連作の第一作で、物語的には最終章となる話です。
なので今作以降の物語が終わった後に、
もう一度読んで面白い、そんな話になれば幸いです。
作者の主観的な歴史的及び神話的解釈、それに基づく独自設定が含まれます。
史実上、説話上の出来事が登場するほか、それらにちなんだオリキャラが登場します。
そういった要素が苦手な方は、ブラウザバックをおすすめします。
晩は冷え込むようになったとは言え、残暑の厳しいこの時期だ、
やはり、まだセミの声は、けたたましく幻想鄕中に鳴り響いているのだろう。
ここが、空間的にあちらとは繋がっているとは言い難い場所にあることもあり、
蝉たちの声は届くことはないが、極希に、雑林を吹き抜ける風に運ばれて聞こえることもある。
しかしこの縁側に座り、目を瞑っていれば、それは懐かしい日々の思い出の中から耳の奥まで木霊する。
蝉はその生涯の多くを土中で過ごし、地上に出てからはおよそ一ヶ月でその命を散らすらしい。
その間、蝉の雄は、子孫を残すために、番いの相手を求めてただひたすらに鳴く。
外の世界の見識では、雄の腹腔内には、音を出す発音筋と発音膜、音を大きくする共鳴室、
そして腹弁などと呼ばれる発音器官が発達していて、鳴き声を実現させているらしい。
その昔、教わった。今この座っている場所で。
ともあれこの時期になれば、
そんな蝉も路上のあちこちでその亡骸を晒していることだろう。
それがいつのことだったか分からない。
数年前だったか。それとも数十年も前のことだったか。
この時期こと、幻想郷の人里の大通りでいつものように私は結界の綻びがないか
見歩いていたら、ポトリと空から何かが肩に落ちてきた。
その何かは私の方から弾みをつけて、地面に転がり落ちた。
一匹の蝉だった。
蝉は仰向けになり、苦しげに足を動かしていた。
ふとその蝉から目を離せなくなり、少しの間眺めていた。
何故かその蝉の動きの鈍くなる様を、途切れとぎれに声上げる様を、
目に焼きつければならないと、そう思っていたような。
だが唐突にその命は終りを迎えた。
大人の足だったか、子供の足だったか、妖怪の足だったかも知れない。
通りすがりのその一本の足が、なんの躊躇いもなく踏み潰して、それで終わりだった。
その後も何度か、その亡骸は幾度となく踏み潰されていった。
そのことが最近になってよく、
思い起こされる。
それこそ何度も
何度も―――
「蘭様―っ!」
顔をあげて見れば、中庭を囲うようにして茂る雑林の奥から、橙がにこやかな笑顔をこちらに向けながら走ってきた。
後から、当代の博麗の巫女、幽々子様と続く。
「橙おかえり。ご苦労だったね。」
「ただいま蘭様。これ、幽々子様から。」
そう言って橙は重箱をこちらに見せてくる。
「手作りのお茶菓子だそうです。」
「冷蔵庫に入らなそうだね。でもどうせすぐ食べるだろうし、どこか暗いところに…
それじゃあ、茶室の隣の部屋にそのまま置いておいて。」
「はーい。〇〇、行こう!」
「ちょっと待ってよ橙。蘭様、今日は・・・その、何というか・・・」
「久しぶりですね。今日はありがとう。挨拶は後で構いませんよ。さあ、上がってください。」
博麗の巫女は一礼すると橙に手を引かれるようにして屋敷の中へと消えていった。
「橙、あまり〇〇を困らせるのではありませんよ!」
やれやれ。あの変わらぬやんちゃぶりにも呆れたものだ。
「ふふっ、橙もすっかりあの子になついちゃったわね。」
「はい。そうですね。」
「霊夢がいた頃以来かしら。橙が人に寄り付くようになったのは。」
「ええ。あの子は霊夢が死んでから、死に別れるということの辛さから、人と接することを遠ざけていましたからね。」
橙と博麗の巫女の行った先を目で追う幽々子様は、感慨深そうに笑顔を浮かべている。
「ご無沙汰ね、藍。」
「はい。大変ご無沙汰しておりました。」
私が頭を下げてお辞儀をすれば、私を真似て、あらあらあらと、深々とお辞儀をする。
相変わらずお茶目で可愛いお方である。
「永琳は?」
「今日も朝早くから。」
「そう。四季様はまだこちらには」
「いらしてません。あと四半刻ほどすれば来るかと思われます。」
「そう・・・。」
幽々子様は私の方に向き直ると、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「ねえ、藍。あなた、少しは休んだの?
ここ最近は夜にばかり会っていたから気付かなかったけど、その・・・ひどい顔よ。」
「・・・あれから、寝られなくなってしまいまして。そのせいかと。」
「それにしても・・・。あなたほどの妖怪が、たかが一年寝られない程度で、
そんな疲れ果てた顔になるかしら。」
「はは。そうですね。でも疲れてしまったんです。色々と。」
「藍・・・」
疲れ果てた顔。
それは私だけに言えることだろうか。
「そういう幽々子様も、疲れた顔をしてらっしゃいます。」
「幽霊の私に疲れなんて出ないわ。」
「私には分かります。泣きつかれたお顔です。これだけのお付き合いをさせて頂いていて、分からないと思われますか?」
「・・・・・・・」
やはり―
私の一言で幽々子様の笑みは消え、唇を噛み締めながら俯く。
「そうよね・・・。分かっちゃうわよね。」
少しだけ胸を貸してちょうだい。そう言って幽々子はゆっくりと歩み寄ると、
静かに涙をこぼし始めた。
「あのお方の考えていることはもう、私には理解しかねます。従者は愚か、幽々子様までもを、これほどまでに無碍に扱うなんて。」
「そんな…言い方…しないであげて…。」
振り絞るように出た声は、幽々子様がどれほど苛まれ、苦しんできたかを、物語っていた。
それも無理はない。私も同様に苦しみ、そして擦り切れてしまった。
信頼はもはや拭われぬ懐疑心に塗りつぶされ、やがて懐疑心はしだいと失望に変わった。
あれほど抱いた敬愛は、静かな憎しみに変わってしまった。
なぜなら、あの日、私の主にして彼女の年来の友人である八雲紫は、
私達を裏切った。
何も語らず、私に全てを押し付け――
そして裏切るようにして、今日これから迎える自らの死を宣告した。
第四一五季
九月三日
八雲紫の式、八雲 藍は式としての誓約を解かれ
名実ともに幻想郷の管理者の役目を受け継ぐ。
九月五日
八雲 紫 倒れる。
翌季
第四一六季
九月十六日
八雲 紫 消滅
その生涯に幕を閉じる。