憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第153話 計算外のあの子

「ごめんなさい、研一さん。全部全部、アクアさんを生贄に捧げるまでの時間稼ぎだったんです……」

 

 何が起きているか解からず、戸惑っている研一にセンは全てを説明した。

 

 ウンディーネ国は、神獣の背の上に建てられた国であるという事。

 

 神獣が魔力不足で死に掛けており、定期的に魔力の高い人間を食べる事で生き長らえている事。

 

 次の生贄がアクアである事。

 

 そして――

 

 事情を全てファルスから聞かされた上で、研一がアクアを助けに行けないように、セン自ら足止めを志願した事を。

 

「今まで研一さんが戦ってきた相手とは、完全に存在そのものが違うんです。助けに行っても、研一さんも死んじゃうだけです」

 

 もしアクアが犠牲になる事を知ってしまえば、研一なら助けに行かずには居られない。

 

 自らが何の得もなかったのに助けられ。

 

 そして、ずっと傍にいて見続けたセンだからこそ、疑い一つなく確信している。

 

 ――だからこそ、全てを知られた時に嫌われてしまうかもしれないと解かっていながら、それでも研一を騙す道を選んだのだ。

 

「…………」

 

 研一は、何も言えずに黙り込む事しか出来なかった。

 

 センに何かを言う資格なんて、全くないとしか思えないから。

 

 何故なら――

 

(口では何を犠牲にしてでもアイツを助けるって言ってる癖に、誰も彼も見捨てられない俺なんかより、センちゃんの方がよっぽど――)

 

 大事な人の為だけに、形振り構わず突き進む。

 

 それこそ研一の目指した姿そのものであり、その覚悟や決意に感服こそすれ、文句の言葉なんて出てくる訳もない。

 

「……研一さん」

 

 それでもセンがアクアを犠牲にしてでも自分を助けようとするなんて、すんなりと頭で納得出来る訳もなく。

 

 呆然と立ち尽くしてしまっている研一の隙を突き、センが押し倒す。

 

「セン、ちゃん?」

 

「酷い子だって嫌ってくれていいです。そんな悪い奴だと思わなかったって見捨ててくれてもいいです」

 

「そんな事する訳――」

 

「こんな私の事なんか忘れてもいいから、生きて笑ってて下さい」

 

 そうして、センは口付けをせがむでもなく、それ以上を求めるでもなく――

 

 ただ研一をこの場に押し留めるだけに、必死で抱き締める。

 

「センちゃん……」

 

 ボロボロと泣きながら、それでも力を緩めようとしないセンの姿に、研一の胸が痛む。

 

 だって、痛いほどにセンの気持ちが解かってしまうから。

 

(もう子どもだなんて思えないな……)

 

 生きて笑ってくれているなら、それだけでいい。

 

 それが全てで、その後の事は生き返ってから考えるなんて――

 

 抱き締めたいどころか、もう一度会いたいなんて気持ちすらない、ただ膨れ上がった想いだけで研一も恋人を生き返らせようとしているのだ。

 

 けれど――

 

「……悪い。俺、行かないと」

 

 本当に心が痛むのは、センの気持ちが理解出来てしまう事ではない。

 

 誰よりも気持ちが解っていて尚、それでもアクアを黙って見捨てる事なんて出来ない、自分のどうしようもなさだ。

 

「どうして、です」

 

「……」

 

「研一さんは恋人を助ける為だけに、この世界に来たんですよね。それなのにどうして、そこまでして人を助けようとするんですか……」

 

 センの言葉に、それが自分の性分だからなんて誤魔化す事くらい出来ただろう。

 

 全て理解した上で。

 

 研一は、出来る限り誠実で。

 

 きっとセンに取っては、何よりも残酷な言葉を叩き付ける事にした。

 

「――単に面倒臭がりで無責任なだけの行動だろうにさ。こんな俺の性分を、優しくて好きだって言ってくれた人の気持ちや思い出を裏切りたくないんだ」

 

 全てを捨ててでも引き留めようとしてくれるセンの想いや覚悟よりも。

 

 亡くなった恋人と積み重ねてきた想いの方が、自分には重くて大切だなんて言葉と共に、研一は、自分を自分を押さえ付けているセンの手を優しく外していく。

 

 呆然とした様子で、されるがままに引き離されそうになるセンであったが――

 

「……だ、駄目です」

 

 慌てて、しがみ付こうと動き始める。

 

 けれど――

 

