東方異聞集 至章 滅紫《ケシムラサキ》   作:中 三誠

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修正し再投稿させて頂きました。
ここまでで、プロローグの1/2になります。


第四一六季 八月十五日 08:22:33~

幻想郷において最も多い種族の一つ、妖怪。

その妖怪にとって死とは。

妖怪にも同じく、死というものは存在する。

何が原因で死に至るかは様々だが、

この幻想郷において、今の妖怪の死の在り方は大抵は以下の通りだ。

 

まず一つ目。寿命を全うして死ぬ。

最近では最も多くの妖怪が、まるで人間の如くその生涯を謳歌するようになった。

死後はほとんどが消滅する。希にだが、生前の行いによって、

神としてまた生を受けることがある。

 

二つ目。より強きものに蹂躙され力尽きるもしくは妖怪の食糧となる。

このあたりのケースはここ数百年で緩やかに減少を続けている。

 

そして三つ目。人間によって退治される。

遥か昔には、人間によって一方的に虐殺されるような”退治”もあったが、今の妖怪退治は、

博麗の巫女によって儀式的に行われ、人間の手によって妖怪が殺傷されるようなことは極希にしか発生しなくなった。

 

今の幻想郷の状況は、自然にこうなったわけではない。

私たち八雲が、管理者としての威信にかけ、多大な年月をかけて誘導したからである。

 

 

例えば、スペルカードルールに法った異変は、その手段の一つといっていい。

殺傷を伴わない、新たな戦闘のあり方を指示したこの法《ルール》は、幻想郷の秩序の新たな基盤となった。

これが妖怪だけでなく、幻想郷に生きる全ての者たちにとっての死のあり方を変えたのは間違いない。

 

このルールを厳守する形で行われる、妖怪たちが起こす騒動が異変である。

定期的に幻想郷全体に関わる異変を起こし、その異変を予め用意したストーリー通りに終着させ、

社会の意識に小さな変化をもたらす。これを意識の遠くなる様な年月をかけて繰り返してきた。

勿論、全てが用意された異変ではない。だが偶発的に起こる異変においてもまた、結果として幻想郷のためになるような終着点を模索した。

 

その努力の成果の一つが、かつてあった妖怪の死の形の一つである、人間たちの妖怪に対する畏敬の念が消えることによる妖怪の消滅、これの回避である。

これはすべての妖怪に関わる重大な問題であり、幻想郷の外ではそれこそこれが原因によって消滅する妖怪が後を絶たなかった。

 

力の関係上、人間が最も弱い立場になる幻想郷だが、数で優れば人間は大いに妖怪たちにとって脅威となる。

そして、妖怪そのものは、そのほとんどが人間の自然や未知に対する畏敬の念が起源となる。

例えば―――

暗闇で何も見えない。何かがいるかもしれない。怖い。

誰もいないはずの部屋でものが動いた。何か得体のしれないものがいるかもしれない。恐ろしい。

自分たちの知らない技術を持つ、一回り体の大きな人の集落がいるらしい。すごい。

しかし、あれはもしかしたら、人ではないかも知れない。

人をとって食べてしまうかもしれない。

 

人々はそれらを妖怪と呼ぶようになり、妖怪が誕生した。

 

その起源が否定されれば、妖怪は消滅してしまう。

外界で妖怪が見られなくなったのも、産業革命以降の科学の進歩による未知の解明が飛躍的に進み、未知に対する畏れを失ったからだ。多くの妖怪が力を失い、実体化できなくなった。

現在では、この列島の妖怪に関して言えば、もはや幻想郷に保護された妖怪以外は、ほとんどが消滅してしまった。

 

幻想郷においてもそれは起こり得た。

人間の数が妖怪に優ったことは、過去に数回ある。

その時点で調整を加えなければ、人間はまず妖怪を力と技術で駆逐し、妖怪を自らの生活圈から追いやるだろう。

なぜならば、驚異を取り除くことは生きるものにとって当たり前の行いであるからだ。

人間同士だろうと、妖怪同士だろうと、それは同じである。

妖怪なんて怖くない、と人間が思えばそれだけで妖怪は力を失い、人間から知覚できなくなる。

力が弱まるに連れて、妖怪は人間に干渉すらできなくなるだろう。

あとは忘られて消えるか、科学的な証明が成されて起源を否定されるかのどちらかを待つばかりになる。

それを如何に回避するか。

それが課題であった。そしてこの課題は妖怪ばかりではなく、神々にとっても例外ではなかった。

 

