諏伯、ぬえ、こころの三人が人里を抜けようとしていると、通りの先から静かな気配が近づいてきた。
白い衣と金色の髪が陽光を反射し、まるで後光を背負っているかのような人物――豊聡耳神子だった。
「おや……諏伯さんではありませんか。ずいぶん珍しい顔ぶれですね。妖怪達を連れて、何かなさる予定でも?」
その問いに諏伯は、わずかに肩を跳ねさせながら、ぎこちない笑みを浮かべる。
「い、嫌ですねぇ。何もありませんよ、観光です、観光。ハハハ……」
下手な嘘にぬえが横目で苦笑するが、神子はそれ以上追及することなく、ただ静かに頷いた。
「……そうですか。観光なら、どうかお気をつけて」
しかし、通り過ぎる瞬間に神子は視線をぬえとこころへ向け、その耳は微かに震えていた。
「(お面……希望……異変……)」
小さく呟いたその声は、風に紛れて誰にも届かなかった。
やがて三人は稗田家に到着した。
門を潜ると、既に阿求が玄関先で待っていた。
「我が友、諏伯ではありませんか。本日は何用で?」
諏伯が一歩前に出て説明する。
「この子の“希望のお面”が盗まれまして……犯人が誰か分からず、相手に負けてしまったらしいんです」
阿求は驚いたように目を瞬かせ、そして興味深そうにこころを見つめる。
「ほう……あなたが“面霊気”ですね。書物でしか知らなかった妖怪を、こうして直接見るのは初めてです」
こころはぺこりと頭を下げ、棒読みのような声で尋ねた。
「……私のお面を、取った人。分かる?」
阿求は顎に手を当てて考え込む。
「相手が誰か分からないとなると、正体を隠せる妖怪か霊……特徴はありますか?」
こころは首を傾げながら記憶をたどる。
「……身長は小さくて、可愛い気がした」
阿求の眉がわずかに動く。
「小柄で実力のある存在……そうですね。紅魔館の吸血鬼姉妹、鬼の伊吹萃香、守矢神社の諏訪子神、もしくは命蓮寺の僧侶たち、といったところでしょうか」
ぬえはすぐに口を挟んだ。
「命蓮寺の連中は違うはずよ。あの子ら、そんなことしない」
諏伯も腕を組み、別の可能性を口にする。
「落とし物として預かっているだけかもしれませんね」
しかしぬえは首を横に振った。
「いや、このお面の妖力に気づけば、逆に厳重に保管するはず。私が知らないなんてありえないわ」
諏伯はふと昔の記憶を思い出したように呟く。
「そういえば、昔ナズーリンに宝塔を危険物だって言われて盗られたままだったなぁ……」
ぬえが諏伯を睨む。
「……後で確認しておくわよ。それより、あんたの方こそ。母親は違っても早苗が収集してるんじゃないの?」
諏伯は目を逸らす。
「……早苗にそんな趣味……あるかもしれませんね。後で確認しておきます」
こころが小さな声で尋ねる。
「吸血鬼と鬼って、どんな人達?」
ぬえは肩をすくめた。
「そりゃもう、最強に最凶のおっかない連中よ」
「最強……かっこいい」こころの瞳がわずかに輝いた。
諏伯はため息をつく。
「レミリアにフランに萃香……この三人なら“拾ったから私のもの”って言いかねませんね」
こころは胸に手を当て、きっぱりと言う。
「その最強の吸血鬼……興味がある。私とどちらが強いか挑戦したい」
ぬえがにやりと笑った。
「了解。じゃあ次は紅魔館ね。ありがとう阿求、助かったわ」
阿求は目を細め、扇で口元を隠しながら微笑んだ。
「私が知っている範囲の知識でお役に立てたのなら何よりです」
人里の外れ、木陰に身を潜める豊聡耳神子の耳が、風に乗って諏伯たちの会話を拾っていた。
長い袖で口元を隠しながら、その瞳は笑みを浮かべ、しかし頭脳は冷静に計算している。
「ふむ……希望のお面、ですか。あれがこころの手から離れれば、この幻想郷から“希望”という感情が薄れていく……なるほど、面白いことになりそうですね」
背後に控える布都が、目を輝かせて身を乗り出した。
「太子様!それならば取り敢えず奴らを倒せばいいのですな!」
神子は手をひらりと上げ、制止する。
「落ち着きなさい、布都。力づくで奪うのは簡単ですが、それでは“道”を説く機会を失います」
そして扇子を開き、風をはらませながら続けた。
「我々が先に“希望のお面”を確保し、幻想郷から希望が薄れたところで“私たちが見つけました”と現れれば……信仰は一気に我々へ流れ込むでしょう」
布都の顔に商人のような笑みが浮かぶ。
「なるほど!我ら道教の信仰、がっぽりというわけですな!!」
しかし屠自古が不安げに眉を寄せる。
「ですが、奴らより先に確保できるのでしょうか、太子」
神子は小さく笑った。
「その時は“共同”という形を取ればよいのです。異変を共に解決したことにすれば、結果的にこちらの評判が上がる」
そう言って視線を鋭くし、二人に指示を飛ばした。
「布都は、さきほど名前の出た命蓮寺へ。屠自古は守矢神社へ赴きなさい。私は諏伯たちを追います」
二人が深々と頭を下げる。
「御意!」
「承知した、太子」
その声を背に、神子は諏伯たちが消えていった方角へ視線を送った。
「……さあ、幻想郷の“希望”の行方、見せてもらいましょうか」