憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第167話 戦いにもならない

「喰らえ!」

 

 たった一度の跳躍で数キロメートルの距離を飛んだ研一は、空高くから勢いのままに神獣に向かって魔力を叩き付ける。

 

 恨みどころか憐みや同情しかない境遇だが、手加減なんて微塵もしない。

 

 というか出来る訳がなかった。

 

「やっぱり、全然効いてる気がしないな……」

 

 研一と神獣では、そもそものサイズがあまりにも違い過ぎる。

 

 巨大な島が海上を突き進んでくる姿は、もはや圧巻の一言。

 

 戦うどころか、下手に近付くだけで巻き込まれて海の藻屑にでもなりそうな光景が目の前に広がっているのだ。

 

 戦う気力を振り絞るだけで精一杯。

 

 これで亀さん可哀相とか思える者が居れば、それこそ神か何かだろう。

 

(物語の中とかだと、こういう規格外に大きい相手って、身体の中とかに入って倒すのが王道なんだろうけれど――)

 

 空中から落下しながら、少しだけ体内に侵入する案に付いて考える研一だが――

 

 即座に首を振って否定する。

 

(穴から弾き出された時の感じからして、体内に自在に魔力を流せる可能性が高い。そうなったら逃げ場もなくて一撃で終わり……)

 

 もしかしたら神獣自身の体内を傷付けない為に、外に弾き飛ばす感じの魔力しか身体の中では使えず、内側から倒す方法を取った方が、勝算があるのかもしれない。

 

 だが、そんな僅かな可能性に賭けるには、まだ早過ぎる。

 

(それ以前に、まずは――)

 

 研一は近付いてくる海面を見て、タイミングを見極めていく。

 

 勢い任せでここまで来てしまった研一だが、そもそも水魔法なんて使えない。

 

 普通に考えれば、アクア達の手助けも無しに海上で神獣と戦う事なんて出来はしないだろう。

 

 けれど、研一には異常なまでの身体能力がある。

 

(今だ!)

 

 研一は海面に蹴りを入れる。

 

 空中で踏ん張る事すら出来ず、ただ曲げた足を伸ばしただけの蹴りというには、お粗末な動きであったが――

 

 ただ地面を蹴るだけで数キロメートル飛翔出来る脚力に、空中からの落下速度を加えた威力は常識を覆す。

 

 水面を蹴ったとは思えない固い感触を足裏に感じ、一瞬だけ水上に立つ事に成功した研一は、再び水面を蹴る事で、再び空高く飛び上がると――

 

 神獣に向けて、魔力の爆撃を降らせていく。

 

(これなら泳げなくても戦えるし、下手に近付いて轢かれたり巻き込まれる事もないけど――)

 

 出たトコ勝負の思い付きの割には、思ったより安全な戦い方を見付けたと思いつつ、研一の表情は曇っていく。

 

 何故なら、どれだけ魔力を叩き込んでも、ビクともしない。

 

 おそらく蚊が人間に体当たりした時の方が、よっぽど与えている衝撃は大きいだろう。

 

(俺なんて敵ですらないのかよ……)

 

 その証拠に研一は必死で攻撃を仕掛けているにも関わらず、世界が緩慢に見えない。

 

 つまり、神獣は研一と戦っているつもりなんて全くないという事だ。

 

 下手すれば、攻撃されている事にさえ気付いてないかもしれない。

 

「こっちくらい見やがれ!」

 

 せめて、部屋に入ってきた蚊や蠅程度には、鬱陶しがらせたい。

 

 倒せなくても注意さえ惹く事が出来れば、時間稼ぎくらいは出来る筈。

 

 そうすればアクア達が何か秘策を見付けてくれるかもしれないし、それが無理でも囮になってウンディーネ国の人達を逃がす時間を作れると奮戦する研一であったが――

 

(駄目だ、力の差が有り過ぎる……)

 

 どれだけ爆撃を繰り返したところで、神獣の進行を僅かに遅らせる事さえ出来ない。

 

 研一に全く気付いていないとばかりに、神獣は速度を変えず真っ直ぐにウンディーネ国の人達の居る船団の方へと突き進む。

 

 二十万人もの人間が住んでいた島。

 

 そもそもの大きさや規格が、違い過ぎるのだ。

 

 だが――

 

「行かせるか!」

 

 何も出来ないという無力感。

 

 このままでは自分のせいで多くの人が死んでしまうという、自分の無責任な行動が多くの人間を危険に巻き込んでいるという嫌悪が、研一の力を増していく。

 

 ウンディーネ国の人間達が居る場所に近付く度に、焦りが自己嫌悪を生み――

 

 自己嫌悪が研一の力を増していく。

 

 そして――

 

「ん?」

 

 目視でウンディーネ国の人間達が居る船団が確認出来る程度に近付いた時だった。

 

