憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第157話 最後まで汚れたくはなくて

(さっきの音と気配は――)

 

 アクアは洞窟の奥へと進めていた歩みを止めると、僅かに微笑んだ。

 

 姿なんて見てなくても、気配だけで誰が来たのか解かるし、その人が今この場所に来る理由なんて一つしかない。

 

(そうか。力だとか自分が死ぬかもしれないくらい危険だなんて関係なく、君は僕を助けに来てくれるんだね……)

 

 研一が助けに来てくれた。

 

 小島に隔離されて見張りまで付けられたんだから、本当は助けに行きたかったんだけど、間に合わなかったなんて。

 

(いくらでも言い訳出来るようにしてあげたのに、しょうがない人だよ、君は……)

 

 助けに来れなくたって仕方ないって思われて誰も責めないだろうし。

 

 もう少し遅れて来るだけで、そこまで必死で頑張ってくれただけで報われるなんて、何もしなくても評価を得られただろうに。

 

 もっと器用に小賢しく生きればいいのに、とアクアは頭で思う。

 

(ふふ、これで心置きなく死ねるというものだよ)

 

 けれど、心の底からアクアが死ぬ覚悟が出来ていたのなら、ここまで急いだところで、研一は間に合う筈なんてなかった。

 

 必死で見ないようにしていたけれど、どうしても捨てきれなかったアクアの願い。

 

 王子様のような人に自分を助けてほしい。

 

 ウンディーネ国の党首だなんて立場から連れ出してほしいなんて願いが、まるで重りのように洞窟の奥へ進める歩みを緩めていなければ、既にアクアは洞窟の奥に辿り着いてしまっていただろう。

 

 あるいは――

 

 願いや未練に囚われて、足を止めてくれる事さえあったかもしれない。

 

(研一君。君みたいな優しい人がさ。私みたいな汚い女を助ける為に、身を危険に晒しちゃ駄目だよ)

 

 だが、皮肉にも研一が助けに来た事でアクアは重りから開放されたように軽快な足取りで奥へと進んでいく。

 

 自分なんかを助けに来てくれた研一に、これ以上迷惑を掛けたくない。

 

 そんな想いに突き動かされて。

 

(そうだ。僕みたいな汚い女を助ける為に、君が傷付く必要なんてないんだ……)

 

 アクアが頑なに自らを生贄に捧げようとする理由。

 

 そして、ファルスに身内の為に手を汚すというのならば、ファルスを生贄に捧げていたなんて告げた訳。

 

 それは――

 

(僕の手は君達と違って、もうとっくの昔に血に塗れれてしまっているんだからさ……)

 

 アクアが自らの手で多くの人間を、既に殺めてしまっているから。

 

 けれど、その事自体にアクアは何の後悔も反省もない。

 

 仮に人生をやり直せるのだとしても、同じ道を辿るだろうと確信している。

 

(ファルスは気付いていたかもしれないけれど、僕の事を思って黙ってくれていたのかもしれないね)

 

 アクアが殺したのは、かつてウンディーネ国を治めていた、高官と呼ばれていた役職の人間達、全員だ。

 

 かつて、下らない風習でアクアやファルス達を生贄に捧げようとした愚物達。

 

(別にその事自体は、そこまで悪いとは思わなかったさ)

 

 一人や二人、犠牲にするくらいで国を安定させられるというのなら、必要な犠牲なヤツだろうとアクアは今でも思うし。

 

 今までそれでやってきたからって思考停止して新しい打開策を思い付かないだけならば、無能で怠惰ではあると思うが、死が必要な程の罪とまでは感じない。

 

 ――上に立ち恩恵を得ている者として、無能である事自体が罪であったとは思っているが。

 

(そう。ただ無能が思考停止しているだけなら、僕だって――) 

 

 アクアが高官達を皆殺しにした理由。

 

 それはただ無能ではなく、完全に腐り切っていた事を知ってしまったからだ。

 

(あの子。プリムスという子に出会わなければ、きっと私は気付く事もなく、寿命を全うするまで党首を続けていたかもしれないね)

 

 プリムスの噂自体は、当時のアクアも知っていた。

 

 アクアの遠縁の親戚に当たる人間に、トンデモない落ちこぼれ。

 

 名門と呼ばれる家系に生まれ、両親だって凄まじい水魔法の使い手だったにも関わらず、初歩的な水魔法一つ扱えない上に、何をやらされても駄目な子が居るという話。

 

(この国で水魔法を上手く扱えないというのは、自由に出歩く事さえ難しいという事……)

 

 ましてや警備隊長すら何人も排出している名門生まれで、それなのだ。

 

 苦労しているなんて言葉では言い表せない程の、辛い日々を送っている事は想像するに難くない。

 

 憐憫や同情心に駆られ、会いに行ったアクアは驚かされる。

 

(そりゃあ水魔法なんて使える訳ないさ。身体の中に水魔法を封印する道具が埋め込まれていたんだから……)

 

 巧妙に隠されており、おそらくアクアで無ければ気付く事は出来なかっただろう。

 

 むしろ身体の中に水魔法を阻害する道具を埋め込まれて尚、僅かながらでも水魔法を扱えていた事の方が驚きだ。

 

(凄まじい才気だった。ファルスか。あるいは将来的には、僕さえも凌ぎ兼ねない程の力が、あの子には眠っていた)

 

