憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第110話 プロディの企て

「プロディです!」

 

 何も起きないまま一日の時が過ぎた。

 

 日課になりつつある見回りを終え、あてがわれた部屋で自前の本を読んでいた研一は、酷く慌てたプロディの叫びを耳にする。

 

「これ以上、返事がないなら、緊急事態と判断して無理やり押し入りますよ!」

 

「うるせえな、寝てただけだよ。鍵なら掛けてねえから、用があるなら入ってこいよ」

 

(ヤバイ。読むのに集中し過ぎて、音が聞こえてなかった)

 

 何か緊急事態かと慌てて返事をしようとするより、一瞬だけ早く響いてきた心配の想いが込められた声に。

 

 随分と前からプロディが呼び掛けてくれていた事に気付いて。

 

 勤めて冷静に悪党演技で、部屋へと招き入れる。

 

「……失礼します」

 

 そんな研一の声に、プロディもまた冷静さを取り戻して。

 

 出来るだけ感情を殺した声で返して、研一の部屋へと入っていく。

 

 敬愛する主を誑かしている軽薄な男に何かあって喜ぶ事はあっても、気遣うような想いを向けている場面を、誰かに見られてしまったら。

 

 ――それは、マキの従者であるプロディからしたら、とても都合の悪い事だから。

 

「……よく咄嗟にあんな演技が出来ますね。苦しくないんですか?」

 

「胃が痛くて何度か吐いた事あるよ。付き合わせてしまって悪いとは本当に思うよ」

 

 部屋に入って二人だけになった途端、乱暴な言葉遣いが消え。

 

 自分を気遣うように笑う研一の、どこか慣れ切ってしまっている疲れた笑顔にプロディの心が痛んで。

 

「貴方が謝る事なんて一つだってないでしょう? 全ては使い易くて強力な加護でなく、そんな面倒臭いスキルとやらのせいでしょうに」

 

 そんな研一の姿を見たくないとばかりに、ただ自分の心の痛みから逃げる為の慰めの言葉が思わず出てしまう。

 

 事情は全て聞かされ、マニュアルちゃんの事だって知っていた筈なのに。

 

「確かに面倒臭いスキルではあるけどさ。そうやって手の掛かるからこそ愛着だってあるし、そういうリスクがあるからこそ強力な能力って、ロマンがあるって思わない?」

 

「……そう、ですね。それくらい手の掛かる方が、かえって可愛く感じるモノなのかもしれません」

 

 怒るでもなく笑いながら軽い世間話のように告げる研一の姿に、謝る事も違うだろうと思い。

 

 プロディは申し訳なさを押し殺して、ただそれだけを返した。

 

「それであんなに慌てて訪ねて来たって事は、何か緊急の用事でもあったんじゃないですか?」

 

「何度呼び掛けても応答がなかったので、声が大きくなってしまっただけで――」

 

「ごめんごめん。それで、肝心の用件は?」

 

 不用意にスキルを貶すような事を言ってしまった事で、申し訳なさを覚えた事に気付いたのだろう。

 

 少し冗談交じりに話を逸らす研一の気遣いを感じながら、プロディは来訪の目的を告げる。

 

「マキ様の発明が完成した後に、貴方から商談があるという形でウィアー様を呼び出したいと思っています。よろしいでしょうか?」

 

「ああ、大丈夫。というか、そんな事なら事後承諾でも大丈夫なのに」

 

「そういう訳には、いかないでしょう。この手の企ては事前連絡を密にしておかないと、思わぬ失敗が起きるモノですから」

 

「確かに用心するに越した事はない、か。解かった。呼び出しの日が決まったら連絡してほしい。心の準備だけは、いつでもしておくよ」

 

「はい、よろしくお願いします。それで話は変わるのですが――」

 

 全てを押し付けてしまうも同然の提案に不満の一つも返さない研一の姿に、プロディは好意を抱きつつ。

 

 話題を振りながら、研一の事を観察していく。

 

(本当に。こちらの方が素の姿なのですね。随分と無理をしているものです)

 

 出会いの印象は、最悪と言っていいモノだった。

 

 救世主だからって無礼にも程があるし、初対面の女性に対して軽薄にも程がある。

 

 更に素晴らしい人間を踏み躙るのが快感だなんていう、悪趣味としか言えない思考回路。

 

 それでも理由もなく殺せばマキが悲しむと思っていたからこそ、必死で我慢していた中で、唐突に舞い降りた殺せしても誤魔化せる程度の難癖を付けられる好機。

 

(あの時、負けてしまったのは本当に今思えば、最大級の幸運でした……)

 

 もしあそこで殺してしまっていたのなら、きっとプロディは後悔の一つさえする事は出来なかっただろう。

 

 ただ何も知らず。

 

 マキに近付く悪党を成敗出来たと、誇らしさだけを抱えて終わっていたに違いない。

 

(それなのにこの方は、恨み事の一つも言わず、騙していた自分が悪いと私に謝って下さっただけでなく、そうやって誰かの為に戦える私だからこそ、協力してほしいと願い出てくれた)

 

 優しい人だとは思わない。

 

 自分の命を勘違いで危険に晒されたのだ。

 

 最低限、怒らなければならない出来事であり、それは優しさというよりも自分の命の価値を軽く見積もり過ぎているだけにしか思えない。

 

 けれど――

 

(そんな貴方だからこそ、ずっとマキ様の隣で寄り添い合って生きていってほしいのです)

 

 そういう優しさに似て非なる、心配になってしまう程に歪な心をプロディは見慣れている。

 

 誰かの為に自分を傷付けてしまう人間が一人だけなら。

 

 きっと、その命の炎を本人以外の為に使い潰し、消えていくだけなのかもしれないが――

 

 もし同じ生き方をする人間同士がお互いを守って生きていけるなら。

 

 そんな未来を、プロディは夢想する。

 

(おそらくこの方の本音を知れば、マキ様は最初こそ驚き悲しみは、するでしょう)

 

 けれど、本当に悲しむのは最初だけだろう。

 

 すぐにその想いは変化する。

 

 今みたいに縋り妄信するだけの歪んだ恋じゃない、本当の恋愛へと変わっていく筈だと。

 

 幼少期からずっとマキと共に過ごしてきたプロディは、確信していた。

 

(問題は――)

 

 いくら恋人を取り戻すのが目的とはいえ――

 

 女に裸で迫られても全く意にも介さない、堅物や真面目という言葉では片付けられない研一の方だとプロディは思う。

 

 きっとマキが本気で研一を好きになって、どれだけ積極的に迫ったところで、二人が結ばれる未来が全く見えなかった。

 

 だが――

 

「何か要望や欲しい物などはありませんか? そんな状況なのにマキ様と国を慮って下さる貴方に少しでも報いたいのです」

 

「いやいや、もう十分に良くしてもらってますって。これ以上、待遇良くされたら、申し訳なさで、こっちの息が詰まりますよ」

 

(可能性自体は、無い事も無い、ですね……)

 

 今も雑談を続けながら、研一を観察しているプロディは思う。

 

 女の魅力だとか心根に惹かれてだとか、そういう正攻法で攻めていたんじゃどうにもなりそうにないが――

 

 罪悪感や責任感を抱かせる事が出来れば。

 

 十分に傾いてくれそうな、超が付く程のお人好しの人種だろう、と。

 

「プロディさん? 何かありました? 一瞬、妙に悪人面したような気が……」

 

「気のせいでしょう」

 

 研一からの追及を軽く流して。

 

 プロディは、これからの事に想いを馳せるのであった。

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