 不意に研一の身体を、慣れてきた感覚が襲う。

 

 まるでコマ送りのように世界が緩やかに動き始めていく。

 

 それと同時に海面が盛り上がったかと思うと、まるで海水が槍のような鋭さを持って、飛び上がったばかりで空中に居た研一に襲い掛かった。

 

「蚊か蠅程度には、鬱陶しいと思ってもらえたのかな?」

 

 研一は魔力を放出し、その反動を使って吹き飛ぶ事で、水撃を交わす。

 

 威力こそ凄まじく当たれば研一でも倒されていたかもしれないが、虫でも掃うように適当に放たれた攻撃とも言えない攻撃。

 

 避けるくらいなら、空中で不安定な姿勢でも容易であった。

 

(ようやく敵扱いしてくれたか……)

 

 予想以上にウンディーネ国の人達がいる場所まで近付かれてしまった事に申し訳なさを覚えながら、今からでもしっかりと囮になろうと思う研一であったが――

 

 そこで完全に想定外の事態が起きる。

 

「待て待て、それは違うだろ……」

 

 神獣の身体が光り出し、攻撃の態勢に入っていた。

 

 先程の予備動作の欠片も何もない、ただゴミでも払うように雑に放たれた攻撃ではない、相手を殺す為の一撃。

 

 だが、研一が戸惑ったのは、そこではない。

 

 敵として認識されたのならば、本気で攻撃される事自体は、おかしくないのだから。

 

「生贄の為に人の居る場所に向かってたんだろう! 暴走したからって、そんな事も解からなくなってるのか!」

 

 神獣が攻撃しようとしているのは、研一ではなく船団の方だ。

 

 雑に水を飛ばした程度の攻撃でさえ、凄まじく強化されている今の研一が、避けなければならなかった威力。

 

 本気の一撃ならば、ウンディーネ国の人間全員が束になって防ごうとしたところで、おそらく何の意味もない。

 

 掠っただけで粉微塵。

 

 偶然、当たらなかった人間だけが生き残れるくらいなのは、想像するに難くない。

 

「これは!」

 

 その時、研一の身体に急激に力が流れ込んでくる。

 

 神獣の攻撃に晒されそうになっている事が、ウンディーネ国の人間達にも確認出来た事で、研一のせいで自分達が死ぬかもしれないという恐怖と怒りが芽生えたのだ。

 

 ――無論。アクアやファルスがこの騒動は全て研一の責任だと、心を殺して国民達を必死で扇動したからこその結果、だ。

 

(いけるか?)

 

 今から研一が全力で神獣を攻撃したところで、必殺の一撃が放たれる事を、止められる可能性は少ないだろう。

 

 それならばとばかりに、研一は迷う事無く、神獣の正面に回り込む。

 

 その身を使って、ウンディーネ国の人間達の盾になる為に。

 

「――――」

 

 その瞬間、神獣から攻撃が放たれる。

 

 龍の咆哮ともドラゴンブレスとも言われる、龍種の魔物が放つ破壊の魔力。

 

 文字通り島並みの大きさを持つ神獣から放たれた、全てを壊し尽くすかに思われた一撃に、研一は全ての魔力を解放して受け止める。

 

「何とか、なった、か?」

 

 打ち勝ったのは研一だった。

 

 二十万人にも及ぶ人間の怒りと憎悪、そして絶望の力が僅かながらに神獣を上回ったのだ。

 

 だが、無傷では済まなかった。

 

 全身から血が噴き出し、身体の感覚なんてどこにもない。

 

 こんな状態じゃ神獣を倒すどころか、これ以上、戦う事さえ難しいだろう。

 

(まだだ。まだ、何も終わってない……)

 

 それでも研一は必死で水面を蹴って飛び上がり、再び戦おうとするが――

 

 絶望の光景を目の当たりにする。

 

(嘘だろ……)

 

 神獣が、二発目の準備に入っていた。

 

 あまりの事態に諦めそうになる研一であったが、必死で気力を振り絞り迎え撃とうと魔力を溜めようとする。

 

 その瞬間だった。

 

「なん、で……」

 

 急激に力が抜けていく。

 

 何が起きたか理解出来ない研一であったが、それも仕方のない事だろう。

 

 研一に送られていたウンディーネ国の人間達からの憎悪や敵意が、途切れてしまったのだ。

 

 神獣の攻撃から自身の身を盾にしてまで庇ってくれた人間を、誰が心の底から恨み続けられるというのか。

 

 助けてくれた感謝。

 

 そして、この人なら何とかしてくれるかもしれないという期待を抱くのが、極自然な流れというものだろう。

 

 そして――

 

(ごめん、俺に力が足りなくて……)

 

 もう、どうにもならない。

 

 諦めが心を蝕み、絶望が研一の心を圧し折った。

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