憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第143話 嵐の前の静けさ

(それにしてもよく、他の人納得してるよな……)

 

 あれから数日が経過した。

 

 研一は用意されたウンディーネ国の部屋で、どうにも納得いかないという表情で外出の支度をしていた。

 

(いくら党首が認めたからって、脱獄犯を野放しにするか?)

 

 意外というべきか、研一はウンディーネ国を自由に動き回れる状態になっていた。

 

 というのも、だ。

 

 表向きには奪われたお気に入りの奴隷を取り戻す為、投獄されていたアクアを盾に再びファルスに挑むも、返り討ちに遭ったという話になっているのだが――

 

 そこまでは前回の決闘で、あっさり倒されたのだから納得されるのは当然の流れと言えるだろう。

 

 だが、それでは間抜けな脱獄犯でしかなく、自由の身になれる筈がない。

 

 問題は、その先である。

 

(逃げる事も隠れる事もせず、お気に入りの奴隷を取り戻しに来るとは気に入ったって理由で、奴隷を返す代わりに協力者として契約を結んだなんて……)

 

 突っ込みどころしかない気がしないでもないが、それで国民に納得されてしまうのが道化を演じているファルスの印象、という事なのだろう。

 

 面白ければ何でもよし。

 

 面白くなければ、全部駄目。

 

 そして、そんな横暴や道楽も次の決闘でアクアが勝つまでの辛抱だというのが、ウンディーネ国民の考え方らしかった。

 

「むー、研一さんが本気なら絶対負けないのに……」

 

 そして、研一が国のトップの扱いがそんなのでいいのかと納得いかずにモヤモヤする一方で。

 

 研一達を自由にする為の嘘八百の建前話に不満を全く隠そうとしないのが、センである。

 

 決闘であれだけあっさり負けてしまったのに、どうやらセンの中では研一の方がファルスより遥かに強いという印象らしい。

 

 ――ちなみにセンの強い希望で、研一とは同室になっている。

 

(研一さんが全てを差し置いてでも、私を助けに来てくれたって部分は嬉しいんだけど――)

 

 だが、一番の原因は別にある。

 

 どうも大体のストーリーに満足してしまっているだけに、一点だけ納得いかない部分が気になって仕方ないようだった。

 

 ――囚われている自分を救い出してくれるという話が、センにとっては研一との出会いを想起させるものである以上、最後は圧倒的な力で自分を救い出す内容であってほしいのだろう。

 

「ここまでして協力してくれるだけで有難い事なんだからさ。機嫌を直してよ、センちゃん」

 

 とはいえ、研一からしてみればスキルの事を上手く隠して協力してくれる上に、自由まで与えてくれているのだ。

 

 礼を言う事はあれど、文句なんて付けようもなく、膨れっ面を晒しているセンを窘める。

 

「それは解ってるんですけど――」

 

 頭で落ち着こうと考えても、どうにもならないのが心というものだ。

 

 尚も納得いかないという表情を浮かべているセンの頭の上に研一は手を置くと、少し乱暴に撫でていく。

 

「け、研一さん。こんな事で誤魔化されなんて……」

 

 子ども扱いしないで下さいと跳ね除けるべきだと思いつつ。

 

 センは抗えないとばかりに、研一が少しでも撫でやすい位置に頭を移動させてしまう。

 

「えへへ……」

 

 そうして、センは自分から手に頭を擦り付けるようにして撫でられ、幸せそうに笑う。

 

 頭を撫でてくれる時以外、研一から自分に触れてくれる事がない事を解っているからこそ、その時間を少しでも強く堪能するように。

 

「さて。それじゃあ、そろそろ行くよ」

 

 センが満足するまで撫で続ければ、一時間では済まないだろう。

 

 研一は適当な時間で切り上げて、何か魚型の魔物の群れが上陸しようと暴れているとかいう謎の報告の対処に向かうべく、動き始める。

 

「研一君」

 

 そこでずっと二人のやり取りを眺めていたアクアから、名前を呼ぶ声がする。

 

 どうやら邪魔しないように、あえて気配を消してくれていたらしい。

 

 ――そもそも魚型の魔物の群れが上陸してきて危険だから、今日は出掛けないでほしいと伝えに来てくれたのがアクアで、最初から傍には居たのである。

 

「表では協力者になっているとはいえ、実際の君は我が国の重要なお客様のような立場だ。わざわざ君が討伐に出掛けなくても、誰も責めはしないよ」

 

 むしろ、折角噂のお陰で根付いている極悪非道のイメージが崩れてしまうかもしれない。

 

 ウンディーネ国の問題だし、よくある事だから気にしないでほしいというのが、アクアの考えのようだ。

 

 けれど――

 

「わざわざ危険だって知らせてくれるって事は、犠牲者が出る可能性だってあるって事でしょう? それなら無駄に暇を持て余すより、誰かを助ける為に動いていたいんですよ」

 

 助けられる力も余裕もあるのに見殺しにしてしまった方が、寝覚めが悪い。

 

「そりゃあ合理的に考えるなら、折角悪い噂が根付いているのに、イメージ壊れる事なんてしない方がいいとは思うんですけどね……」

 

 その結果、後で苦労する事になる可能性がある事くらい覚悟している。

 

 だからって、どうしようもないのだ。

 

 助けられなかった後悔で眠れもしない日を過ごしたり、悪夢を見るよりは、遥かにマシだから。 

 

「評判の方は、僕とファルスの方で何か考えておくよ。だから君は好きなように動いてくれ」

 

 どこか影のある表情で笑う研一に、これがウンディーネ国の民を気遣っての事でなく。

 

 研一本人の心の安寧の為の行為なのだと気付いたアクアは、それ以上、もう止める言葉なんて出てこなかった。

 

「ありがとうございます」

 

「ふふ、我が国の人間を救ってもらえるんだ。お礼を言うのは、こちらの方だよ」

 

 言葉と共に、アクアは笑う。

 

 どこか心配するように。

 

 それでも嬉しそうなアクアの顔には、まだ少しの付き合いでしかないとは思わせない程の、信頼が滲んでいて。

 

「研一さん! ファルスさん、待ってますよ! 急がないと!」

 

 整った容姿と相まってあまりにも綺麗過ぎて、センは慌てて研一の背を押すと、外へと送り出す。

 

 近寄り難い程に綺麗過ぎる人が、親しみを込めて笑う。

 

 それだけで恐ろしい程に絵になるのが、どうもセンには反則のように思えた。

 

「センちゃん、余裕があったらお土産買ってくるからね」

 

「あ、はい。行ってらっしゃい、研一さん」

 

 けれど、最後には自分を気遣ってくれる研一に嬉しさを感じて、笑顔で送り届ける。

 

 アクアも微笑んで、ただ無言で手を振っていた。

 

「…………」

 

 そして、それから数秒が経過して。

 

 今から何か話を初めたとしても、何も聞こえないくらい研一が遠くへ行っただろう事を確認出来た瞬間だった。

 

「少しいいかな、セン君。実は二人だけで話したい、女同士の話があってね」

 

 この機会を待っていたとばかりに、アクアが声を上げる。

 

 顔自体は笑顔ではあるが、口以外動いていない、どこか貼り付けたような顔で、声も妙に冷たく聞こえて。

 

「……奇遇ですね。私も、アナタとずっと話していたいと思っていました」

 

 センは敵意に似た警戒心を隠しもせず、アクアを睨み付ける。

 

 出会った瞬間からずっと、アクアの事を信用していなかったと言わんばかりに、その態度が言葉以上に、センの気持ちを代弁していた。

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