「ははは。何だ。狙ってやった訳じゃ、なかったのかい?」
魚の群れ撃退事件の結末を聞かされたアクアの、笑い声が室内に響く。
戦いを終えた研一は、城内にあるダイニングのような場所に移動していた。
「狙うなら、もっとマシな悪い噂にしますし、あんな真面目そうな子を辱めるような事は、しませんよ……」
憮然とした表情で告げる研一の頭に浮かぶのは、恥ずかしさで涙すら流していたプリムスの姿。
立場上、謝る事すら出来ないのが本当に申し訳なかった。
「まあまあ。起きてしまった事は仕方ない。これでも食べて元気でも出してくれ」
そこで厨房に居たファルスが料理を持ってやってきた。
面白ければ何でも試すみたいなキャラなのもあるが、本人自身、一時期料理に興味を持っていた時期があるらしく――
慰めがてら、ファルス自ら手料理を振る舞ってくれる事になったのだ。
「生魚を食べる風習がない国は多いが、君の元居た世界では好んで食べていたと聞いたからね。腕を揮ってみたよ」
用意されたのは、パッと見では刺身の盛り合わせのような物だった。
赤身や白身といった多種多様の魚の切り身が、更の上に乗せられている。
(やっぱり箸もワサビも、ないか……)
添えらえているのが箸ではなく、フォークである上に御飯が無い事に僅かな寂しさを覚える研一。
だが、刺身自体は好物の一つではあるし、黒い醤油みたいな物が入った小皿があるのも期待感をそそられる。
故郷への懐かしさを覚えつつ、白身に見える刺身を、フォークで突き刺した瞬間だった。
(何だ? 固い?)
刺身とは思えない、どこかザックリとした手応えがあった。
戸惑いを覚えながら、醤油のような物を付け、口に運んだ研一は、驚きを覚える。
(これは……凄いな)
地球でいうところの、洗いと呼ばれる技術で作られた刺身に似ている。
刺身とは思えないコリコリとした新鮮な歯応えでありながら、噛み締める度に熟成させたような旨みが滲み出してくる。
醤油は日本で主に使われている大豆系統の物ではなく、魚醤に近い味わいであったが、臭みがなく刺身によく合っている。
それに――
(まるで名水でも飲んでいるみたいに、後味が凄くスッキリしてる……)
ワサビなどの薬味一つない刺身にも関わらず、清涼感さえ覚えてしまう程に、魚臭さや生臭さという嫌味な物が感じられない。
これならいくらでも食べられそうだと思い、今度は一見するとマグロのように見える赤身を食べる事にする。
(美味しい……)
白身とは違い固さは一切なく、フォークで突き刺しすと、ねっとりとした感触があったが、口の中に入れた瞬間――
まるで溶けてしまったように消えたかと思うと、旨みが口の中いっぱいに広がっていく。
(けど……)
どこかが物足りない。
それは上手く血抜きされ過ぎていて、マグロ等が持つ独特の血の香りが無い事が原因なのだが、グルメ家でも何でもない研一に言葉に出来る訳がない。
「なるほど。研一君は、姉上に近いタイプかな?」
だが、赤身を口にした瞬間、どこか不思議そうにした研一の姿に、ファルスは何か思うところがあったのだろう。
新しく別の皿を持ってくる。
「お?」
勧められるままに新しく渡された刺身を食べた研一の顔に、意図せず笑みが浮かぶ。
今まで食べていたのも確かに美味しくはあったが、癖のない味でそれが生魚を幼少期から食べ慣れている研一には、逆に不満だった。
だが、今度のは魚本来が持つ雑味や臭みのようなものが、程良く残っており、確かにこちらの方が研一の好みに近い。
(んー、でも……)
白身なら癖のない前の皿の方が好みで。
赤身ならば血の香りが感じられる後の皿の方が好みと、一概にどちらとも言えない感じであった。
「味の違いが解かる人で嬉しいよ。姉上は好み自体はあるけれど、そこまで気にしないからね」
「好き嫌いが少ないと言ってくれないかい? まるで人を味音痴みたいに……」
「いや、好き嫌い自体は結構多いだろう? 野菜とか食べたがらないじゃないか」
「……食べられない事は、ないよ」
味の違いを楽しんでいる研一を余所に、双子の姉弟は言い合い――
というよりも、ファルスが小言を言う度にアクアが目を逸らすという事を繰り返している。
(前から薄々気付いていたけど、ファルスさんよりも、アクアさんの方が結構……)
「何だい、研一君、その目は? 何か言いたい事でも?」
「ああ、いや。仲が良いなって思いまして……」
あえて口に出すような事でもないとばかりに研一は、アクアの言葉をはぐらかして。
食事に夢中だから話している暇がないとばかりに、刺身を勢いよく食べていく。
――実際、久しぶりの刺身に夢中ではあったのだが。
「ん、んー……」
研一があまりに美味しそうに食べているから、味が気になったのだろう。
ずっと同席こそしていたが無言で食事していたセンが一切れだけ食べてみたようだが、どうにも口に合わなかったらしい。
マズくはないんだけど臭みがちょっと、とでも言いたげな様子で飲み込めずに苦戦していた。
「ほら、センちゃん。水飲んで……」
見兼ねた研一が、水の入ったコップを差し入れる。
コクコクと水と共に流し込む事で、ようやく飲み込めたようだった。
「……研一さんは、こういうのが好きなんですか?」
「ん? ああ。故郷の味って言うのかな。凄く懐かしくて落ち着く味だよ」
「そう、ですか……」
そこでセンは何を思ったのか。
水がなければ飲み込み切れなかった刺身を、再び食べ始める。
「無理せず自分の好きな物を食べていい――」
「この味を、もっと知りたいんです……」
「センちゃん……」
いくら物がよく生臭さや血の匂いが薄いとはいえ、生魚を食べ慣れてないセンには、キツイ部分があるだろうに。
それでも無理やり飲み込むでもなく、味を必死で確かめるように味わうセンの姿に、研一は心配そうに眉を歪めたのであった。