憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第156話 一人か大勢か、なんて話ですらなく――

「何をしに来た、とは聞かないよ。姉上を助けに来たんだろう?」

 

 空から現れるなんて常識外れの登場をした研一に、ファルスは何も訊かなかった。

 

 先程まで涙を流していた事なんて嘘のように冷静な声で告げたかと思うと、洞窟の入口を塞ぐようにして研一の前に立つと――

 

 いつ攻撃を仕掛けられても問題ないように、魔力を高めて迎撃態勢を取る。

 

「ただ理由は聞かせてもらおうかな? ウンディーネ国の存続に関わる事態だからね」

 

 けれど、どうやらファルスから攻撃を仕掛けるつもりは、ないらしい。

 

 ファルスは戦闘態勢を維持したまま、何かを探るような視線で研一に問い掛けた。

 

「理由?」

 

 ファルスの言葉に、研一は何を言われたのか解からないとばかりに首を傾げる。

 

 だって、知り合いが死にそうになっているのだ。

 

 助けに行くのに、どんな理由が必要なのか、当然過ぎて全く解からなかったから。

 

「……そうか。君は、そういう人種か」

 

 そんな研一の姿にファルスは、期待外れだとばかりに肩を落として、露骨にガッカリしたという表情を見せる。

 

 事実、期待外れであった。

 

 あまりにも考えなしが過ぎる。

 

「いいかい、よく僕の話を聞いて。そして、よく考えてくれ。ここで姉上が犠牲にならなければ、ウンディーネ国は物理的に滅びる。そうすれば二十万を超える国民が全員、死んでしまうかもしれないんだよ?」

 

 二十万の国民と聞いて、少ないと感じるかもしれないが――

 

 それは現代の地球規模の話だろう。

 

 この世界において二十万の国民という数は、決して少ない数ではない。

 

 元々が地球に比べて総人口が少なかった上に、今は魔族との戦いで人類は滅亡まで秒読みと言われているような状況なのだ。

 

 大国でも百万前後、五万も居れば十分に国として扱われるような状態と言えば、二十万という人数が決して少なくない事が解かるだろう。

 

「姉上の魔力は膨大だ。姉上一人が犠牲になれば、最低でも五十年。長ければ二百年はウンディーネ国は生贄を捧げる事もなく、安定するだろう。たった一人と二十万人の安全。どちらを選ぶのが最善か? 本当に考えた上で、君は邪魔しようと言うのかい?」

 

「ええ、考えるまでもないですよ」

 

 そもそも、地球との人数比率なんて考えるまでもなく。

 

 一人の命と二十万人の人間の安全に加えて国の未来なのだ。

 

 数を取るか、たった一人を選ぶかの話でしかなく、これが一億人になろうが一兆人になろうが、きっと研一の選ぶ道は変わらない。

 

「退いてくれ。アナタとは戦いたくない」

 

 研一は迷う事無く歩を進め、気負うでもなくファルスの方を見た。

 

 それは自分の邪魔をする敵を見る目ではなく、ただ知り合いに怪我をさせたくないだけの気遣いの視線であった。

 

「待ってくれ! 本当に考えたのかい! 一人と二十万人なんだよ!?」

 

 お前なんて相手にもならないと言わんばかりの研一の態度に、けれどファルスに怒りの感情は全く湧いてこない。

 

 何故なら、ファルス自身が理解している。

 

 研一が近付いてくる度に身体には震えが走り、本当なら自分から攻撃をしてでも止めないといけないのに、声を張り上げる事しか出来ないのだから。

 

「ああ、考えましたよ。多分、アナタが思っているよりもずっと強く深く」

 

「だったら――」

 

「二十万人全員の命とアクアさんの命なら、俺だって少しは迷ったとは思いますよ。けど、住んでる場所が無くなるだけの話じゃないですか?」

 

 もし神獣が死ねば、同時にウンディーネ国の住人も魔力が強い者を省けば全員死んでしまうなんて話だったなら――

 

 研一だって、こんな迷いなく突き進む事なんて出来なかっただろう。

 

(ああ、ちゃんと想像して考えたさ)

 

 今までの便利で安全な環境全てを捨てて、生きていく。

 

 ウンディーネ国民の立場を研一に置き換える考えるのなら。

 

 スマートフォンやインターネット、全てを永遠に使えなくなるか。

 

 それともそんな便利な文明の利器よりも、アクアを取るのかという話。

 

「……いいや、君は理解してない。今まで当たり前のように持っていた安全や利便性、全てを捨てて生きていく事の大変さを」

 

「その大変さってヤツをさ。俺が解からないと思います? 魔族なんて居ない、割とぐーたら適当にしていても、案外平気で生きていられるような世界で生きてきたんですよ」

 

「それは――」

 

「魔物も魔族も居ないから、精々が多少殴り合いの喧嘩をしたくらいで、生き死にを掛けた戦いなんて誰もした事がない。魔力なんてなくても誰でも遠くの人間と自由に話せる。食べ物なんていつでも好きな物が自由に手に入る。そんな世界から、俺は来たんですよ」

 

 異世界だけあって、日本とは違う新鮮さ自体は、確かに多く存在する。

 

 けれど、安全性や利便性の話をするならば、逆立ちしたところで、この世界は現代の日本に敵わない。

 

 だからこそ、研一は自信を持って言い切れる。

 

