憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第224話 さらばファブリス!

「…………」

 

 そこで研一の元に辿り着いたセンが、正面から抱き着く。

 

 無造作に抱き着いた姿は、どこか義務的に見えたし、物凄く不機嫌そうな顔をしていたので、決して好きな人に抱き着いているようには、見えなかっただろう。

 

 ――尤も不機嫌だったのは、リティアやプロディが抱き着いているからであって、演技の流れとはいえ、大好きな人に抱き着ける事自体は心底嬉しかったのだけれども。

 

「その点、こっちの奴隷は利口だったぜ。コイツ等みたいになるか、俺の玩具として生き続けるか、どっちか選べって言ったら、自分から身体を差し出して来やがった。こういう素直な奴は可愛いがあるよな」

 

 研一の言葉に従うように、更に力を込めてぎゅっとセンが抱き着くが――

 

『……研一さん。誰で大きくなったんです?』

 

 正面から抱き着いた事で、研一のある部分の状態に気付いたセンが、念話で責めるように問い掛ける。

 

 この念話を使って事前に研一達と意思疎通を図る事で、突然の事態にも示し合わせたように全員が各々の役割を持って演技に挑めていたのだが――

 

 この時ばかりは、研一もセンの心の声を無視するしかなかった。

 

「……貴方は、最低限の人として超えてはならない部分は。弁えてくれている方だと思っていた」

 

 ウルススが見損なったとばかりに、侮蔑を含んだ視線を向ける。

 

 それに呼応するように更に周囲からの悪意が増していくが、むしろ研一は心外だとばかりに気分を害した態度を取った。

 

「おいおい。じゃあ何か? 命懸けで戦ったのに報酬を踏み倒す奴等が正義で、戦う奴は踏み倒されても笑顔で許せとでも?」

 

「そういう訳ではないが限度というモノがある!」

 

「じゃあ他にどうやれば、このリティアって糞女が、俺に報酬を差し出した? プロディだってそうだ。身も心も差し出すって話なのに、俺に心の底から忠誠なんて誓って、喜んで奉仕なんてする可能性があったか? ねえだろ!」

 

 研一の言葉に、お望みなら何でもしてあげるとばかりに、三人が身体を押し付けてくる。

 

 これはウルスス獣人達に向けている演技なんだから、大人しくしていてくれと思う研一だが、傍から見れば無理やり女を操って奉仕させているようにしか見えず――

 

 更に周囲から、嫌悪感に満ちた視線が飛び交う。

 

「だから報酬を踏み倒した奴以外には、何にもしてねえだろ? そこのミリティだって、あんな従順にペットになってくれてたから、たっぷり可愛がってやったが、魂は弄っちゃいねえ。ほら、悪いのは俺か? それとも口だけのその場凌ぎの約束をしたコイツ等か? 言ってみろよ!」

 

 そこで初めて、研一はミリティに付いて触れる。

 

 これは三人が研一の言葉を茶番だと解かっていながら、胸を押し当てたり、身体をまさぐったりとしてきて、もう何か色々限界になってきたので――

 

 そろそろビシッと決めて、この芝居を綺麗に終わらせてくれという、ミリティに向けたある種の救援要請であった。

 

「それは――」

 

「……救世主様の言うとおりでござる。命を賭けた者に対して、事前に示した報酬を踏み倒した以上、命で贖う事になるが、世の理でござろう」

 

 言葉に詰まるウルススを押し退け、ミリティが前に出る。

 

 狙い通りの展開のよう見えるが、研一は心の中だけで動揺せざるを得なかった。

 

(ここは俺を一方的に悪者にして、悪と正義に分かれて綺麗に丸く収める流れだと思ったんだけれど……)

 

 予想とミリティの発言が違い過ぎる。

 

 どう動くのか正解か解からず、とりあえず悪党っぽい笑みを浮かべて、次のミリティの発言を待つ。

 

「前党首がファブリスにあるモノなら、全て貴方様に差し上げると約束したのは、拙者も聞いていたでござる。そして救世主様が居なければ、間違いなくファブリスは、魔族に滅ぼされていたでござるよ」

 

「ほうほう。それで?」

 

「ファブリスにあるモノなら、なんてケチ臭い事を言わず、ファブリスそのものを救世主様が治めるというのは、どうでござろう? 救世主様には、その資格は十分にあるでござるよ」

 

「……なに?」

 

 そんな事を言われても、研一としては困る。

 

 国の統治の仕方なんて全く解からないし、魔王だって倒しに行かないといけない。

 

