「くっ!?」
プロディが消えて、一分くらいが経過した時だろうか。
マキの治療をしようにも入っているポットの開け方が解らず、どうするべきかと立ち尽くしていた研一であったが――
突然、驚く程の悪感情が流れてきたかと思うと、大きな爆発音が鳴り響く。
そして、部屋中に土煙が舞い上がり、煙で何も見えなくなった。
「……何で」
僅かに遅れて、何かを絞り出すような声と共に。
誰かが自分の胸ぐらを掴ん締め上げている感触を覚えて、研一は不愉快そうに目を細めて、自らを締め上げる者へと言葉を告げる。
「おいおい、こいつは何の真似だぁ、お嬢様?」
姿なんて見えなくても、誰の仕業なのか研一には解かっていた。
だからこそ、悪意を持った襲撃者に反応して視界がスローモーションになっているにも関わらず、避ける事もせず、胸ぐらを掴ませたのである。
プロディを殺されて激怒しているであろう、マキの怒りを受け止める為に。
「何で、ディーを見殺しにしたんですの!」
「おいおい、当たり前だろ? アンタを殺して国を乗っ取ろうとしてたんだぜ? そんな裏切り者のテロリストを始末してやったのに、何そんなに怒ってんだよ」
マキの態度に、怒りをぶつけやすい悪役を演じるべきだと研一は思った。
それも誤解で大事な人を奪っておきながら、ヘラヘラと笑っている無能の、遠慮なく叩けるサンドバックになろうとしたが――
「とぼけないで下さいませ! 私は全て知っているんですの! 貴方の優しさも、ディーの想いも全て!」
そんなのはマキの気持ちから向き合う事から逃げようとしただけ、だったのかもしれない。
マキは更に研一を胸ぐらを掴む手に力を込めると、誤魔化しなんて許さないと言いたげな勢いで、更に捲くし立てていく。
「魔導人形襲撃の件でディーが貴方に罪を擦り付けようとした時、貴方との会話を『見張るちゃん』を通して、私に全て聞かせてくれていたんですの!」
「……そう、か」
言われてみれば当然の話。
当時、研一の事を信用してなかったプロディが、本当は監視用の機械が全て見ているなんていう事実を研一に伝えてやる義理なんて、どこにもない。
むしろ、どうしようもない悪党に惚れているマキの目を覚まさせる最大の機会として、嘘を告げてでも利用しようとする方が自然な話だ。
「それに私は先程の貴方達の会話を聞いておりましたの! どうして! どうしてディーを助けて下さらなかったんですの!」
研一の優しさを知っていただけでマキは、ここまで声を張り上げない。
麻酔の効果で動けなかっただけで、途中から意識自体はあったからこそ――
殺したではなく、見殺しにしたという言葉をマキは使ったのだ。
助けようと思えば助けられたのに、どうして助けなかったのかという想いに駆られて。
「……それがプロディさんの願いだったからだ」
目に涙を湛えながら、それでも真っ直ぐに睨み付けてくるマキの瞳から、研一は目を逸らした。
後ろめたくて、その想いを正面から受け止める事が出来なくて。
「ふざけるんじゃないですわ! そんなのがディーの本当の願いの訳ないじゃないですの!」
申し訳なさそうに弱々しく視線を逸らす研一の姿に、マキは怒りを抑え切れないとばかりに更に声を荒げていく。
胸ぐらを掴んでいる手は力の入れ過ぎて、手が白くなるどころか、血が滲み始めていた。
「貴方に選んでほしかったんですの! 私の命よりも、ディーの方が大事だから生きてほしいって! それこそが、ディーの、本当の……」
温厚でどれだけ研一が無礼な事をしても怒りもしなかったマキが、ここまで声を荒げている理由。
それは研一がプロディの想いに、今も気付いていないからだった。
「プロディさんが俺にそんな事を思う筈――」
