憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第148話 予想外に修羅場

(待っていて下さい! このスーパーエリートが助け出しますからね!)

 

 その夜。

 

 まだ幼いと言える年齢でありながら、修練の果てに警備部隊の隊長まで上り詰めたプリムスは、使命感に燃えていた。

 

 目的は、たった一つ。

 

 もはや変態ロリコン男としての地位を確立した研一に囚われ、好き放題弄ばれていると噂される件の奴隷、センを助け出す事であった。

 

(自分達は襲われたってどうとでもなるからと、城に警備をほとんど配置してないから、潜入するのは簡単です)

 

 初登場時には、研一に瞬殺され。

 

 次に出てきた時には巻き添えで泣かされこそしたものの、これで本当にプリムスはスーパーエリートと呼ぶに相応しい実力者だ。

 

 水を身体中に纏わせる事で足音どころか、呼吸音すら外に一切漏らす事無く移動出来るし、城壁をまるで氷の上を滑るかのような速さで移動する事さえ可能であり――

 

 誰にも気付かれる事無く、研一とセンの居る部屋に近付いていた。

 

 おそらくここまで自在に水魔法を扱えるのは、プリムスを省けばアクアとファルスくらいしか居ないだろう。

 

 だからこそ――

 

(悔しいですが私では、どう頑張ったってあの変態には手も足も出ません。ですが、隙を見て連れ出すくらいならば――)

 

 自分と研一との力量の差なんて、プリムス自身が痛い程に解っている。

 

 本当ならば正式に決闘を申し込み、センを救い出す事こそ正攻法だと理解しているが、出来もしない方法なんて取らない。

 

 自分の主義や名誉を守る事よりも、どんな形になっても助けを求める事さえ出来ない者に、手を差し伸べる。

 

 それがプリムスという人間であった。

 

(確かにあの力が凄いのは認めますし、これからの魔族との戦いで大きな助けにだってなるのかもしれません……)

 

 研一の力の大きさや影響力なんて、プリムスだって理解している。

 

 奴隷一人で協力を取り付けられるというのなら、少数の犠牲に目を瞑る事こそが利口で人類の為だと言われれば、きっとそうなのだろうとも思っている。

 

 けれど――

 

(それが助けを求める事さえ出来ない者を、犠牲にしていい理由になんて、なっていい筈がないんです!)

 

 そこに秘められているのは、単純な正義感ではない。

 

 元々はプリムスも落ち零れで、誰からも見放されていた存在。

 

 それをアクアが目を掛けてくれたお陰で這い上がれたという経緯があり、ここでセンを見捨てるのは過去の自分を見捨てるのと同じだという、自己投影のようなモノがあった。

 

(ここですね……)

 

 警備隊長である立場を利用し、研一とセンの部屋は確認済み。

 

 窓の隙間からバレない程に細い水の管を流し入れ、室内の音を拾っていく。

 

「……センちゃん。こういう事を俺から言うべきなのかどうか、ずっと迷ってた。だけど、言わないと駄目だって思ったから言うね」

 

 響いてきた声にプリムスは、首を傾げる。

 

(あの変態男の声、のように聞こえますけど……)

 

 数回、聞いただけでしかないが、もっと横暴で自信に満ちた言葉遣いだった筈だ。

 

 こんな優しく相手を気遣うような話し方をする人間では、なかった。

 

 もしセンしか部屋に居なければ、すぐにでも飛び込んで助けようと思っていただけに、あまりにも想像してなかった状況に、どう動いていいか解からない。

 

 どうすればいいかと迷うプリムスであったが――

 

「センちゃんの事は好きだよ。この世界で出会った中で言うなら、一番、大事だと思ってる」

 

「待って、研一さ――」

 

「けど、その気持ちは男女のそれじゃないし、それが男女のそれに変わる事は、ない」

 

(ほ、ほわあ!?)

 

 あまりに予想外の会話が飛び込んできて、危うく魔法を制御し損ねて、城壁から転げ落ちる所であった。

 

 もはやセンを変態男から救い出す、なんて当初の目的も忘れて。

 

 プリムスは食い入るように、響いてくる会話に全神経を集中させていく。

 

「な、何で。いきなり、そんな事……」

 

「……ごめん。本当はセンちゃんがどう思うかは自由だし、センちゃんから言って来ない限りは、何も言う気はなかった」

 

(……どうやら変態男の姿は、演技のようですね)

 

 表で見せている研一の乱暴な態度はマヤカシでしかなく、おそらく自分を裸にしたのは事故か何かだったのだろう。

 

 短い言葉だけでそんな事を確信させてしまう程に、今の相手を気遣う話し方が違和感なく自然にプリムスの耳に響く。

 

「けどさ。今日の様子を見てたら、それじゃあ駄目だと思った」

 

「…………」

 

「好きな人が何を考えているか知りたいとか、そういう気持ちは解かるよ。気に入られたいから、相手の好みに近付きたいって気持ちも解かる。けど、それで自分の根本の好みや価値観から歪めようとしてしまうのは、駄目だって俺は思うんだよ」

 

(一体、何の話でしょう?)

