憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第149話 それはもう恋や愛とは呼べなくて

「んー、それは君が悪いね」

 

 次の日。

 

 会話どころか、目も合わせてもくれなくなったセンの態度に困り果てた研一がアクアに相談した結果が、先の返答である。

 

 完全に非は研一にあるという物言いに、何も言えずに、少しの間たじろいでしまう。

 

「い、いや、でもですね。ああいう好みや価値観こそ、その人の個人を表すものというか、そういうのを外部の理由で歪めてしまうのって違うって、俺は思うんですよ」

 

 ただ、きっぱり言われてしまったからって、それであっさり納得出来るくらいなら、気まずくなる可能性があると解っていて、わざわざセンを傷付けるような事なんて言わない。

 

 誰にも迷惑を掛けないのならば、趣味や嗜好なんて自由であるべきだというのは研一が地球に居た頃から常々思っていた事だ。

 

 流行ってなかろうが悪趣味だと思われようが、自分が好きならば堂々としていればいいし。

 

 料理だって、周りが美味しいって言っているからって、自分に合わない物は合わないと感じて主張出来る事こそ、大事な権利だと考えている。

 

「そこは否定しないよ。僕が言いたいのは、それ以前の君の態度の話さ」

 

「態度、ですか?」

 

「そうだ。そもそも君は、この世界の常識というのを知らなさ過ぎる。いいかい。君の世界での恋愛観走らないが、この世界での男女の仲というのは、君が想像しているよりも、ずっと速いんだ」

 

 そこでアクアは言葉を区切って、この世界についての話を始めていく。

 

 この世界では魔族にいつ殺されるか解からない。

 

 特に今の時世では、いつ魔族が攻めてきて滅ぼされるか解からず、街の中に居たって安心なんてする事が出来ない。

 

「その上、女は魔族に攫われて襲われてしまう事だってある。そして魔人を孕んでしまえば、そのまま死んでしまうしかない」

 

「……」

 

 ここでマキが生き残れる可能性を作ってくれたなんて、話の腰を折る事は研一には出来ない。

 

 ただ黙って話の続きを聞く。

 

「それならばせめて、好きな人と繋がった思い出くらいは持っておきたい。だから少しでもいいなって思った相手が居たならば、すぐにでも肉体の繋がりを持つ事が多いんだ。初めてが魔族に襲われて、そのまま望まぬ子を宿した果てに死んでしまうなんて事になったら、あまりに悲し過ぎるからね」

 

「…………」

 

「それに今は生まれてくる人間よりも殺される人間の方が多い時代だ。そういう形で子どもを産んでくれる分には、国としても有難いから、大体どこの国も支援金を出したりするくらいには、恋愛、そしてその先にある出産を推奨しているんだよ」

 

 無論、例外はあって。

 

 サーラやテレレみたいに立場のある人間や魔力の強い人間は、魔族との戦いにおける戦力として妊娠して動けなくなるような事態を避けつつ。

 

 小康状態になった時に、次代の戦力を産む為に強い男との交配を望まれる。

 

 ――ドリュアス国の党首だったテレレが、国で一番魔力の高い男であるゲスタブを許婚としていたのが、その代表的な例だろう。

 

「そして、強い魔力を持つ者は複数の人間と関係を持つ事なんて当たり前だ。そういう観点で見た場合、セン君の想いや行動がおかしいというよりも、そこまで追い詰めた君の方が変だよと、立場的にも、同じ女としても言わざるを得ないかな」

 

「それは――」

 

 話を聞けば、確かに悪いのは自分の方だと研一は感じてしまう。

 

 ただ、事前に知っていたからってセンへの対応を変えたかと考えれば、答えは否だ。

 

「そんなにセン君の想いを受け入れられないのかい?」

 

「……センちゃんの気持ちがどうこうっていうよりも、俺の問題なんですよ」

 

「君の問題か」

 

「この世界での恋愛観は解かりました。でも、どうしても俺には納得出来ないんですよ」

 

「ふむ」

 

「俺が居た世界っていうより、俺が居た国では基本的に大事な人ってのは一人ですし、子どもってのは愛を確かめ合った果てに、授かるべきだと俺は思ってました」

 

 今時、そんな考えの奴は絶滅危惧種だと、日本でも言われてしまうかもしれない。

 