「……ごめん。もし俺が死んだら、ファルスさんにでも頼ってくれ」

 

 もう研一は、センに抱き着かせたりなんてしなかった。

 

 センの抵抗なんて意にも介してないとばかりに、あっさりと振り解いて立ち上がる。

 

「話を聞いた感じ、相当に危険なんだろうね。センちゃんは、ここに居てくれ。俺はアクアさんを助けに行く」

 

「……泳げもしない癖に、ですか」

 

 当たり前のように助けに行く研一を睨むような強い視線で見詰めて、センは告げる。

 

 知っていたのだ。

 

 絶大な身体能力を持っていた研一が、ファルスとの決闘で海に投げ飛ばされた後に意識を失った最大の理由。

 

 それは泳ぎが得意でない上に、海での水泳経験が全くない事。

 

「別に全く泳げないって訳じゃないさ」

 

 プールサイドの壁を蹴り、端から端までクロールで真っ直ぐに泳ぐならギリギリ出来ない事もないが――

 

 蹴る壁もない状態での浮き方や進み方も解からなければ、立ち泳ぎなんてどうやったらあの姿勢で浮くのかすら解からない。

 

 そんな泳ぎの技能で海に入っても、波に晒されれば、すぐに方向を見失い――

 

 身体能力任せで無理やり泳いだところで、陸地まで辿り着ける可能性は少ないだろう。

 

「……無理ですよ、研一さん」

 

 そして、そんな僅かな可能性さえも邪魔が何も入らなければの話。

 

 陸に上がっていた魚型の魔物だが、あれは陸に上がれるであって、本来は海の生き物だ。

 

 泳ぎながら戦う力のない研一が襲われては、一たまりもないだろうし。

 

「研一さんが悪足掻きしそうだなんて、アクアさん達もお見通しなんです。監視も付けずに小島に閉じ込めただけで終わる訳ないじゃないですか……」

 

 ここまで念入りに用意していたアクア達が、そんな野生の魔物頼りの運任せの作戦なんて取る訳がない。

 

 ファルスの命令を受け。

 

 ウンディーネ国の警備兵達が、秘密裏に小島を取り囲んでいる事を、センは聞かされている。

 

「それでも行くよ」

 

 その程度で迷ったり止まれるような性格なら、センを傷付ける言葉を吐いてまで、アクアを助けになんて行かない。

 

 迷わず研一が小屋を飛び出そうとした瞬間――

 

「ま、待って下さい。あんな話、我々を騙して脱出の協力させようとしている出鱈目――」

 

「そうです! ファルス様達も絶対に耳を貸すなと我々に厳命して――」

 

 突然、小屋の外から叫び声が響き渡る。

 

 慌てて研一はセンを庇うように背に隠し、扉から少し距離を取って警戒し、耳を澄ます。

 

 その瞬間――

 

「アクア様の危機です! 邪魔するなら部下でも手加減しませんよ!」

 

「嘘でしょ!」

 

「強過ぎる……」

 

 どこかで聞いたような声が研一の耳に響いたかと思うと、戦闘音と共に悲鳴のような声が次々と上がっていく。

 

 どうやら、外で誰かが警備隊達と戦っているらしい。

 

(あの子は確か――)

 

 扉の隙間から外の様子を伺った研一は、そこで予想外の光景を目にする。

 

 警備隊の隊長であるプリムスが、部下達を圧倒していた。

 

 それはアクアとファルスが犯した、たった一つとも言える失敗。

 

 正義感が強い上に、裸を見られた事で研一に嫌悪を募らせている、プリムスならば――

 

 仮に研一が諦め悪くアクアの救出に向かおうとしても、きっと全力で阻止してくれないという思惑で配置してしまった事。

 

 ――まさか研一の悪党ぶりが既に演技だとプリムスが気付いてしまっていて、裏切るなんて想像しろという方が、酷な話だろう。

 

「精鋭揃いの警備隊と言えど、このスーパーエリート。プリムス様の敵ではなかったですね」

 

 自分達の隊長がいきなり裏切った事に混乱している部下達を、あっという間にプリムスは蹴散らしてしまうと――

 

 少しの時間も惜しいとばかりに、研一の居る小屋へと駆け出すと、扉をぶち破るような勢いで開け放つ。

 

「救世主様! どうかこの私を、アクア様の救出に協力させて下さい!」

 

 そのまま状況を把握出来ず戸惑っている研一に。

 

 力一杯、そんな言葉を叩き付けたのであった。

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