 だから、アクアも最初は力の暴走などを危険視した誰かが、分別が付くまで力を封印しているだけ名のではないか、と思った。

 

 けれど、落ち零れだなんて蔑まれても、腐る事も誰かに当たり散らす事もせず。

 

 自分を鍛えて現状を打破しようとするプリムスに必要なのは、分別なんかではなく、正当な評価と確固たる自信だとアクアは思い――

 

 プリムス本人にすら気付かれないように魔力を阻害していた道具をプリムスの身体から除外し、強過ぎる魔力が暴走してしまわないように、丁寧に指導を続けた。

 

(その結果、彼女は目に見えて力を付けていき、誰も彼女を馬鹿にする者なんて居なくなって万々歳だと思ったのに……)

 

 魔力の封印という足枷から解き放たれたプリムスの力は、すぐに他を圧倒した。

 

 ウンディーネ国でプリムスとマトモに戦える人間なんて、ファルスとアクアくらいになってしまう程に。

 

 けれど、それだけだ。

 

 プリムスは自分が虐げられていた事なんて、全く気にしてないように明るく振る舞い、虐めていた者達に復讐するどころか――

 

 あんな凄い子を虐めていたなんて見る目がない、なんて周囲に蔑まれ逆に孤立していく者達を、プリムス自ら率先して守り、更生させていった。

 

 ――今まで抑圧されていた反動のせいか。

 

 随分と面白い性格になってしまったような気はするが、それさえも愛嬌があっていいとアクアは思っている。

 

(全て丸く収まってよかった、なんてお気楽に考えていたのは僕だけだった……)

 

 ある日、プリムスの件で話があると高官達から呼び出しを受けたアクアは、事実を聞かされて耳を疑った。

 

 既に党首は決まっているし、ファルスにも使い道があって次の生贄が居ない。

 

 それならば、生まれ持って魔力の強い子を生贄として育てていく。

 

 その為に魔力を封じて、消えても誰からも苦情が来ないように落ち零れだと周囲に示していたのに、これでは計画が台無しだ、と叱責を受けたのだ。

 

(それだけでも愕然としたというのに、あの無能共は――)

 

 あまりの事に言葉も出ないアクアに、高官達は好き勝手に喚き散らした。

 

 人寄り大きい魔力を持って生まれてきてるんだから、魔力を持たずに苦しい想いをしている者達に還元する事こそ、恵まれた者の役目。

 

 お前の下らない正義感のせいで、私達の折角の素晴らしい計画が台無しだ。

 

(そうやって無様に喚き散らす姿を見るまで気付かなかった僕も、どうかしていたよね)

 

 よくよく見れば、高官達は誰も魔力なんて大して持ってない。

 

 自分達は生まれからして恵まれてないんだから、生まれながらに恵まれている奴等には何をしたっていいなんて喚き散らしているけど――

 

(あんなブクブクに肥え太り散らかした身体で、何を喚いてるんだよって話さ)

 

 何で当たり前のように誰かを生贄にするばかりで、お前等は掠り傷一つ追わず、威丈高に偉そうに口を開いているんだ、と。

 

 どうして頑張っていて優秀な人間が、こんな無能達を生かす為に犠牲になっていかないといけないんだって。

 

(幸い、予備はいくらでも居るから問題ないが、次はもっと考えて動けなんて言われて――)

 

 ついカッとなって殺してしまったなら、まだアクアの心は救われていたのかもしれない。

 

 ああ、この人間達が居る限り、いつまで経っても下らない風習は終わらないし、国は腐っていくだけだろう。

 

 どこか冷えきった頭で、極めて冷静にアクア達は全員を動けなくして――

 

 生きたまま、生贄に捧げたのだ。

 

 その場で殺し尽くすより、少しでも国の資源として有効に使う為に。

 

(まさかアレだけの人数が居たのに、十年も保たないとは思わなかったけれどね……)

 

 そんな事を考えてしまう辺り、自分も結局、高官達と同種の人間なのだろうとアクアは思う。

 

 だからこそ、そうでない本当に優しい人間。

 

 国の為とはいえ他人や身内を犠牲にする事に疑問を覚えられるファルスに国を託し。

 

 世界を救う為だとか、こんなスキルだから仕方ないなんていくらでも悪人になってもいいのに、それでも清く生きようとする研一に憧れ、惹かれたのだろう。

 

(ああ、本当に僕は駄目な人間だ……)

 

 少し前から、洞窟の奥には辿り着いている。

 

 後は目の前にある大穴。

 

 神獣の身体の中に繋がっているという穴に飛び込むだけで、全て終わるというのに。

 

 足が竦んで動かなかった。

 

 弟の前ならば見栄で格好付けていくらでも振る舞えたけれど、いざ一人になって死に場所に来たら、どうしても足が動いてくれない。

 

(躊躇うな。後、数歩じゃないか……)

 

 ここで死なないなら、本当に自分は高官達と同じ人種になってしまう。

 

 自分は今まで国の為に生き続けてきたし、その行動も犠牲も、国の為を思っての事。

 

 決して自分が生きたかったからじゃないなんて事を証明しようと、気力を振り絞りアクアが足を動かした。

 

 その瞬間だった。

 

「待った!」

 

 アクアの決意を踏み躙るように。

 

 息を切らせ、全身から汗を滝のように流して。

 

 必死で駆け付けて来てくれたんだと、一目で解かってしまう姿の研一がアクアの前に現したのであった。

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