 それでも研一は、その考えを譲る気は起きない。

 

「センちゃんの事は好きです。でも、何よりも大事な一番の相手かって言われれば、俺には頷けないんです」

 

「……亡くなった恋人か」

 

 アクアにはスキルの詳細を話をした時に、大体の事情は伝えてある。

 

 世界を超え、全てを敵に回してもいいと思う覚悟で生き返らせようとしているのだ。

 

 一番大事な相手と言われて、思い浮かばない方がおかしいだろう。

 

「はい。俺の中で、センちゃんがアイツよりも大きくなる事ってないと思うんです」

 

「…………」

 

 そこでアクアは目を閉じ、僅かに考えるような動きを見せる。

 

 何かを考えているというよりも、伝えるべきかどうか迷っている態度であったが、意を決したように口を開く。

 

「これから言う事は君にとって不快な言葉になるだろうと思う。それでも、出来れば最後まで聞いて考えてほしい」

 

「はい」

 

「その恋人が君にとって、何よりも大きい存在である事は疑いようがない。ただ、その想いの形は、ちゃんと配偶者に対する愛情なのかい?」

 

「それはどういう――」

 

 アクアの言葉の意味が、研一には解からない。

 

 元々付き合っていたんだし、何よりも大事な女性なんだから、それを愛情以外の何という言葉で表せばいいのだろうか。

 

「それじゃあ質問しよう。君は恋人を生き返らせて、再び会えたら何がしたい? 一番大切な女に、君は何を求めるんだい?」

 

「何をって――」

 

 アクアの言葉に、研一は考えるまでもなく浮かぶのは亡き恋人の笑顔。

 

 ただ生きて楽しそうに笑っていてくれさえいれば、それでいいなんて答えようとするが――

 

「答えなくていい。ただ想像してみてほしい。仮に自分以外の他の男、自分よりも強く優しくて、地位も何もかも持っている男の隣で幸せそうに笑う、君の恋人だった女の姿をさ」

 

「…………」

 

(――ああ、幸せになってくれたんだな)

 

 言われるままに誰かの隣で笑う恋人の姿を想像した研一の口元に、それが当たり前のように笑みが浮かぶ。

 

 もし、戦いの果てにそんな光景が待っているなら、どれだけ恨まれ憎まれたって、もう迷わずに済むだろうと思えるほどに。

 

 誰かと笑う恋人の姿は、輝いて見えた。

 

「……もし自分の隣じゃなくても幸せに笑っていてくれるなら、それだけでいいなんて。そんな風に納得出来てしまっているのなら、そんなのは優しさや親愛とか呼ばれるモノではあっても、決して大事な女に向ける愛とは違うよ」

 

「……そう、なのかもしれません」

 

 確かに恋人へ抱く想いは、後悔や贖罪の念が強いのかもしれない。

 

 かつて抱いていた愛情からは、随分と変質してしまっているのは間違いないだろう。

 

「けど! 大事な時にアイツの事を守れず、追い詰めた俺がどんな顔してアイツの隣に立てる訳ないじゃないですか……」

 

「……少なくとも同じ女である私かわ言わせてもらうと、そんな風に思われたら寂しいだろうね。自分の為に頑張ってくれた恋人と再会したのなら、ずっと君に会いたかったと言われて、力一杯、抱き締めてほしいかな」

 

 最後にそんな言葉を付け加えると、伝える事は全て伝え終わったと言わんばかりに、アクアは踵を返したかと思うと――

 

 そのまま振り返る事もせず、研一の前から離れていく。

 

「…………」

 

 言い返す言葉も出てこないまま、研一は俯いて立ち尽くす。

 

 確かに恋人へ抱いている気持ちは、もうとっくに愛なんて呼べるようなモノじゃなくなってしまっていた。

 

 けれど――

 

(それでもアイツの事が頭から離れないってんだから、どうしようもないよな……)

 

 胸の中で一番強く大きい存在である事には、変わらなくて。

 

 こんな気持ちで誰か別のヒトを愛する事なんて、どうしたって出来なくて。

 

(ごめん、センちゃん……)

 

 傷付けたくなんてないのに。

 

 そんな言葉しか返せそうにない自分に、研一は嫌気を覚えたのであった。

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