第216話 全ては友の為に
「リティア様、開けて下さい! 魔族が我々の命を狙っているのです! どうか城の中に入れて下さい、リティア様!」
衛兵達が門を叩く音に、ファブリス城にある地下室でリティアは不快そうに眉を顰める。
地下まで音が聞こえるのかと思うだろうが、リティアは魔法の力で自らが操る鉱物と、視界や音を共有させる事が出来る。
城で動かしている全身鎧を介して、衛兵達の叫びを聞いていた。
普段、城でリティアとして振る舞わせている全身鎧を介して、衛兵達の叫びを聞いていた。
「何馬鹿な事を言ってんのよ。魔族が攻めてきたってんなら、命を賭けて街を守るのがアンタ等の仕事でしょうが。何の為に役職と給料を与えていると思ってんのよ」
そして、風魔法を使って、地下から外に声を飛ばして返事をする。
これは城に特殊な仕掛けが施されているから出来る芸当で、城内ならば地下に居ながらでも、狙った場所に声を送る事が出来るようになっており――
リティアは全身鎧を動かす魔法に加え、風魔法と仕掛けを利用する事で、中身が空っぽの全身鎧をリティア本人と思わせて行動していた。
――これが色々と暗躍しながらも、センに一切悟られずに済んでいた理由の一つだろう。
「で、ですが。獣人達を差し出せば魔族は我等に手を出さないという話で――」
「でも攻めてきたんでしょ? 大体さあ、獣人達を差し出せばって言うけど、アンタ等、獣人の一人でも捕まえたの?」
「いや、それは、その。あの救世主を名乗る男が、何か急に魔族との約束を無視して、裏切り者のファーミリティを魔族に明け渡さず、攫っていったらしくてですね――」
「全く信用出来ない男だったものね。それで何? アンタはあの男からミリティを取り返しに行くでもなく、こんなところで何やってんの?」
よくやった、なんて地下室で全力でガッツポーズを決めながら。
それでもミリティは、努めて冷めた声で、責めるように衛兵達に問い掛ける。
「あんな化け物から取り返せる訳ないでしょうが! 大体、どこに行ったのかも解かりませんよ!」
「だったら魔族から街を守る為に戦うくらいしなさいよ。アンタ達が言い出したんでしょ? 街の為に命を捧げられる役目が折角来たのに逃げ出す下等な獣人達なんかより、自分達の方が役立つなんて言って衛兵に志願したのはさ」
「ほら、魔族の襲撃から命懸けで街を守れる崇高な時間が来たんでしょ? 下等な獣人達が逃げ出したのはゴミクズだから仕方ないとして、誇り高く使命感のあるアンタ等は、まさか逃げ出すなんてしないわよね?」
「俺達の命は、あんなゴミクズ達とは違う! 俺達は人間なんだよ! 家畜共が飼い主の為に命を捧げんのは当たり前の事だろうが!」
(ここで魔族に殺されようが、民衆の革命に巻き込まれて拷問されて死のうが、もう対価は十分に払ってやったわよね)
もう丁寧に話す気すらなくしたらしく。
自分達に都合のいい言葉だけ並べてチンピラ丸出しで怒鳴る衛兵の叫び声に、リティアの中に僅かながらにあった罪悪感が、一気に薄れていく。
魔族が攻めて来るまでの僅かな間とはいえ、十分に遊べるだけの金は支払ってやったし、街での横暴にも、ある程度は目を瞑ってきた。
例え最初から死んでもらう予定だったとしても、それは楽して稼げる仕事だと思い込んで、飛び込んできた、コイツ等の自業自得でしかないだろう。
ちゃんと募集にも、獣人達に代わり命懸けで街を守れる者と告知していたのだから。
「いいから開けろよ! このままじゃあ俺もテメェも、魔族か獣人に殺されて終わりだぞ! 俺達以外にテメェを守るヤツなんて居やしねんだからな!」
(自分の身すら守れやしない癖に、何言ってんだか……)
怒鳴り声が強くなる度にリティアの心は、氷のように冷えていく。
そもそも獣人達が、魔族から街を守る事より、この混乱に紛れて恨みのある相手を殺しに来るような性根の持ち主達だったら――
リティアだって、ここまで苦労しなかった。
(本当、随分と遠回りする事になっちゃったわね……)
どこからを始まりと考えればいいのか、もうリティアだって解からない。
それでも真っ先に思い浮かべる事があるとするなら、ミリティがファブリス国の乗っ取りを企てていた、実の父親を殺してしまった時だろう。
(……知ってたわよ。アンタがお父さんを殺した本当の理由)
国を乗っ取る上で一番邪魔になるのは、現党首であるリティアだ。
獣人達を追い出してからは、横暴なだけで役に立たない衛兵を雇い入れたりした事で、民衆からの支持を失っているリティアではあるが――
かつては聡明な頭脳で他国との貿易を一手に担い、武具の輸出くらいしか収入源がない中、それでも国を豊かにしていたリティアの支持は、相当に高かった。
だが、魔族との戦いが激化している今、力こそが党首に何よりも必要。
力ある獣人こそがファブリスの覇権を握るべきだと信じてやまないミリティの父は、獣人達を集めてリティアの襲撃を企てた。
それに気付いたミリティが必死で説得するも、一切聞く耳を持たず、止む無く全員を皆殺しにしたのが、事の真相だ。
(親友が私を守る為に、手を汚してくれたんだもの。私だけ綺麗で居ようなんて思わないわよ)
そうして実の親さえ殺した自分に、表舞台に立つ資格はないなんて言うかのように、何も言わずに裏方に回っていく親友を、本来居るべき光当たる場所に戻す事こそ――
自分の役目なのだと思って、今までリティアは生きてきた。