憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第123話 変わらない願いと芽生えた想いの終着

 時は数分だけ遡る。

 

 ザインの意識が研一にだけ集中して自分を警戒していない事に気付いたプロディは、身体を引き摺りマキの部屋へと辿り着いていた。

 

(ふふ、治療してやったのに見捨てて逃げるなんて恩知らずだなんて、あの人は思ってもくれないのでしょうね……)

 

 研一が薬を使って自分を治療してくれた事に、プロディが気付かない訳がない。

 

 そうでも雷魔法に回復系の魔法は存在していないし、他の系統の魔法なんてプロディは一切習得していない。

 

 腹を貫通していた程の怪我が、いきなり塞がったりする理由なんて他にない。

 

(急がないと、いけないのですが……)

 

 本当なら今すぐにでもマキの病気を治したいが、あくまで安静にしていれば命に別条がない程度に回復しただけ。

 

 魔力制御は乱れて魔法の一つだって使えやしないし、身体中が痛くて、気を抜けばすぐにでも意識が飛んでしまいそうであり――

 

 プロディは、マキが入っているポッドを覗き込みながら、呼吸を整えるように、静かに呼吸を繰り返す。

 

(……私は、本当は誰の為に急いでいるのでしょうね?)

 

 マキの顔を眺めつつ、プロディは自問自答する。

 

 自分の命を捨ててでも、マキを助けたいという気持ちに嘘も無ければ、変化もない。

 

 だから研一がザインと戦っている間に、事を済ませようとしているのだと頭では思っている筈なのに。

 

(お嬢様が回復すれば、今の傷付いて動けない私と違って、あの人を助けてあげられるなんて思ってしまっている自分も居る……)

 

 マキ以外に大切な事なんてなかった筈なのに。

 

 ウィアーを騙して、ザインも利用して。

 

 心変わりさえしなければプロディ派の人間だって全員殺してでも、マキさえ元気で生きてくれるなら、それ以外の事なんてどうでもいいと思っていた筈なのに。

 

 そんな自分が、どんどん変わって別の何かになっていくのが怖くて。

 

(お嬢様。貴女もこういう気持ちだったのですか?)

 

 だけど、嬉しい事だってあったのだ。

 

 どんな歪んた形であれ、自分を想ってくれる人に愛されて死ぬなら本望だなんて言っていたマキの事を、悪趣味だとしか思えず全く理解出来なかったプロディだが――

 

 今ならマキの気持ちも何となく解かる気がして。

 

 そこで思わず笑い声が漏れる。

 

(ああ、よかった……)

 

 研一にどれだけ惹かれ始めていても、それでもマキを大事な気持ちは変わらず残ってくれていた。

 

 それが嬉しくて、それだけでプロディには十分だった。

 

 『魔人だって安全に産めるでしょう』を操作して、マキが入っていない方のポットを開ける。

 

 魔力に変換出来ず邪魔になってしまう服を脱ぎ捨て、ポットにプロディが入ろうとしたところで――

 

「……止めといた方がいい。安静にしてれば死なない程度に回復しただけだ。今の状態で自分の身体を魔力に変えるなんていう高度な技、失敗して無駄死にするだけだと思う」

 

 そこに研一が、やってきた。

 

 どこか憐みの込められた視線に、その言葉が自分を止める為の嘘や誤魔化しでなく、研一の心からの言葉であるとプロディは即座に察する。

 

(こんなにも早く、ザインを倒したのですか)

 

 そして、ここに研一が来た以上、ザインを倒したかどうかなんて、聞くまでもない。

 

 これで研一を助ける為に急ぐ必要も、なくなってしまったし。

 

(この方の言うとおり。どれだけ呼吸を整えても、上手く魔力を練れません……)

 

 自分の身体の事だ。

 

 研一に言われるまでもなく、身体が回復するどころか弱っていく自覚がある。

 

 ここで無理をすれば、マキを助けるどころか、塞いだだけの傷が開き、そのまま死に至る可能性は、決して低くはない。

 

 今は身体を休め、次の機会を待つ事こそ賢いやり方だろうとプロディは思うが――

 

「無駄死にするかどうかなんて、やってみないと解からないでしょう?」

 

 次の機会なんて、来るとは思えない。

 

 マキがプロディの思惑に気付きながら装置を壊しもしなかったのは、装置を使って少しでも生き延びようとしていたからではない。

 

 この装置があれば、他に救える人が居るかもしれないと思い、自分の都合だけで壊す訳には、いかなかっただけであり。

 

 どこかでプロディが、思い直して計画を止めてくれると期待していたからだろう。

 

(ここまで本気だったと知れば、居るかも解からない見ず知らずの助けられるかもしれない人間の事なんて忘れて、装置を壊してくれるなんて思うのは、自惚れでしょうか?)