そのため、我々が目標に掲げて取り組んだのは、人間にとってのある程度の平穏が約束されていて、

かつ妖怪や神にとっての、根源的な生命力の源となる畏敬心を、忘れさせないことできるような社会を如何にして構築するか、であった。

未だ理想の形にたどり着いたとは言えないが、私たちが作り上げた秩序が促す治安の向上は、妖怪の存在を脅かすほどにまで、人間の心から畏れを取り払うまでに至ってはいない。

 

さて、この襖一枚開けた向こうには、それら三つの原因や、起源の否定とはまた別の形で

死を迎える妖怪が横たわっている。

それは自殺だ。

一年前のある日を境に、彼女の力は急速に失われ、消滅を始めた。

 

原因がそうであるのは、一年前のあの日の紫様を思い出せば明白だ。

あの日紫様と私は、是非曲直庁に居た。

私を引きつれ、幻想郷の閻魔、四季映姫様の下を訪れた私は、

突然、幻想郷の管理者の引継ぎを紫様より命ぜられ、心晴れぬまま正式な管理者として任を引き継いだ。

さらに式の誓約を解き、私は千と幾百年ぶりに、別の魂を持って一匹の妖獣に戻った。

そして紫様は言った。

私の役目は終わったと。これより先に私のできることはないと。よって退くと。

その時の彼女の顔を私は忘れない。

朗らかで、優しげで、ひどく懐かしげで。

そんな表情を浮かべながら、私の頬に手を当てて、たった一言、小さな声で

さようなら。

そう呟いた。

私はその時は何かの聞き間違えだと思っていたが、その日のうちに急速に力は衰え、

三日と待たずに昏睡し、消えかかるまでにいたってしまった。

初めは今までがどうにか力を保てるように我慢していたのかと考えた。

しかし式として常に彼女の力と繋がり続けていた私が彼女の力の変化の、

その機微に気づかぬわけがない。

その力が急速に失われていくのを直に感じられたのは、私に幻想郷の管理者としての役割を譲ると宣言したその直後から、私の式の誓約を解くまで。

それに気づいた時、私は今回の出来事を理解した。

彼女は自ら存在の意義を放棄した。起源を否定したのだ。

 

 

ひたすらに困惑した。

気がどうにかなりそうだった。

幻想郷中を駆け回り、最終的に私は月の英知、八意永琳に助けを願い出て、必死の思いでこの一年、その存在の消滅を遅らせてきた。

 

意識が戻ることを信じて。

その時に、聞きたいことも言いたい文句も山ほどあるから。

そして何より―――もう一度考え直してくれるように、説得したいから。

 

今、紫様の周りには、いびつな形をした白い機材が並び、それらから出た別々の管が妖怪の体の至るところに伸びている。

機械の稼動音が静かに襖を超えて伝わってくる。

それらは通常の医療機器などではなく、紫様の存在を、実態を、

この世界につなぎ止めるためのものだ。

管からは妖力や霊子が送られ、それらを別の機器が発生させている結界によって

紫様の体に定着させ、また消滅していく部分を再構成させている。

 

自分でも分かる。これは狂気の沙汰だ。

間接的にとは言え、自らの臣従する主の体を弄んでいるに等しい行為を行っている。

毎晩のように、私のしていることの罪の意識と、それでも止めることを選ばない自分の恐ろしさに身が引き裂かれそうになる。

完全に狂わないでいられたのは、同じ狂気の道を歩むことを決めてくれた永琳と、

私の愚行を咎めずに静観して下さる幽々子様、

我々の事情を知りながらも、変わらぬ態度で接してくれる橙のおかげである。

 

今日もまた私は襖の前で永琳の診察の結果を待つ。

ひび割れくすんだ、一縷の希望を胸に。

 

      〇

 

