憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第164話 脱出は懐かしの態勢で

「け、研一君!」

 

 目の前に突然現れた研一の姿に、アクアは驚きの声を上げる事しか出来ない。

 

 自分を庇ったせいで死んでしまったと思った人が、突然、無傷で目の前に現れたのだ。

 

 生きていてくれてよかった、なんて感想を抱く事も出来ず、ただただ信じられない光景に呆然と立ち尽くす。

 

「だ、大丈夫なのかい? 怪我は? 何か身体に異常とか――」

 

 それでも何とか目の前の光景を受け入れ、アクアは慌てて研一の傍に駆け寄っていく。

 

 傍目には何もないように見えるだけで、本当は大きい怪我をしている可能性がある。

 

 ぼんやりしていた結果、治療が遅れて取り返しが付かないなんて事態になったら、後悔するだけじゃ済まないからだ。

 

「ああ、心配掛けてスミマセン。大丈夫です、怪我一つありませんよ」

 

 回復魔法でも使おうとしているのだろう。

 

 魔力で両手を光らせているアクアに、心配しないでいいと研一は笑い掛けると――

 

「穴の底で神獣と話をしてきました。どうやら向こうとしても生贄なんて欲しくないみたいで、さっさと殺してほしいそうです」

 

 尚も心配そうに見詰めるアクアに、穴の中での会話を伝えていく。

 

 そもそも神獣は人間の都合で無理やり生かされてしまっただけであり、神獣側から生贄を求めた事なんて一度もない事。

 

 そして、暴走してしまう前に神獣が死にたがっている事。

 

「ここまで人の都合で無理やり生かされ、望まぬ役目を押し付けられてきたんです。せめて守り神として惜しまれながら死なせてやるべきじゃないですか?」

 

「そう、だね……」

 

 ウンディーネ国の繁栄だけを考えるならば、それでも神獣を生かし続ける事が正解なのかもしれない。

 

 だが、自分一人が犠牲になれば丸く収まるというなら、ともかく――

 

 もう百年以上、ウンディーネ国の勝手な事情で望まぬ生を強いられていると聞かされて、更に苦しみながら生き続けてくれなんて、アクアに言える訳がない。

 

 そうやって望まぬ役目を背負わされる苦しみなんて、誰よりも知っているのだから。

 

「解かった。僕も神獣様を解放する事に協力しよう。それで僕は何をすればいい?」

 

 きっとウンディーネ国を滅亡に追いやった、最後の党首として歴史に汚名を遺すのだろう。

 

 それでも構わなかった。

 

 似たような苦しみを持ち続け、国を守り続けてくれた偉大な存在を解放出来るなら名誉なんて地に堕ちてもいいどころか――

 

 それこそ自分に相応しいとばかりに、アクアは奮い立ち、研一に協力を申し出る。

 

「えーと、その、非常に心苦しいお願いになるんですが……」

 

「構わない。何でも言ってくれ」

 

 やる気に満ち溢れているアクアとは違い、言い難そうに研一は言葉を詰まらせるが、迷っている暇はない。

 

 アクアに促され、意を決して口を開く。

 

「俺に無理やり襲われそうになったとか何とか、出来るだけ俺が恨まれりしそうな話を触れ回ってきてほしいんです。頼めませんか?」

 

 未遂の噂だけでも女性からすれば、辛い事になる事くらい研一だって解かっている。

 

 だから頼み難かったが、それでも他に浮かばなかった。

 

 出来れば別の良い案をアクアに思い浮かんでほしいと他力本願な事を思いつつ、頭を下げて頼み込む。

 

「……そうか。君は悪意を向けられる程に力を増すんだったね」

 

「はい。この国ではかなり評判悪いらしくて、普段より力はあるんですが、それでも神獣を消滅させるってなると全然足りません。はっきり言って今の俺じゃあ、掠り傷を与えられたらいい方でしょうね」

 

 穴の外まで押し出された力は凄まじく、一秒たりとも抵抗出来なかった。

 

 もしアレが本気の攻撃だったなら、きっと自分は死んだ事にすら気付かずに消滅していただろうと研一は思う。

 

 今の力だけでは全く足りない。

 

「幸いと言っていいのか、今は避難の為に多くの人が一か所に集まっているっぽいです。多分、あっちの方ですけど――」

 

 魔力感知なんて上等な技術は持っていないが、悪意の流れてくる方向くらいは解かる。

 

 ただ陸地から少し離れた海付近から、気配を感じるのが気になって言葉に詰まった。

 

「きっと緊急時の為に用意してあった避難船だろう。神獣様が海水浴でもするのか、偶に島ごと水没する事もあってね」

 

 そんな研一の疑問にアクアが答えた瞬間だった。

 

「なんだ?」

 

 地面が小刻みに縦に揺れる。

 

 と同時に地面から凄まじい魔力が迸り、輝き始めた。

 

「まさか、もう暴走するのか?」

 

「かもしれない。長く住んでいる僕だけど、水没する時とか動く時とは少し雰囲気が違う。こんな外に見えるまで魔力が出いるなんて、初めてだ……」

 

 まだ戦いの準備どころか、洞窟から出てすらいない。

 

 仮に今この瞬間、神獣が殺す気で研一達を狙い撃ち出来るなら、一巻の終わり。

 

 早急に脱出して距離を取らねばならない。

 

「アクアさん。何か高速移動とか遠距離移動の手段ってあります?」

 

「足の裏から水を出すとか、地面を凍らせて滑るくらいなら出来ない事もないけど、そこまで早くないし、戦闘ならともかく、移動には向いてないものしか……」

 

「解かりました。それじゃあ急ぐので失礼します」

 

 研一は有無を言わさず、アクアを抱え上げる。

 

 かつて牢獄から脱出した後の逃走劇、その時に外を飛び回った時と同じ、お姫様抱っこ。

 

 けれど――

 

「ふふ……」

 

 前回の時と違い、すぐにアクアは研一の意図を察すると首に手を回して身体を安定させたかと思うと――

 

 謝る必要なんてない。

 

 むしろ役得だと言わんばかりの、ご満悦な様子で楽しそうに笑う。

 

「それじゃあ行きます。舌を噛まないようにしてください!」

 

 そんなアクアの様子に気付く事もなく、研一は地面を蹴り、身体能力に任せて跳躍する。

 

 それだけで長距離移動魔法も驚きの速さで飛び上がったかと思うと――

 

 天井に綺麗に開いている大穴。

 

 研一が生贄用の穴から吹き飛ばされて来た時に、神獣の放った水で開けられた穴から外へと飛びだったのであった。

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