 

 そうなってくれればいいなんていう想いと、そうならなかった時を想像すると怖いという想い。

 

 そして、機会が来ないままマキが死んでしまう未来なんて、許せない。

 

 そんな想いが、プロディを分の悪い賭けに挑ませようとしていた。

 

「……提案がある」

 

 もし近付いて止めようとすれば、きっとプロディは即座に魔法を発動しようとするだろう。

 

 それならばもう仕方ないとばかりに、研一は諦めたように顔を歪めると――

 

「俺を信じてくれるなら、二つ、選択肢を用意出来る」

 

 まだプロディに伝えていなかった、自分の能力を説明していく。

 

 自分には魔族を倒す事で功績値という物が貯まるようになっており、それを使えばプロディの怪我を完全に治す事が出来る事。

 

 そして――

 

「……魔族だけじゃなくて、魔人を倒しても功績値を貯められるんだ。ザインを倒した功績値だけじゃ足りないけど、もう一人くらい強い魔人を倒せれば、マキさんを完全に治療するくらいまで貯まってくれると思う」

 

 装置を使うよりも、確実にマキを助ける方法がある事。

 

 これは最近になって知った事で、かつてマニュアルちゃんであった紙の束。

 

 それを全て掻き集めた研一であったが、その紙の束にはスキルの仕様が事細かに記されており、そこで今まで知らなかった多くのスキルの効能を知ったのだ。

 

 ――ちなみに研一が過去に外からプロディ呼び掛けられている事に気付かず、夢中で読んでいた自前の本こそ、このかつてマニュアルちゃんだった紙の束を纏めた物だ。

 

(……何と言いますか、可愛い方ですね)

 

 説明しながらも縋るような目で、ポットに入っているマキの方にチラチラと視線を向ける研一の姿に、プロディは思わず笑い出しそうになる。

 

 毒の類は強い者に大しては、効果が薄くなったり、そもそも効かない事が多い。

 

 おそらく麻酔弾の効果が切れる時間を稼いで、マキが目覚めるのでも待っているのだろう。

 

 ――きっと自分が注意を引いている間に、マキに不意討ちで自分を取り押さえてもらおうとでも企んでいるのだと、プロディは解釈した。

 

「そんなの、聞かなくても貴方なら解ってくれているでしょう?」

 

 余計な時間稼ぎをするなら、無駄死にすると解っていても今すぐにでも身体を魔力に変換してやるという意志を込め。

 

 プロディは研一を睨み付ける。

 

「……解かった。それがプロディさんの意志なら」

 

 諦めたように研一は呟いて、プロディの前に右手をかざす。

 

 膨大な魔力が手に集約していき、まるで竜巻のように周囲に風を撒き散らしていく。

 

(……これなら苦しむ事無く死ねそうですね)

 

 高位の魔法使いが何日も力を溜めてようやく発動させられるる召喚魔法でも、飛び出してきそうな程の膨大な魔力の高まりに、己の死を確信したプロディの心に沸いたのは、恐怖ではなかった。

 

 マキの身体を治すという願いが叶う達成感と――

 

 研一に自分の命を託せるのが嬉しいという、これから死ぬというのに、場違いにさえ感じる程の安心感。

 

「最後に、何か言い残しておきたい事はありますか?」

 

「それでは一つだけ」

 

 研一の問い掛けにプロディは楽しそうに口元を歪めると、真っ直ぐに研一を見て。

 

 穏やかに笑いながら、告げた。

 

「お嬢様の次に好きでしたよ、研一様」

 

「っ……」

 

 最後に遺す言葉がマキに対する言葉でなかった事に研一が驚いて、戸惑ったのは数秒。

 

 酷く申し訳なさそうに顔を歪めると、すぐに覚悟を決めた。

 

「……ごめん」

 

 短い言葉と共に、研一が魔力を解放する。

 

 その瞬間、目が眩むほどの強い光がプロディの身体を包み込んだかと思うと――

 

 光が消えた時には、プロディの姿どころか、塵一つ残っていなかった。

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