これ以上はもう限界。

限界というのは私のことでもなければ、今私が手を握っているこの死に体ではない。

この部屋の外で待つ彼女のことだ。

自分の従うべき主を失いかけた彼女が、永遠亭に来た時は驚いた。

普段の冷静さを失った彼女は、こともあろうか禁忌の力―――蓬莱の秘薬を求めて、永遠亭を襲撃した。

殺意をむき出しにして泣き叫びながら襲いかかる彼女に戸惑ったが、

冷静さを欠いた彼女を鎮めるのには手間取らなかった。

話を聞けば、あの八雲紫が死ぬという。今は昏睡状態に有り、手を打たなければ消滅するという。

それで、飲んだものに永遠を与える蓬莱の薬ならどうにかなるものだと思ったらしい。

唐突すぎる話に私達は言葉を失った。

しかし、彼女の痛々しいまでの取り乱し様は、それが事実であると告げていた。

主を失った従者―――私も姫を失ったことを想像すると、痛いほどその気持ちが分かった。

ましてや彼女は式神。その体は妖狐であるにせよ、その魂は八雲紫によって生を受けたに他ならない。そこには主従関係を超えた、親子の愛情に似た何かがあったのかもしれない。

額を畳に擦り付けるようにして、蓬莱の薬を懇願する彼女に、

私は、蓬莱の薬が人間に対してしか効果を発揮しないことを伝えた。

藍は頭を上げることなく、申し訳ありませんでしたと、か細い声を上げた。

小さく震え、すすり泣く藍。

とうとう心苦しさに耐え切れなくなり、私はできる限りの協力をすることを申し出た。

ただし、紫の消えかかった存在を留める以上の恐らくできないだろうと付け加えた。

意識が戻ることは奇跡に等しいとも。

それにもかかわらず、顔をあげてまたわっと泣き出したかと思うと、

力強く私の手を握り、有難う、有難うとひたすらに感謝を向けてくる彼女の顔が、

あまりにも嬉しそうで。壊れそうで。

とうとう彼女の顔を見るのが辛くなってしまい、助けを求めるように

横を見れば、姫が口をあんぐりとさせながら私を見続けていた。

さすがの私も噴き出してしまった。

その後は、急遽スキマを使って移動し、応急処置を施した。

初めはやはり体の消滅を緩やかにすることが精一杯だったが、改良を進めることで

現在はほとんど食い止めるまでに至っている。

しかし消滅してしまった部分―――左腕と両足の膝から下は取り戻すことはできなかった。

そしてそれ以上の進歩はない。

平行して八雲紫を目覚めさせる手段を模索し、それこそありとあらゆる方法をとったが、今のところ成功した試しはない。

失敗が重なるにつれて、藍は日に日に精神を病んでいった。

 

「ねえ、永琳。何を考えているの?」

ぼーっとしていた私の肩に手を置いて、姫は静かに問いかけてきた。

今日は人里の診察に行っているウドンゲの代わりに、姫が手伝いに来てくれている。

「藍が家に来た時のことを思い出していました。あの時の姫の顔が面白くて。」

「やだわ永琳、肩すごい凝ってるわよ。」

痛い痛い痛い痛い。相変わらずこの馬鹿力はいったいどこから出ると言うのか。

「あら、痛いじゃないですか。私は感謝しているんですよ。場の空気を和ませようと奇をてらって、あれな表情をして下さっていたのでしょう?」

「あら、もうちょっと力強くする?」

「ごめんなさい。私が悪かったわ。」

「遠慮しないでよ。」

「イッタっ!?」

私が八雲紫を診ることを決めてからというもの、姫の私に対するあたりは強くなった。

残念ながらヤキモチでもなんでもなく、

純粋に私の今していることが気に食わないらしい。

あまりにも愚かだと切って捨てられた。

今日もほら、

「本当に馬鹿馬鹿しいわ。あなたも藍も。こいつだってこんなことしてくれなんて望むかしら。」

こんな具合だ。

「私も姫が何の理由も言わずに死ぬことを選んだら同じように努力しますわ。」

「あら、私は死なないわよ。」

「知っています。でも八雲紫は死んでしまう。」

「あたしはこいつじゃないし、あなたは藍じゃないでしょう?愚かね。」

「はい。」

「むかつく。」

姫は私の肩から手を離すと、紫の横たわる寝台を回り込み、

物言わぬ彼女のでこを指でこずく。

「おきろっての。どんだけウチの永琳をこき使わせてるのよ。」

こずかれた部分が一瞬赤くなったが、次第に赤みが引いていく。

眠れる大妖怪はひたすら静かに呼吸を続けるだけである。

姫はなんだかんだと文句を言いつつも、こうやって診療に付き合ってくれる。

「有難うございます。」

「何よ、突然。」

「こうやって毎日お付き合い頂いて。」

「暇なのよ。それに臣下の愚かな行いに付き合うのも主の務めじゃない?」

「そうですね。」

「そうですね、じゃないでしょうが!」

暗く空気の篭った部屋の中で、姫の声がいやに響いた。

「でもね、もう限界ね。」

「藍が、ですか。」

私の問いかけに、姫は沈黙で答える。

やはり姫も同じことを感じていたらしい。

 

