涙をこぼしていた。

そして華扇は持っていたケーキの皿を落とし、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

やがて――ぬえが名残惜しそうに唇を離す。

糸を引くように濡れた光が二人の間を繋ぎ、すぐに消える。

 

頬を真っ赤に染め、荒い息を整えながらぬえは囁いた。

「……ぷはっ……これで、わかったでしょ? 諏伯を傷つける気なんてない。好きなのは――本当の気持ち」

 

場の空気が震える。

長い沈黙の後、ようやくヘカーティアが盃を掲げ、苦笑混じりに言った。

 

「……やれやれ。ここまで見せつけられたら、私が口を挟む余地なんてないわね。――悪かったわよ、封獣ぬえ。あんたの気持ちは本物。」

 

張りつめていた空気が少し和らぐ。

 

純狐は慌てて両手を振り、にこやかな笑みを浮かべる。

「え、え~と……疑ってごめんなさいね。ほら、母さん、何も見てないからね。うんうん、ぜんっぜん」

 

「もう……恥ずかしい……」

ぬえは耳まで真っ赤に染め、顔を手で覆う。

「みんなの前では……二度としないから……!」

 

それを合図にしたかのように、場に笑いがこぼれ始める。

「若いねぇ!」と小町が大声をあげ、クラウンピースは「きゃー!」と跳ねて回り、ヘカーティアは豪快に杯を掲げて笑った。

 

重苦しかった空気は、祝福と笑いに変わり、宴は再び活気を取り戻していった。

 

 

 仙界の宴が終わり帰宅した夜の幻想郷は静かで、虫の声と風に揺れる草木のざわめきだけが響いていた。

ふたりは並んで歩きながら、自然と手を取り合う。温もりが指先から伝わり、言葉以上の確かな絆を感じさせた。

 

「ぬえ」

「ん?」

「これから、色々あると思いますが……よろしくお願いします」

「ええ。こちらこそ」

 

互いの声は夜風に溶けていき、頭上の星々が静かに見守っている。

 

――純狐の息子は、二度目の生で母を追う。

 

第二部 完




作者です。
1部では母との再会
2部ではぬえとの付き合い

この作品を書き始めた際に想定していた話まで書けたので満足してます。

個人的にも気に入っている作品ですので、3部幻想郷のストーリーやオリジナル編を挟みながら話を続けます。
ちょっと第二部最後の方は恋愛要素が増えましたが、三部では薄くなる予定です。

ここまでご愛読ありがとうございました。
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