 そんな事はミリティだって、百も承知の筈だ。

 

「ですが救世主様には使命があるのも解っているつもりでござる。そこでファブリスの新党首様として、この地で雑務を引き受ける役を、別の者に指名してほしいでござるよ」

 

「ふむ……」

 

(ああ、なるほど。ここでミリティを指名すればいい訳だな……)

 

 要するに先程の流れから、研一と敵対するような形でミリティが新党首になってしまえば、民衆は研一を恐れて、ミリティに従わなくなるかもしれない。

 

 それならばお飾りとして研一を自分達の上に置いてしまう事で、民衆の不満を抑えようという話なのだろう、と研一は解釈し。

 

 センからも特に念話が飛んでこないので、恐らくこの流れに乗ればいいのだろう、と研一は会話を続けていく。

 

「それじゃあミリティ。面倒臭い事はテメェに全部任せる」

 

「謹んでこの地を統治する役目、拝命させて頂くでござるよ」

 

 研一の言葉にミリティが恭しく頷き、これで実質的な党首にミリティが就任した。

 

 これでようやく長い茶番も終わりだと、研一が安堵しようした瞬間だった。

 

「……ところで主様。拙者との契約は覚えているでござるか?」

 

「あ、ああ。勿論覚えてるぜ。テメェを好きにしていいから、民衆には手を出すなって話――」

 

 まだ終わってないとばかりに、囁かれたミリティの声に、慌てて研一は反応して。

 

 そこでセンから念話が届いた事で、全ての流れを察して最後の演技に入る。

 

「まさか契約不履行だなんて、今になって文句でも言う気か? アレはコイツ等が俺の戦利品に手を出したから――」

 

「違うでござるよ。それは勝手に勘違いして先走った、この者達の落ち度。自業自得でござるので、正当な処置だと拙者としては判断しているでござる」

 

「なら――」

 

「期限は決めてなかったでござるよね? では、今後も拙者は好きにしていいでござるので、今回のように民衆が問題を起こした時は置いといて、そうでない限りは手を出さないでほしいでござるよ」

 

 要するにこれで契約上、土地の統治などは全てミリティの手の中にあるし。

 

 良い女を見付けたから差し出せなんて言う事も出来ない、という形になったという事だろう。

 

「テメェ……」

 

「契約破りには命で償わせる程、誠実な主様は、当然守ってくれるでござるよね?」

 

 無論、そんな約束なんてしなくても、ミリティは研一が民衆に不用意に手なんて出さないくらいに信頼している。

 

 ただ、これでもし何かあって研一が再びファブリスを訪ねて来たとしても、悪逆非道の筈なのに民衆に手を出さなくても疑われる事無く。

 

 そして、ミリティに会いに行っても自然な形を作っただけ。

 

「……ちっ。俺の負けだ。だがな、次に会う時は覚悟してろよ! 腰が立たなくなるくらい、乱暴に使ってやるからな!」

 

 これ以上、茶番を続ける意味はないだろう。

 

 役目は果たしたとばかりに研一は撤退用の三下台詞を吐き捨てると、これ以上話してボロが出てしまう前に、さっさと退散すべく――

 

 自分に抱き着いたままのセン達に、しっかり身体を掴んでいるように合図する。

 

「ミリティ!」

 

「何でござるか、主様」

 

「もしテメェが俺が使う前に死んでやがろうものなら、民衆を滅茶苦茶にしてやるからな!」

 

 そして、悪党演技をしながらでも出来る精一杯の元気で居てほしいという言葉を研一は最後に伝えると、身体能力に任せて地面を蹴る。

 

 それだけで研一達は、ファブリス国から遠い地へと飛び立っていった。

 

「ウルスス。人を集めて負傷者の救護を頼むでござる。これから忙しくなるでござるよ」

 

(最後の最後まで、優しい方でござったな……)

 

 もう見えなくなってしまった研一を、心の中だけで名残惜しみつつ。

 

 それでもミリティは新しく国を守っていく者として、気丈に振る舞っていく。

 

 そして――

 

(ふふ。今まで一人で国を守ってくれていたでござるしな。暫し、主様の傍に居る役目は、任せるでござるよ、リティア……)

 

 事後処理の最中、処刑台の裏に文字が書かれているのを発見したミリティは、一人、穏やかに笑う。

 

 そこには金属を加工する際に使われる、ファブリスの初期魔法を使って、処刑台の操作方法が書かれており。

 

 最後に、どこか可愛らしい文体で、こう添えられていた。

 

『助けてくれてありがとう。格好良かったわよ、私の救世主様』

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