 

「永琳って親と死別する時に何を思ったかって覚えてる?まああなたの場合は死別ってのとは違うと思うけど。」

「・・・とうの昔です。忘れてしまいました。」

「そ。まあ私も育ての親とは離れ離れになって、死に目には会えなかったのだけどね、

とても悲しかったことだけは覚えてるわ。主従の別れって、一緒にいた年月が長ければ長いほど、それに近いものになるんじゃないかしら。吸血鬼のところのメイドが死んだときも、あの時の吸血鬼達ったら、他人から見たら母親を見送る子供だったじゃない?」

「私の目には子供を見送る母親に見えました。」

「まあいずれにせよ、よ。厳格な上下関係の先に、家族みたいな、もしかしたらそれ以上のつながりがあったかもしれない。」

我々の様にですか、と尋ねると、

そうよ、と恥ずかしそうに一言ポツリ。

「ここの場合はそんな単純じゃなかったみたいね。式神ってのはどこまで言っても行使者から生まれた道具でしかないのかしらね。」

あまりにも辛辣な言い方ではあったが、最近の藍を見ていればこそ、むしろそう感じるのが当然である。

初めは藍が八雲紫の消滅を止めようとしたのも、愛すべき者が死ぬのを止めたいという、純粋な願いから生じた行動だと思っていた。

しかしそれが今は、次第に行使者から切り離され、一匹の妖獣として生きることに対する恐怖と絶望感から、行使者をひたすらに求めているようにしか見えない。

「その点橙は違うわよね。普通に悲しんで、普通に見送ろうとしてる。なぜかしら?」

「あの子は藍の式ですから。」

「そうだったわね。じゃあ藍が死んだら、橙もあんな風になっちゃうのかしら。」

そうだとしたら救われない。

しかし本当にそれが式神の性質なのだろうか。

仮にそうだとしてもそれが彼女達にとっても同じなのか。

なぜなら大きな疑問がひとつ。

「でも八雲紫が主を失った式神がどうなってしまうかを知らずに彼女に幻想郷を託すでしょうか?」

「そう。それよね。私は彼女達の関係がどんなものだったかは知らないけど、コイツがそのくらいのことも考えないまま引退直後にポックリ消滅なんて方が、よっぽどおかしな話だわ。でも…だとすると…」

姫はそこで一度言葉を噤み、ばつの悪そうな顔でこちらを見る。

「このままじゃ状況は動かないけど、永琳?」

そう、そうなのだ。

このままでは何の状況も動かない。

ただひとつ変わっていくことがあると言えば、日に日に疲弊していく藍の精神である。

既に彼女は幻想郷の管理者。

その大役をを卒なくこなしてはいるが、万が一があってはならない。

決断が迫られている。

「永琳、聞いて。私思うの。恐らくこの状況ですらもしかしたらコイツは予想していたのかもしれない。

そしてこの先自分が消滅してどうなるのかも、すべて予定のうち。だとしたら、やっぱり乗ってあげるのが最善だと思うの。」

姫の言葉の後にはただ静寂が流れる。

「状況を動かすために、ですか。」

「そうよ。それが例え藍や、そしてあなたが望まない結末であっても。」

「・・・同じことを彼女に言っても、ちゃんと理解してくれるでしょうか。」

「あら、ずいぶん素直ね。」

「藍にあらぬ希望を与えてしまったのが私なら、幕を引くのも、恨まれるのも私であると、

初めから覚悟はしていましたから。ただ今の藍には理解してもらえるとは思えないのです。

姫は今度は腰掛けていた寝台から立ち上がると、私のほうに来て指を突きつけるようにして言い放った。

「じゃあ彼女の為に嘘をついて、後々その嘘がばれた時に恨まれる覚悟もできてるでしょ。」

彼女の言葉は重く私に圧し掛かった。さ

私は目を閉じ、一呼吸おいてからもう一度八雲紫を見た。

「色々と許して頂戴ね。」

私は立ち上がり、ほの暗い部屋の中襖へと歩いていった。

 

 

 

 

 

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