憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第205話 魔族の価値観

「だから人間は、愚かで矮小だと言うのですよ」

 

 やれやれ、とでも言うかのように大袈裟にアロガンスは手を動かして、研一の言葉を嘲笑う。

 

 そんな小さ過ぎる視点で話なんてしていない、と不遜な態度が物語っていた。

 

「死ねば終わり? 生きていたら、やり直せる? それは能力の引き継ぎが出来ない劣等種の言葉でしかないんですよ」

 

「な、に?」

 

 アロガンスの言葉に、研一は素で戸惑いの声を上げる。

 

 そりゃあ記憶を持って転生なり、研一みたいに死んだと思ったら異世界に召喚されたなんて事があるなら、死んでも終わりではないだろうが――

 

 魔族という種族は、皆、そのような能力を持っているのだろうか。

 

「私がミリティ嬢を余す事無く食べ、その全ての力を引き継ぐ事が出来れば、苦しみを抱えてやり直す必要なんてないのです」

 

「は?」

 

「おや、解かりませんか? ではその野蛮な頭でも解るように説明してあげましょう」

 

 あまりに突飛過ぎる言葉に、何か途中の話でも聞き逃してしまったのかと戸惑う研一に。

 

 一々細かく説明しないと解からない馬鹿は仕方ないとでも言いたげな様子で、アロガンスは説明を始めていく。

 

「ミリティ嬢の力、その全てを受け継いだ私が、ミリティ嬢に代わって、復讐をするのです。わざわざ痛みや苦しみを自身で乗り越える必要もなければ、恨みを忘れた振りして復讐の機会を伺う必要もない。散々守ってもらっておきながら売り飛ばしたファブリスのウジ虫共はこの力で支配し、力で無理やり捻じ伏せペットにした貴様も、私がミリティ嬢の力を使って、討ち滅ぼすのです!」

 

「……そこに。喰われたコイツの意志や気持ちは、残ってるのか?」

 

 ファブリス民の仕打ちに怒り、ミリティの事を哀れに思ってくれる相手だ。

 

 きっと食べられる側の想いを慮る何かがあるに違いない、と縋るような気持ちで言葉を絞り出す研一であったが――

 

「だから人間は愚かで矮小と言うのです。大事なのは何の為に力を使うか。目的の為に何が出来たのか、なのです。その前に意志や生命の有無など、些細な事でしかありません」

 

 そんな研一の淡い期待を打ち砕くように。

 

 アロガンスは迷う事すらなく、本人自身の存在なんてどうでもいいと切り捨てる。

 

「ミリティ嬢、想像してみて下さい。私が貴女様の力を受け継ぎ、憎きファブリス民を支配し、そこの男を殺す。そして、いつか私は私より強い他の魔族に喰われて消えるでしょうが、私の力とミリティ嬢の力は、その魔族に引き継がれていく」

 

 ミリティに穏やかな慈愛すら感じる目を向けて、語り掛けていく。

 

 その視線にはミリティを騙そうとする悪意なんて欠片も存在しておらず、これこそがミリティを救う最大の手段だと信じ切った視線だけが、そこにはあった。

 

「貴女様のような戦士を見捨てる腑抜けだらけのファブリス国です。もう二度と貴女様程の鍛冶魔法の使い手は現れないと考えていいでしょう。貴女様の鍛冶魔法だけが、至高の魔法として、未来永劫、魔族の歴史に君臨し続けるのですよ。興奮しませんか?」

 

 自分が他の魔族に喰われる事すら受け入れていた態度から考えて、この魔族も自身の命の有無、自身の心が残るかに何の興味もないのだろう。

 

 そして――

 

 そんなアロガンスの言葉に周りの魔族が頷く姿を見て、研一は心の底から実感する。

 

(ああ、うん。本当に違う生物なんだな……)

 

 もしアロガンスが自身の力を増す為に、ミリティなんて力を増す為の餌しかないとでも思っていたなら、最悪だし死んだ方がいいと思いこそすれ、考え自体は理解出来た。

 

  だが、目の前の魔族の集団は、ミリティを食べ、その力を永遠に受け継ぐ事こそがミリティへの最大の敬意であり、救いだと本心から思っている。

 

(ああ、よかった。今更だけど、ちゃんと魔族の事を知れて……)

 

 半端に語り合っただけなら、もしかしたら話し合い、共に歩み道だってあるんじゃないかと勘違いしていただろう。

 

 だが、そんな次元の話ではない。

 

(どう頑張ったって、魔族とは解かり合えない事が解かった。この国に来て、これが一番の収穫かもしれないな……)

 

 まだこれなら、悪意や劣等感から差別や嫌が背をしようとも、理解出来るだけ、ファブリス民の方が話し合える。

 

 百%の善意や向上心で、人も同族も喰らう存在と価値観を擦り合わせて生きていくなんて、ほとんど不可能に近い。

 

「……」

 

 だが、それが地球育ちの研一の価値観でしかなく、もしかしたらこの世界の人間なら、受け入れられる内容なのかもしれない。

 

 不意に。

 

 そんな事を思った研一は、ミリティに視線を向ける。

 

(いやいや、勘弁してほしいでござる……)

 

 そんな声が聞こえてきそうな何とも言えない顔をして、ミリティが引き攣ったような半笑いで首を横に振っていた。

 

 やはりミリティとしても、力が永遠に残り続けるとか、そんな訳の解からない価値観に巻き込まれ、喰われて死ぬのは真っ平ごめんのようであった。

 

「やれやれ。こんないい女を殺して力だけ引き継ごうとか、勿体ねえにも程がある。価値の解からねえ蛮族にくれてやるのは、やっぱ無理だわ」

 

 言葉と共に、研一はミリティの首輪を外す。

 

 無駄話をしてしまったが、ここからは手筈通りに動いていこうという研一の意図に気付いたミリティが、魔族に気付かれないように僅かに頷く。

 

「お前等をぶちのめして、コイツとファブリス国の党首を並べて犯すとするぜ。コイツが欲しいってんなら、俺を殺して奪い取るんだな!」

 

 そして、研一は拳を握り締めると同時に、地面を蹴り魔族の部隊へと突っ込み、勢いそのままにアロガンスに向けて魔力を放つ。

 

 嵐を思わせる程の膨大な魔力の渦が前線の魔族兵を紙のように薙ぎ払い、その後ろに控えていたアロガンスさえ呑み込もうとするが――

 

「これだから次世代を繋ぐ為でなく、一時の欲望だけで生殖行為に耽る下等種族は!」

 

 伊達に指揮官らしく派手な格好をしている訳では、ないらしい。

 

 半ば奇襲めいて放たれた研一の攻撃を、当たり前のように避けると、素早く戦闘態勢に入る。

 

 今の一撃で倒されていった雑兵とは、格が違うのだと、身のこなしが語っていた。

 

「皆さん、離れなさい! 性根は腐り果てていても救世主! コイツの相手は、私にしか出来ないようです!」

 

 そして、素早く魔族軍を指揮し、被害を最小限に食い止める。

 

 たったそれだけでアロガンスの一戦士としての力量と、部隊を預かる将としての指揮力が垣間見えるようだった。

 

(やっぱり手強い相手だったか。最初にコイツだけは、落としておきたかったが――)

 

 そうは問屋が卸さない、と言ったところだろう。

 

 これは一筋縄ではいかないかもしれないな、という確信めいた予感と共に。

 

 研一と魔族達との戦いの火蓋が切って落とされたのであった。

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