「少し気になった程度の相手に、あんな事を言う子じゃないですの……。どうしてその気持ちを、解かってあげてくれなかったんですのよ……」
(だって、昔からディーの世界には、私しか居なかったもの……)
マキは小さかった頃の事を思い出す。
教養の為に読んでいた本の中の世界に憧れ、物語のような恋愛や外の世界を夢見ていたマキに比べると、プロディは随分と暗い子どもだった。
けれど、環境を考えれば、むしろマキの方が異常で、プロディのようになる方が普通だったのかもしれない。
何せ子どもの頃に、ほとんど廃墟と言ってもいい遺跡に、二人だけで押し込められたのだ。
しかも偶に王からの使いの者が様子を見に来たかと思えば――
まだ生きているのかと溜息を吐かれるか、憐れむような目で見られるだけ。
(それでマトモに育てという方が、おかしな話ですわよね……)
プロディは遺跡なんかに自分達を押し込めた国への恨みを隠そうともせず、あんな奴等魔族に襲われて滅びればいいのに、なんて口癖のように呟いて。
偶に笑ったかと思えば――
マキ以外の人間なんて全部死んで私達二人だけになればいいのに、なんて歪んだ甘え方しか出来ない性格に育ってしまうのも、仕方ない事だったのかもしれない。
(それはディーの背が伸びてどれだけ強くなっても、本質的に変わりませんでしたわ……)
力を認められ国民に慕われても。
プロディの目は、マキしか見ていない。
マキ以外の人間を見る目には、暖かさの欠片の一つもなく、きっと内心では生きようが死のうがどうでもいいだろう事くらい、長年の付き合いのマキには解っていた。
(だから、私さえ居なくなってしまえば――)
きっと新しい生き方を見付けてくれる。
自分の死には意味があると思えていたからこそ、マキは死の運命すら受け入れ、プロディが少しでも困る事無く生きていく為に――
将来的に国を良くする事に、全力を尽くせていたのだ。
「ディーが、ディーが、どんな想いで、貴方に言葉を遺したと……」
――お嬢様の次に好きでしたよ、研一様。
そんなプロディがこの世への恨み辛みでもなく、マキでもなければ、研一に言葉を遺した。
その言葉の意味と重さに。
そこに込められていた、プロディすら気付いていなかった本心を、マキが解からない訳がない。
けれど――
「……それでも。俺は次で一番大事なのは、アナタなんだよ。マキさん」
「あっ――」
研一はそれだけ呟くと、マキの首筋に拳を叩き込む。
人間には殺傷能力が低下するとはいえ、不意討ちで放たれた魔力の込もった一撃が瞬時にマキの意識を刈り取った。
「ごめん……」
気を失って倒れ込むマキを抱き留めると、研一はマキの治療を始めていく。
原因不明の病気という事もあり、簡単に回復させる事は出来なかった。
想像していたよりもずっと功績値が必要だったらしく、マキーナ国で手に入れた功績値全てを注ぎ込んでも完治には至らず――
(治すって約束したもんな)
仕方なく研一は、マキーナ国に入る前から持っていた功績値も全て注ぎ込んでようやくマキの治療を終える。
(……本当に、プロディさんは凄いよ)
功績値が空っぽになる感覚に、研一が真っ先に思い浮かべたのはプロディの事。
長年の付き合いであるマキの言葉を否定する気は、研一にない。
プロディの中に迷いがあったのは、確かだろう。
それでも最後の最期まで、マキの為に生き戦い続けた。
それは恋人を助ける為になら何を犠牲にしても構わないという覚悟を持って、この世界に来たのに――
結局、恋人の為の功績値を少しも溜められていない研一には酷く遠く思えて。
「…………」
敵と相対している訳でもないのに、自己嫌悪で強くなっていく身体に言いしれない虚しさを感じながら。
研一はマキーナ国での戦いの終わりに、何を言うでもなく目を閉じた。