憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第220話 真の切り札

(思ったより痛みとかって、ないのね……)

 

 首筋に何かが触れたような感触以外、何も感じない事にリティアは僅かに戸惑う。

 

 おそらく痛みも感じないくらい綺麗に首を切られたのだろう、なんて考えたところで――

 

「だ、誰だ、テメェ!」

 

 様子がおかしい事に気付く。

 

 先程、斧を振り下ろしたであろう男の狼狽するような声はしてるし。

 

 処刑台に首を固定されているリティアに周囲を見渡す事は出来ず、足元くらいしか見えていないが、いつの間にか、先程まではなかった靴が傍に増えていた。

 

(この黒い飾り気のない靴……。どこかで見たような気がするんだけれど――)

 

 装飾こそないものの、高級感を覚える洗練された靴だ。

 

 こんな処刑場に現れるには不似合いな物体に、どこか頭の隅にある記憶を刺激され、リティアは脳内を検索していく。

 

「え、いつの間にあんなトコに?」

 

「アレってメイドだっけ? 何だ、あの無能党首に雇われてたヤツか?」

 

 だが、リティアが自身で答えを導き出す前に、辺りから聞こえてくる声から、状況を瞬時に推測していく。

 

 おそらくだが、突然現れたメイドが自分の首に降り落された斧を止めたのだろう、と。

 

(誰にも気付かれず一瞬で移動してきて、斧を受け止めて平然としてるようなメイド? そんな化け物なんて存在する訳――)

 

 だが、導き出された答えが、あまりにも馬鹿げ過ぎていて、きっと自分の考えが間違っているのだと否定しようとするが――

 

 そこでリティアの頭が、待ったを掛ける。

 

 馬鹿みたいな強さを持っている上に、文字通り、雷の速さで移動出来るメイドを一人だけ知っていたからだ。

 

 ――そして、その人物は確かに、こんな瀟洒な靴を履いていた。

 

「雷帝、プロディ!?」

 

 かつてマキーナ国で実質党首と言われ、人類最強の個人戦力だなんて謳われた魔人。

 

 だが、国に攻め込んできた魔族との戦いで相打ちになり、死んだ筈だ。

 

(そうか。アイツの仕業ね……)

 

 おそらく生きている事が知られれば、マズイ事態が起きたから、研一が何かをしたのだろう。

 

 聡明な頭ですぐに答えを導き出したリティアは、同時に気付いた。

 

(じゃあこの女も、私を助ける為だけにアイツが寄越したって事?)

 

 このリティアの想像は、完璧に正しい。

 

 そもそも何故プロディがこんな場所に居るのかと言えば、研一の仕業に他ならないのだから。

 

 覚えているだろうか。

 

 前回の戦いで、国中の人間から強い悪意を向けられた事で、『いくつか』新しい能力に目覚めており、新しい能力の一つが家程の大きい物すら収納出来る異空間であったという話を。

 

 では、他に目覚めた能力とは何なのか。

 

 それこそが、距離に関係なく配下を呼び出せる能力であった。

 

 ――ちなみに便宜上、配下を呼び出せる能力としているが、どうも条件が特殊らしく、他にはテレレとアクアを呼び出す事が出来るらしい。

 

 そして、この召喚とも言うべき能力こそ、研一の本当の切り札。

 

 アロガンス戦を前に、『今回は切り札だってあるんだし、いきなり博打に走る必要なんてない、か』なんて、研一が心の中で呟いていたが――

 

 その発言から解かるように、今まで使っていた自己嫌悪による強化とは違う奥の手を、最初から持っていた事になる。

 

 ――そもそも、研一自身は、一度も自己嫌悪による強化を切り札と言った事はない。

 

 しかし、これ程の力があるなら、何故すぐに使わなかったのかと疑問に思う事だろう。

 

 事実、プロディさえ先に呼んでいれば、アロガンス戦を簡単に潜り抜けるどころか、研一とミリティとプロディの三人で魔族軍を蹴散らす事さえ容易だった筈だ。

 

 だが、取って置きの切り札というのは、文字通り本当に大事な最後の局面までまで取って置くから意味がある。

 

 どうしようもない窮地でもないのに、切る訳にもいかないし。

 

 多少の窮地であっても、情報を魔族の国まで伝えられる斥候が居る状態で見せる訳にはいかないと、伏せていた最強にして最後の秘密兵器。

 

(折角今まで隠してきたのに、私を助ける為なんかに使っちゃいけないでしょ! だってあのプロディよ! それが実は生きていて、救世主の仲間になってたなんて、これからの魔族戦の隠し玉にだってなるじゃない!?)

