憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第227話 それは本気で、けれど叶える気のない想い

「こんばんは」

 

 その夜、宣言通りリティアが研一の部屋を訪ねてきた。

 

 近くにあった温泉に入ってからきたのだろう。

 

 僅かに赤らんだ上に濡れたように見える艶やかな肌。

 

 そして、まるでネグリジェを思わせるような透けた薄い寝間着が、温泉で裸で会った時以上に、リティアを妖艶に見せており――

 

 綺麗でありながら色気のある姿に、研一は何も言えず息を呑む事しか出来ない。

 

「知ってる? こういう静かな夜は鍛冶の神が微笑んで傑作が出来るなんて言って、何かを作るのがいいってファブリスで言われてるんだけど、その最高の鍛冶の時間に異性の所を訪ねるのって、貴方を愛しているなんて受け取られても文句言えないのよ」

 

 意外というべきか。

 

 センもプロディも何も言わず大人しくしていたので、辺りは静寂に包まれており、リティアの声と動いた時に服が擦れる音以外聞こえない筈なのに。

 

 やけに激しく動き出した心臓の鼓動が、研一の身体を駆け巡っていた。

 

「それともう一つ。この服もさっき、私が作ったのよ。貴方に見せる為だけに、温泉の近くにあった鉱石を魔法で加工して、ね」

 

 鉱石をどう弄れば、そんな淫らな服になるんだという言葉さえ出せない。

 

 リティアから生み出された空気を野暮な言葉で遮ってしまうのも憚られて、ただ研一は静かに受け入れていた。

 

「最良の鍛冶の日に作った物に身を包んで、最良の鍛冶の日に異性の家を訪ねる。この意味って解かる?」

 

 そのままリティアが言葉と共に研一の首に腕を回して、耳元で囁く。

 

 女が夜にやってきて、こんな事をする意味なんて一つしかないだろうという想いを、言葉の端に匂わせて。

 

 けれど――

 

「……そんな話を、しに来た訳じゃないんだろ?」

 

 リティアの本気の戯れに研一が付き合ってあげられるのは、そこまでだった。

 

 ここで誘いを受ければ、きっとリティアは身も心も研一に捧げていくれたのだろう、という予感が研一にはあった。

 

 だからこそ、あえて突き放すような言葉を口にする。

 

 ――そうやって離れる切欠を与える事こそ、リティアが本当に望んでいる事だという確信があったから。

 

「……釣れないわね。これでも割と本気だったのよ?」

 

 研一の冷たい反応に、リティアは軽い調子で笑うと、言葉とは裏腹に冗談だと言わんばかりの気楽さで、あっさりと身を離す。

 

 それは逆に、これ以上引っ付いていたら、離れたくなくなってしまうというリティアの覚悟の現れであった。

 

「それで、わざわざ二人だけで話したい事ってなんだ?」

 

「ああ、うん。そろそろアンタ達の所から離れようって思ってね」

 

 どれだけ覚悟していても、自分から切り出す事なんて出来ないのだろう。

 

 研一の言葉に促されて、リティアは何でもない事でも告げるように、軽い調子で研一に伝えた。

 

「そうか。寂しくなるな」

 

「その割に全然驚いてないのね。何よ、気付いてたの?」

 

「まあ、ね……」

 

 何となくではあったが、妙にリティアの様子がおかしいとは思っていたのだ。

 

 妙にはしゃいでいるというか、無理に明るく振る舞っているというか。

 

 大した付き合いなんてないから勘違いの可能性もあったのだが、それが確信に変わる出来事があった。

 

(リティアが俺の部屋に来るなんて言い出したのに、センちゃんもプロディさんも、騒ぎすらしなかったからね……)

 

 食事の件でアレだけ騒いでいた二人が、今回の件には何も言わない。

 

 だから今回の件は、邪魔をしてはいけないような大事な話なんだろうと察する事が出来たのである。

 

 ――とはいえ、それで出て行こうとしているという事までは、解からなかったが。

 

「あーあ。それじゃあ私、悪戯バレてるのに変態的な格好してきただけの痴女じゃない。別れ際に驚かせてやろうと思ったのになあ」

 

 言葉と共に、リティアは背を向ける。

 

 これ以上、研一の顔を見ていたら泣きそうになるし、決意が鈍りそうだったから。

 

 けれど――

 

「凄く驚いたし、今だってドキドキしてるよ。凄く綺麗で、部屋に入ってきた時は言葉も出なかった」

 

 突き放すなら最後まで突き離してくれればいいのに。

 

 半端に優しい研一の言葉に、リティアの目から涙が零れ始める。

 

「ばーか。その気もない女に優しい言葉なんて掛けてるんじゃないわよ。いつか背後から斧振り下ろされるわよ?」

 

 それでもリティアは必死で言葉を振り絞り、沈黙を作らない。

 

 別れるなら重たい女としてじゃなくて、良い女として研一に覚えていてほしかったから。

 

「なあ。別に無理して俺達と別行動なんて取る必要ないんだぞ? 行く当てがないなら別にずっと一緒に行動しても――」

 

「それは駄目」

 

 本当にこういう時の優しさは残酷だとリティアは思いつつ。

 

 だからこそ、その誘惑を意志の力で振り切って、研一の言葉を途中で遮る。

 

「これ以上、アンタに迷惑を掛けたら、私は私を一生許せなくなる」

 

「別に迷惑なんて……」

 

「じゃあ何で、アンタはこんなファブリスに近い場所に陣取って動かないの? 新しく手に入れた能力とやらで遠くに居る奴と話さなくてもさ。サラマンドラ国なりドリュアス国なり、アンタと交流のある場所にでも滞在して直接話でもした方が、無駄に魔力使わずに済むし、連絡の遅れとかも少なくて便利でしょ?」

 

 新鮮なファブリスの食材が手に入ったり、リティアが温泉に入れるくらい地理に詳しい所から推測出来るように。

 

 今、研一達が居る場所はファブリスの街の近くにある森の中だ。

 

 そこでミリティ達に見付からないように、研一達は隠れ住んでいる状態であった。

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