 

 研一が語りながら頭に思い浮かべているのは、今日の刺身の件であり、プリムスが理解出来ないのは無理ない事だろう。

 

 だが、それでも色々と耳年増な所があるプリムスは、推測する。

 

 本当は研一だって、告白もされてないのに振るような事を言う気なんて無く、それでも言わなければならない何かがあったのだろう、と。

 

「生きていく上で表面的には、相手に合わせないといけない事。本音を隠して建前で過ごさないといけない事は、たくさんあるよ。けどね、好きな物とか食べたい物くらいは、自分の意志で決めるべきで、俺に無理に合わせていく必要なんてないんだ」

 

 そのプリムスの予測を裏付けるように、新しい情報がプリムスの耳に届く。

 

 どうやら、研一に合わせてセンが自分の好みを押し殺してしまうのが、どうにも耐えられないという話らしい。

 

 けれど――

 

「でも、それじゃあいつまで経っても、研一さんは私の事を子どもとしか思ってくれないじゃないですか!」

 

(そうなりますよね……)

 

 プリムスからすれば、センの言い分の方が共感出来る。

 

 少ししか会話を聞いてないが、研一のセンに向ける言い分や気遣いの仕方は、同等の相手を見ている者の言葉ではない。

 

 守るべき子どもを見るような視点なのだ。

 

「少しでも研一さんの好みを知って、少しでも綺麗になって。誰よりも研一さんの隣に居るのに相応しい女の子に、私はなりたいんです!」

 

 ただ、そんな優しさが欲しい訳じゃない。

 

 切欠こそ、その温かさや居心地の良さに惹かれ始めたのだとしても。

 

 それだけじゃあ満たされない。

 

 隣で同じように歩きたくなる時もあれば――

 

 傷付けられても壊されても構わないから、自分の事を求めてほしい時だってある。

 

 その為ならば少しでも大人に見せようと頑張って背伸びだってするし、好きな物だって必死で我慢する。

 

(私もアクア様の役に立ちたくて、頑張ったから……)

 

 同じような想いを抱き、今の地位にまで辿り着いたプリムスには、痛いほどにセンの気持ちが解ってしまう。

 

 ただ――

 

「はっきり言わないと、辛いだけだから言うね」

 

 それを相手に受け入れて貰えるか、となると別の話なのだ。

 

 本当に大事で大事で守りたかった相手が、自分のせいで無理して苦しみ続けてしまうくらいなら――

 

 変な期待なんて持たせず、きっぱりと諦めさせた方がいい。

 

 そう思ってしまうのも、一つの考えだろう。

 

「……仮に今。俺の時間が止まって、センちゃんが魔法とか使わなくても誰が見ても素敵な女の子になったとする。見惚れるくらい美人で、話していて凄く楽しくて、食べ物とかの好みだってピッタリ合って、一緒に居て息苦しくなかったとしても――」

 

「待っ――」

 

「それでも俺はセンちゃんを、女の子として好きになる事はないよ。もう俺にはさ。他に大事な人が居るから」

 

 だから俺に合わせようなんてするのは、止めるんだ。

 

 暗にそんな言葉を含ませる研一であったが――

 

「……です」

 

「えっと、センちゃん?」

 

「嫌です! これが私のやりたい事で、自分の意志で決めた事なんです!」

 

 言い聞かせるように優しく放たれた声を、必死で掻き消すようにセンは叫ぶ。

 

 それだけは譲れない。

 

 そこを譲ってしまえば、自分が自分で無くなってしまうとでも言いたげに。

 

(うんうん。解かりますよって――)

 

 外壁に張り付いた状態で盗み聞いていたプリムスは、解かる解かるとばかりにコクコクと頷いていたが――

 

 その時だった。

 

「研一君、大丈夫か! 悲鳴のような音が聞こえたんだが!?」

 

 ドンドンと扉を叩く音が響く。

 

 どうやらセンの叫び声を聞いて、ファルスが心配になってやってきたらしい。

 

(マズいですね……)

 

 このまま、城壁に張り付いていると見付かってしまう可能性がある。

 

 これ以上、長居しても仕方ないだろうと、プリムスは撤退の為に動き始めていく。

 

 結局、盗み聞きしただけで何も出来なかったという事に自己嫌悪を覚えながら。

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