 

 聡明な頭で、この切り札の価値をリティアは推し量る。

 

 単純な戦力だけの話じゃない。

 

 この伏兵は、あらゆる局面を動かす戦略兵器にすら、なり兼ねなかったのに。

 

 それでも隠し続けていた奥の手を、リティアを助ける為だけに、研一は使ったのだ。

 

 魔族に知られた以上、対策をされてしまう可能性が大きいと解かっていながら。

 

(……そっか。アンタには全部バレちゃったんだ。そこまでして私を助けてくれたいって思ってくれたんだ)

 

 ただの無能党首を助けるのに、そんな切り札をわざわざ使ってやる理由などない。

 

 それでも自分を助けてくれる為だけに使ってくれた理由に気付いて――

 

 リティアの胸の中に、熱い何かが満ちてくる。

 

 その想いは心の内だけで収めるには、あまりにも大き過ぎて、目から涙になって溢れ出していく。

 

 さて。

 

 リティアが感動で涙して前すら見えなくなる中、助けに来たプロディの方はというと――

 

(これから、どうしたものでしょう?)

 

 困り果て、途方に暮れて立ち尽くしていた。

 

 というのも、だ。

 

 プロディの状態は、いきなり研一に不思議な力で呼び出されたと思ったら、街に居るリティアを助けてくれと頼まれただけなのだ。

 

 無論、研一の頼みを断るなんて選択肢は、プロディにある筈がない。

 

 とても急いでいるようだし、ここは仕事が出来る有能メイドであるところを見せようと、張り切って街に向かったところ――

 

 救助対象であるリティアが首を切られそうになっているのを見掛けて、慌てて止めたのだが、この後どうすればいいのか全く解からない。

 

 何せ、事情なんて微塵も聞いていないのだから。

 

「ら、雷帝プロディ?」

 

「い、いや。だって前の戦いで死んだって聞いて……」

 

「そもそも生きてたとして、何でそんな奴がウチの無能党首を助けに来るんだよ……」

 

 これで一斉にファブリス民達が襲い掛かってでも来てくれれば、プロディとしても容赦なく全員叩きのめして、終わりに出来て楽というものなのだが――

 

 周囲を見渡してあーだこーだというだけで、誰一人、自分の方をマトモに見ようともしない。

 

「ひっ。お、俺はただ、周りがやれって言ったから仕方なくやっただけで――」

 

 おまけに、斧を持っていた男に関しては、別に睨んだ訳でもなく、視線を向けただけで化け物でも見たような顔をして、腰を抜かしてしまったのだ。

 

 この態度にはプロディも、強いショックを受けざるを得ない。

 

(私って、そんなに怖い顔してますか?)

 

 いきなり音も無くメイドが隣に立っていた上に、人を殺すつもりで振り下ろした渾身の斧を無造作に止められたのだ。

 

 男が驚くのも無理ない事ではあるのだが――

 

(斧だって壊さないように、出来るだけ優しく手を添えるだけで留めたというのに。なんと失礼な方達なのでしょう)

 

 プロディとしては、事態が解からないから、なるべく穏便に割って入ったつもりなのである。

 

 例えるのなら――

 

 よく解らないけど、危ないから止めようよー。

 

 くらいに優しく声を掛けて静止した程度の気分だったと言えば、大体近いだろう。

 

 ――蛮族国家なんて揶揄されるマキーナ国では、喧嘩でこれ以上の攻撃が飛び交う事なんて、日常茶飯事であり。

 

 マキーナ国でしか生きていない上に強過ぎるプロディは、少し感性がズレていた。

 

(こんな大勢の人が居る場所で下手に事情を聴いて、研一様が悪感情を集める策略の邪魔とかしてしまっても困りますし……)

 

 さて、どうしたものかと再びプロディが頭を悩ませるが――

 

 どうやらそれは、余計な心配だったらしい。

 

「おいおい。魔族共をぶちのめしたら、ミリティもリティアも好きにしていいって話になってたと思うんだが、こりゃどういう状況だ?」

 

 民衆達がプロディの出現に戸惑い、怯えている間に五分ほどの時が流れていた。

 

 そして、その五分さえあれば辿り着ける距離に、一人の男が居たのだから。

 

「テメェ等。俺の大事な戦利品に何やってんだ?」

 

 いつも通りの三下口調でありながら。

 

 それでも全てを焼き尽くすような激しい怒りを全身から迸らせ、ついに処刑場に研一が姿を現したのであった。

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