憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第六章 神獣
第160話 届かない言葉


「だから待って下さいって!」

 

 はっきりとした静止の声と共に、止めを刺そうとしたアクアの手を研一が掴む。

 

 あまりに予想外の事態に、アクアの表情が驚きで歪む。

 

「馬鹿な……」

 

 アクアが戸惑ってしまうのも仕方ない事だろう。

 

 他人の水分を操作する能力は、はっきり言って発動さえすれば無敵と言っていい能力だ。

 

 通常、魔法に対する防御と言えば、自身の身体の表面上に魔力で薄い膜のような防壁を張る事で、魔法の威力を軽減している。

 

 だが、アクアは直接触れて皮膚から魔力を流し込む事で、防壁を無視して身体の内部に干渉している。

 

 防ぐ為には同じように身体の内部から魔力を発生させ、アクアに流された魔力を打ち消すという特殊な手法を取らなければならない。

 

 おまけに身体の水分の流れを操作する為に、相手の水の流れを読む事で動きを完全に予測する事が出来るという、対人間相手では反則的な魔法だ。

 

(初見で防げるような技では――)

 

 けれど、強力無比な力だからこそ、いくつかの制限がある。

 

 相手の水の流れを読む為に、至近距離で観察し続けなければならない事。

 

 そして、魔力を練る為にも相当な時間と集中力がが必要であり――

 

 だからこそ、アクアは話を長引かせて魔法が発動するまでの時間を稼いでいたのだ。

 

(いや、そもそも研一君の反応を見る限り、間違いなく効いていた筈だ……)

 

 殺さないように慎重に魔力を調整していたとはいえ、それでも意識は朦朧としていただろう。

 

 仮に魔法全てを打ち消すという救世主固有の力だって使えるような状態ではなかった筈だ、なんて状況を分析しようとするアクアであったが――

 

 まだ決着も付いてないというのに、余計な事に思考を割いていたのが悪かった。

 

「アクアさん!」

 

 腕を掴んでいた研一が、穴から引き離すようにアクアを引っ張ったかと思うと、勢いのままに地面に組み伏せてしまう。

 

 完全に無理やり押し倒している姿勢だ。

 

(やっぱりこうして見ると、研一君って顔良いな……)

 

 だが、気になる男性に乱暴に押し倒されるなんてのは、アクア的には憧れの状況でしかなく。

 

 一瞬、全ての事情を忘れて、視界を覆い尽くす研一の真剣な表情に心奪われるアクアであったが――

 

「ぶっちゃけるとですね。俺はウンディーネ国の過去の事情だとか、アクアさんが人殺しがどうとか、その事をアクアさんがどう思っているかなんて、どうでもいいんです」

 

「どうでもいいって……」

 

 自分の悩みも葛藤も全て無視するような言葉に、胸のときめきも一瞬で消え失せ、冷水でも掛けられたように心が凍り付いたように冷えていく。

 

 けれど――

 

「アクアさんが死んだら悲しいですし、助けられなかったってずっと後悔して生きていく事になると思います。だから申し訳ないですけど、アクアさんの意志とか全部無視して、助けさせてもらいます」

 

 細かい事なんてどうでもいい。

 

 俺が生きていてほしいから、抱えている事情も貴女の気持ちも踏み躙ってでも、俺の為だけに生きてくれ、なんて飾らない言葉で告げられてしまうと。

 

「あ、う、その――」

 

 胸が高鳴り、言葉に詰まってしまうのも仕方ないだろう、とアクアは思う。

 

 異性として気になり憧れていた人が、過去や立場なんてモノ全てから連れ去ってくれる。

 

 こんなの夢に見るまで憧れたような展開であり、このまま研一に攫われてしまえば、どれだけ楽だろうかと衝動のままに頷きたくなる。

 

 研一の言葉が自分への恋慕から来ていたのなら、きっとアクアは研一の手を取っていただろう。

 

「……駄目だ。その、君の気持ちは本当に嬉しい。けど、ここで生き残って何になる?」

 

 だが、アクアは知っている。

 

 愛の告白にすら聞こえる程に真っ直ぐ自分を求めてくれた研一の言葉は、けれど、恋や愛といったモノから来ていない。

 

「ここで生贄になって終われば、僕は国の為に生きて、国の為に死んだと思える。けれど、ここで逃げれば、ただ感情に任せて高官達を殺し、ウンディーネ国の民を危機に晒しただけの、ただの人殺し」

 

 それでも、もし、研一が自分を愛してくれていたなら。

 

 二人で傷を舐め合うようにして、人殺しの罪にだって目を逸らして生きていく事も出来たかもしれない。

 

「君は僕に、ただの人殺しとして残りの生涯を生きていけと言うのかい?」

 

 けれど、一人で抱えて生きていくには、人を殺したという罪はアクアには重過ぎた。

 

 そんなゴミ共を殺したって誰も咎めない。

 

 そこまで傷付いてでも新しい被害者を生むのを阻止してくれて、誰もが感謝するなんて言葉でも癒されないくらい――

 

 アクアという人間は、ただ力と立場を持って生まれてきてしまっただけの、夢見る乙女でしかなかった。

 

「アクアさ――」

 

 何かを言おうとした研一の頬に、アクアが口付ける。

 

 ただ唇が僅かに触れただけの、キスというには弱過ぎる触れ合い。

 

「覚えておいて。優しさや罪悪感だけで女は引き留められないよ」

 

 突然のアクアの行動に驚いて、研一が拘束していた手を緩めてしまった瞬間を狙って――

 

 水魔法を使って、アクアが穴に向けて飛んだ。

 

(どうせなら、もっと綺麗な形がよかったな)

 

 足から水を噴き出して進む姿がちょっと間抜けで、それだけが心残りではあったが。

 

 それでも初恋の相手に最後に少し悪戯して終わるなら、人殺しの最後としては十分だろうなんてアクアが思い。

 

 最後に、研一がどんな顔をしているのかと思った瞬間――

 

「え?」

 

 穴に落ちていく自分に向かって。

 

 迷う事無く、飛び込んでくる研一の姿が見えた。

 

「なん、で――」

 

 だって研一には、他に大事な人なんていくらでもいる筈で。

 

 自分に命を賭けるなんて有り得ないと信じらず、これは死を間際にした恐怖に自分が見せた都合の良い妄想だなんて思い込もうとするアクアであったが――

 

「このっ!」

 

 空中で追い付いた研一が、アクアの身体を空中で掴んだかと思うと、無理やり投げ飛ばす。

 

 不用意な態勢ながら、それでも超人的なまでに強化された研一の腕力はアクアをまるで本か何かみたいに軽々と穴の上まで吹き飛ばして。

 

「くっ――」

 

 掴まれた腕の痛みと、地面に激突した衝撃にアクアが我に帰り、慌てて穴を覗き込むアクアであったが――

 

 そこにはただ暗闇が広がるのみで、研一の姿なんて影も形もなくて。

 

「馬鹿な。そんな――」

 

 どこまでも続いているような闇に吸い込まれるように。

 

 アクアはただ、穴の底を見詰め続ける事しか出来ないのであった。

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