「神獣だか何だか知りませんけど、そんな訳の解からない亀になんて頼らなくたって、人間、案外図太く生きていけるもんですよ。最初は大変だし辛い事も多くても、結構人間って環境に慣れていくものなので」

 

 誰かを犠牲にしないと成立しない、神獣頼りの生活なんて必要ない。

 

 そんな物に頼らなくても生きていけるくらいに人間なんてモノは、しぶとく逞しいんだから、アクアを生贄するのは間違っている、と。

 

「もしこの亀が居なくなったら行く場所がないって言うなら、サラマンドラ国やマキーナ国に迎え入れてもらえるように相談しますよ。ちょっと前者は党首の人に嫌われているんで難しいかもですが、後者は結構大きい借りがあると思っているので、何とかなるんじゃないかと思います」

 

 それだけ言うと、研一は話は終わったとばかりに歩き始める。

 

 これ以上、時間を無駄にしている暇はないと言わんばかりの様子で。

 

「……謝るよ。君は確かに僕が思う程、考えなしではなかった」

 

 研一の言葉にファルスは、反論は無駄だと悟った。

 

 そんなのは綺麗事だ。

 

 君には救世主としての絶大な力と立場があるから、そんな事が言えるんだなんて反論する事自体は出来なくもなかったが――

 

(それこそ、机上の空論でしかない……)

 

 この世界より遥かに安全で便利な世界からやってきて、不便な生活を強いられている上に。

 

 戦いとは縁なく生きてきたのに今も戦い続けている人間に、それこそ想像だけで語っている自分の言葉で、止められる筈がない。

 

「けど、その理屈を僕だけは認める事は出来ない!」

 

 だからって、研一の言葉を認めて素通りさせる事なんてファルスには出来ない。

 

 大事な大事な姉に、国の未来を託されたのだ。

 

 良くても国の文化レベルを一気に落とす。

 

 悪ければ住んでる場所を全て失い、海に投げ出されて全滅。

 

 そんな事態を党首として許す訳には、いかないからだ。

 

「勝てないのは解ってる! けど、足止めくらいは、させてもらうよ!」

 

 ファルスが水で作った自分そっくりの分身を三体生み出して、研一を取り囲むように配置する。

 

 かと思うと、一斉に分身体で研一に襲い掛かった。

 

(おそらく魔物を倒した時に見せた魔法で、掻き消すんだろうけど――)

 

 魚の群れに襲われた時に見せた魔力を無効化する魔法。

 

 アレを使われれば、どんな魔法で攻撃したところで無意味だとは思っていたが、あの魔法を使うには集中と溜めの時間が必要だった事を、ファルスは傍で見ている。

 

(その隙を突けば、少しくらいは――)

 

 水魔法の攻撃と言えば、水を飛ばしたりする事だと思われがちだが、それだけではない。

 

 相手に触れる事さえ出来れば、相手の水分を通して衝撃を内部に伝え、表皮や筋肉を無視して、内臓等に直接ダメージを与えるという魔法が存在しており――

 

 高位の水魔法使いならば、むしろ、接近戦でこそ最大の威力を発揮する魔法体系なのである。

 

「え?」

 

 だからこそ、研一が魔法を放とうとした瞬間に発生するであろう、隙を見極めようとしていたファルスの目に、想定外の光景が映る。

 

「…………」

 

 研一が魔法を発動させる事無く、ただ真っ直ぐに歩いて来る。

 

 迎撃の素振り一つ見せない雰囲気は、まるで散歩でもしているかのような気楽さで、まるで分身体の姿なんて見えてないかのようで。

 

 無防備な姿勢のまま、分身体から頭や背中を殴られる。

 

「う、嘘だろう?」

 

 陽動とは言え、ファルスの分身体には絶大な魔力が込められており、石どころか鋼鉄さえもあっさり砕く程の力を持っていた筈なのだが――

 

 研一の身体に触れた途端、殴った筈の分身体の腕の方が砕け散り、まるで自分がただの水だった事を思い出したかのように、姿を維持出来なくなって周囲に水を撒き散らした。

 

「神獣とかいうのを倒したら、今居る地面とかも消えるかもしれないんですよね。緊急避難の指示とか、出してもらえますか?」

 

「あ、ああ……」

 

 自分の攻撃が通用しなかったどころか、意識を逸らす事も出来なかった。

 

 そんな光景を見せられたファルスに戦意を保ち続ける事なんて出来る訳もなく、ただ研一の言葉に頷く事しか出来ない。

 

「良かった。それだけが気掛かりだったので、助かります」

 

 呆然とした様子のファルスの姿に、研一は満足したように呟く。

 

 というのも、だ

 

 時間がないのに余裕そうに歩いたのも、攻撃に気付いていながら何の反応も見せなかったのも、全て圧倒的な力を見せ付けて、ファルスを傷付けず、心を折る為だったから。

 

(気絶されたんじゃ、困るからな……)

 

 アクアの事は助けたいが、それで新しい犠牲者を生みたい訳でもない。

 

 何かあった時の為に、ファルスの協力は必要不可欠だったが、説得している時間も惜しかった為、あえてこのような方法を取ったのだ。

 

「それじゃあ頼みますよ!」

 

 最後に念押しの言葉だけ告げたかと思うと――

 

 先程までの余裕そうな雰囲気とは打って変わり、研一は全力で走り出した。

 

 アクアの居るであろう、洞穴に向かって。

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