憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第133話 ファルスとの決闘

「ふふ、本当に話が早くて助かるよ。まさか休憩もなしに、早速、僕と戦おうなんてさ」

 

 ファルスは上機嫌に呟きながら、研一達を導くように先を歩いていく。

 

 どうやら決闘をするに、相応しい場所があるらしい。

 

(こんな奴にセンちゃんを預けられるかよ……)

 

 だが、そんな事なんて研一には、心底どうでもよかった。

 

 一刻も早くファルスをぶちのめし、センの安全を確保する事だけが頭の中を占めていた。

 

 というのも、あの後にファルスが告げたある言葉が、研一の逆鱗に触れていたからである。

 

(何が『噂に名高い救世主のお気に入り、僕のハーレムに加えるに相応しい』だ……)

 

 まだセンの事を一目見て気に入ったから欲しがったというのなら、それはそれで怒っただろうし、ぶん殴りたくもなったろうが、ブチ切れる程でもなかったかもしれない。

 

 だが、ファルスの発言はセン自身を気に入ったから出てくる言葉ではなかった。

 

 有名人が持っている物を奪ったら面白いという、ただの優越感。

 

 研一が連れてきた相手なら、それこそ誰でも良かったという態度は、あまりにも不愉快であった。

 

(幸い、力は十分以上に集まってる……)

 

 ファルス本人からは、態度から予想出来たように悪意や敵意なんて微塵も流れてこない。

 

 だが、周囲から驚く程の悪意が飛んできているのである。

 

 ――曲がりなりにも党首との会見中に当たるからか、割と多くの人間が研一達を観察しているものの、誰も話し掛ける事もせず、遠巻きに見ているだけではあったが。

 

(多分だけど、俺のせいでファルスが暴走して、前の党首が地下牢に入れられた事とか、その辺だろうな……)

 

 あるいは先代党首の事なんて関係なく、単純に酷い噂を聞いて嫌悪感を抱いている者が多いのかもしれない。

 

 とにかく流れ込んでくる悪意は、初めてこの国を訪れたとは思えない程に凄まじい強さと量であり――

 

 わざわざ自己嫌悪なんかで無理やり強くなる必要もないくらい、身体中に力が漲っていて、今なら誰にも負ける気なんてしなかった。

 

(何か今の研一さん、いつもの研一さんじゃないみたい……)

 

 見た事も無い程に好戦的な研一の姿を見て、センは心の中だけで心配する。

 

 好き放題、おもちゃにされている哀れな奴隷を演じている以上、人目のあるところで表立って動けないからこそ、ただ黙っている事しか出来なかったが――

 

 もし周囲に人が居なければ、大人の姿になって抱き締めてでも落ち着かせようとしていただろう。

 

 それくらい、今の研一の様子はセンには危うく見えていた。

 

「さあ、ここが決闘の舞台だ! 今まで多くの党首達を降してきた無敵の救世主様に僕がどれだけ食い下がれるか解からないが、お手柔らかに頼むよ」

 

 そして、ファルスに案内されるままに研一達が連れてこられたのは、大きな湖であり、真ん中に何か船のような人工物が浮かんでいた。

 

 ――大きさ的にはボートよりも大きくはあるものの、戦うとなると一対一でも少し狭そうという感じだろうか。

 

「ルールは簡単。あそこで戦って先に湖に落ちた方の負けさ。戦いながら湖に叩き落とすなり、気絶させてから投げ入れるなり、そこは戦い方によって得手不得手があるだろうから、任せるよ」

 

「お前等は水の魔法を使って水の中に立てるじゃねえか。それは落ちた判定でいいのか? それとも水の上だから湖には落ちてないって判定か?」

 

「勿論、あの舞台の上から落ちて、湖に触れた時点で負けだよ。だからもし勝てないとか、これ以上、怪我をしたくないってなったら、自分の意志で湖に飛び込めばいい。どちらかが湖に触れるまで、この戦いは何日だって続く」

 

 それがウンディーネ国の決闘の作法だと、ファルスは付け加えると。

 

 研一の方を向いて跪いて、手を差し出してきた。

 

「あ、何だ? その手は?」

 

 まるで物語に出てくる王子が、お姫様を舞踏にでも誘うような姿勢である。

 

 これから決闘しようというのに、コイツは一体何をしているんだという目を研一は向けてしまうが――

 

「水の民でない君は、水の上を歩く事が出来ないのだろう? 決闘場までのエスコートが必要かと思ったのだが、もしや、余計なお節介だったかな?」

 

「……いや、頼む」

 

 湖の上には中央に船のような舞台が一つあるだけで、他には見物客なのか、それとも決闘の見届け人なのか解からないが、人間が湖の上にチラホラと立っているだけ。

 

 移動用の小舟なんて、一つだって見当たらない。

 

 もしかしたら水の上を移動するのに、乗り物を使うという概念が存在してない可能性すら考えてしまう光景であった。

 

 ――一応、島に入った時に大きい船をいくつか見ていた事さえ忘れてしまう程に、見慣れない景色である。

 

「それでは私の手を取って、離れないように」

 

 地球では、お目に掛かれないであろう光景に戸惑っている研一の手を取ると、ファルスは躊躇う事無く湖の上に降り立ち。

 

 研一も誘われるままに、ファルスに続いて湖の上に立った。

 

