距離感がぶっ壊れてる葦毛の怪物とその幼なじみ。 作:狸より狐派 ハル
彼こと少年は医者に、完全に治る見込みは、どうしても無理なのかと聞いた。
「ゼロというわけではありません。ただどうしても低い、というのが正直なところです」
どうしても低い、しかしゼロではない。少年にとっても大事なのは後者だ。
少年は少女を励ます。まだあきらめる必要はないと。
「・・・キミは?」
少女にそういわれた。彼は、ふと思い出した。そうえば顔をまともに合わせるのはこれが初めてだと。
一週間前から連続で追いかけてたのが自分だと伝えた。
「・・・え?」
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その名の通りウマ娘と同じ力をもつ症状で、産まれつき持っていた。
そしてウマ娘は『走るために産まれてきた』と伝えられる存在。
ゆえに少年も自然と走ることが日常の一つになっている。
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「そうだったのか・・・」
少女は驚きつつも、なんとなく理解した。だが少年にとってそこはまた別の話、大切なのは少女だ。
まずは入院し、ケガを直す必要がある。その間はもちろん、退院後また走れるように手伝うことを伝えた。
「そのまえにリハビリが必要になる可能性がありますね・・・」
医者がそういう。なら立てるようになったらリハビリから始めよう。そう少年は励ます。
だが少女は下をうつむいてしまう。
「・・・できるだろうか。私は、もともと走るどころが、立つことすらままなかった」
すると少女が自身の過去を話し出した。母の支えがあってやっと自身の力で動けるようになったことを。
「私にとってそれがありえないくらいの奇跡だった。だけど・・・無理に、むちゃくちゃな走りをしてしまったせいで、全部・・・全部無駄にしてしまって・・・!」
少女は泣き出してしまった。それに少女の母親もつられ、涙を出してしまう。
しかしそれでも、少年は励ますのをやめなかった。
ならばその奇跡をもう一度起こそう。一度起こせたのならもう一度起こせるはずだと。
少年にとっても、くじけれない挑戦が始まった。
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それから毎日、少年は少女のもとにやってきた。体を治す方法だったり、リハビリの方法だったり、治った後の走り方だったり、ときには何気ない日常の会話だったり。
そのおかげなのか、少女も明るさが少しずつ戻ってきている。
リハビリに関しては専門職の人が関わるため、少年が直接関与できないが、終了後は小さなことでもすごく
そしてしばらくたち、少女は無事退院することができた。とはいえ退院イコール完治、というわけではない。
もちろん少年はそのときも一緒にいた。
負担のかからない基礎運動に正しいジョギングのフォーム確認、少女の母親から教わったストレッチなどをこなしていく。
焦らず、少しずつ運動力を高めていく地道な作業。
その時間はふたりが小学校を卒業するまで続いた。
そして・・・
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あの河川敷で少年と少女は走る。少女はあの時の光景がフラッシュバックする。
自身の限界を超え、理性を無くし、確かな速さと引き換えに犠牲となったこの体。
少女は怖く感じる。またあんなことが起きてしまうのではないんだろうか、と。
だが少女は首を振り、前を見る。
そこにはあのときから今までずっとそばにいてくれている存在がいる。
彼はいつも自分の味方になってくれた。どんなことがあっても、自分が自分に押しつぶされそうになっても、弱い自分に負けそうになっても。
とくに彼の、自分の弱さに対する向き合い方は、彼女に与えた影響は少なくない。
『弱い自分もまた自分。それに打ち勝つのではなく、受け入れること。それを否定してしまうと自分の全ても否定してしまう。
大切なのは強い自分と弱い自分、あらゆる自分にあたえる役割分担。
いけるときには強い自分に流れを任せる。
あの時のように命の危機など自分の身を守るしかなくなった時には素直に弱い自分に従い、最悪の結果を起こさないようにする。
あらゆる自分を思うがままコントロールすることがうまく生きるコツ』
そう少年に教わった。
ならば少女がやること、やれることはいたってシンプル。
今自身の中で起きている、自分の感情に素直になりつつ、彼を信じ後ろを走る。
目の前に信じる者がいるという安心感が、トラウマをやわらげ心が安らかになる。
見方によっては今やってることこそ荒治療なのかもしれない。
だがこれでいい。今の少年少女にとってこれが最善。
少年が少女のために走り、少女は少年を信じて走る。
ひとりでは不可能なことでも、信じあえる者がいればふたりで可能にすることができる。
ふたりは走る。疾風のように速く、されど渓流のように穏やかに。他者から見て、それはそれは見事な並走だった。
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「ありがとう。キミのおかげで、私はここまで走れるようになった」
少女は少年にお礼を述べる。あの時の絶望はもうない。希望に満ち溢れた笑顔だ。
「キミがいなければ、私はきっとここまで走れるようにはならなかっただろう。ずっと・・・ずっとキミがそばにいてくれて、走ってくれて・・・」
少女の目から涙が出てくる。もちろん悲しいのではない、うれしいからだ。
「・・・これからも、この先もずっと、一緒に走ってほしい。いいだろうか?」
そんな質問に、少年は二つ返事しかしなかった。
「・・・!ありがとう!!」
少女は少年に抱き着く。少年も応える。温もりが通じ合い、より強い絆を感じる。
「ああ、暖かいな、キミは・・・
ずっとこうしていたい・・・」
ふたりにとって、この日が挑戦最後に日であり、そしてこれからの新しい旅路の始まりでもあった・・・
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中学。少年少女は同じ学校に通うこととなった。
そこでもふたりはずっと一緒にいた。授業はともかく、わずかな休み時間や昼休み、昼食に放課後。
ほとんどの時間ふたりは必ず一緒だった。
ゆえに物好きな同級生らは彼らにこう言った。
ふたりは付き合っているだろ、と。
少女ははじめ理解ができなかったが、少年に意味を教えられ、やっと意味が分かった。
そしてふたりそろってこういう。
「別に付き合ってないが???」
同級生らは宇宙猫になった。