(二度目とはいえ、どうも慣れないな……)

 

 地面を踏みしめている時とは違う、まるで宙に浮いているような浮遊感。

 

 その癖して、揺れる波の感触全てが足裏に伝わってくるという、あまりにも慣れない立ち心地は気持ち悪さすら覚える研一であったが――

 

「慣れてないと、大変なのだろう? しがみ付いてくれてもいいんだよ?」

 

「はっ、この程度、どうって事ねえんだよ。近くにさえ、立ってればいいんだろ?」

 

 ファルスに情けない姿を見せるのは、あまりにも癪だ。

 

 研一は握られていた手を振り払うようにして離すと、内心の不安や気持ち悪さを押し殺して一人で水の上に立つ。

 

「ふふ、さすがは噂の救世主様。これは決闘が楽しみだね」

 

 そんな研一の虚勢を知ってから知らずか。

 

 ファルスは愉快そうに笑いつつ、研一を引き連れ決闘場へと向かう。

 

「ああ、そうそう。伝え忘れていた。噂で聞いているけど、君は熟練の女性は好きじゃないそうだが安心してくれ。姉上はまだ清い乙女だよ」

 

「……ああ、そうかい。そいつは楽しみだ」

 

 決闘場で向かい合うなりファルスから飛んできた言葉に、研一は顔を歪める。

 

 自分の肉親すら物扱いするような男を増長させてしまったのが自分だと思うと、これ以上、見ていたくすらない。

 

 出来るだけ早く、勝負を決めるつもりであった。

 

 ――距離的には畳二つ分くらいの距離が空いていたが、今の研一の身体能力なら、大した距離ではない。

 

(幸い、このルールなら威力が落ちても問題ないしな……)

 

 研一の力は人間相手では極端に威力が落ちるものの、それはあくまで怪我をさせたり、殺す事が難しいだけの話。

 

 吹き飛ばすだけならば、むしろ触れるだけで消し飛んでしまう魔族よりも飛ばしやすいくらいであり、落とし合いという決闘のルールは、手加減無しで自在に力を揮える分、却って有難いくらいだ。

 

(一撃で湖に叩き落としてやる……)

 

 開始の合図が聞こえると同時に、ファルスに飛び掛かってやろうと全身に魔力を溜め込む研一であったが――

 

「ああ、そうそう。舞台に上がって所定の位置に着いた瞬間から勝負は始まっているから、いつ来てくれても構わないよ」

 

 どうやら既に決闘は、始まっているらしかった。

 

 ファルスはそれだけ告げると、特に動くでもなく研一の方を静かに見詰めている。

 

「ああ、そうかい。それなら遠慮なく――」

 

 研一は躊躇う事無く、ファルスに襲い掛かった。

 

 地面を一蹴りした瞬間に轟音と共に舞台が揺れ、瞬きすら終わらない程の早さで研一は間合いを詰めると、張り手を放つ。

 

(これで終わりだ!)

 

 今の研一の張り手を避ける事に比べれば、至近距離で拳銃を撃たれて、目で見て弾丸を掴み取る方が遥かに簡単だろう。

 

 音すらも置き去りにする速さで接近した研一にファルスは全く反応出来ず、そのまま拳が吸い込まれるように直撃し――

 

「え?」

 

 研一の拳が直撃した瞬間、ファルスが粉々になって、周囲に飛び散る。

 

 それは魔族や魔獣を倒した時の光景に、とてもよく似ていた。

 

(もしかして、プロディさんと同じように魔人――)

 

 そこまで想像した瞬間、研一の顔から血の気が一気に引いていく。

 

 というのも、研一の持つ魔法は人間に対しては吹き飛ばすだけで大した殺傷力を発揮しないのは先程も説明したが――

 

 魔族や魔人等、魔に属する者には絶大な威力を発揮してしまう。

 

 そして、今の研一に本気で殴られれば、魔に属する者ならば国一番の戦士であったプロディや、魔族の幹部級の強さを持った者でも掠るだけで消し飛ぶ事は間違いない。

 

「そ、そんな……」

 

 イラつく相手ではあったが、殺す気なんて微塵もなかった。

 

 それこそ落とし合いなんて大怪我させる事も無く決着が付けられそうな内容に、安堵していたからこそ何も気にせず戦えていた部分もあり、頭が真っ白になり立ち尽くしてしまう。

 

 だから気付けなかった。

 

 戦いを始めた瞬間からずっと景色がゆっくり動いており、それが今も続いている事に。

 

「隙だらけだったよ」

 

 そんな声を研一が耳にしたと思った時には、既にふわりと身体が宙を舞っていた。

 

 いつの間にか背後に立っていたファルスに投げ飛ばされたのだと気付く事も出来ないまま、研一は湖に向かって真っ直ぐに飛んでいく。

 

(ああ、なんだ。負けたのか……)

 

 今も尚、世界はスローモーションに見えたまま。

 

 けれど、この状態から勝敗を引っ繰り返す方法なんて浮かぶ訳も無く、研一は静かに敗北を受け入れると――

 

(でも、よかった。無事だったんだな……)

 

 もう勝敗は決まったも同然だというのに、油断なく研一を見詰めるファルスの姿を見て。

 

 何の怪我も無さそうな事に安堵の笑みを浮かべて、湖に落ちたのであった。

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