憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第3話 研一、無双する

「いいか。どちらかが負けを認めるか、それとも気絶した時点で終わりだ」

 

 ベッカに案内されるまま、連れて来られたのは試合場とでも言うような場所だった。

 

 石畳のような物で作られた円状の舞台の上で、鎧姿で訓練用の槍に持ち替えたベッカと数メートル程の距離を空け、研一は向かい合っていた。

 

 ――ちなみに城内に備えられた設備らしく、まだ外から見ていないから理解出来ていないが、相当に大きな城だろう事は予想出来た。

 

「貴様が負けたなら、功績を上げるまでは最低限の暮らしの補償だけで働いてもらうし、その性根を叩き直す為に訓練を受けてもらう」

 

「へー、あの剣幕じゃ容赦なく殺しに来るかと思ったが威勢の割にヘタレだねえ」

 

「姫様が何日も眠らず儀式を続けて召喚したのだ! 魔物の一体も殺さないまま無駄死になどさせる訳ないだろう!」

 

 さすがに移動中に少しは頭が冷えたのだろう。

 

 もう研一を殺そうとまでは思っていないようだが、それでも敵意自体は薄れる事なく燃え上がり続けている。

 

「それなら力を示せばもう文句ねえって訳だ。終わったらピーピー喚くなよ?」

 

「減らず口を……」

 

 うだうだ言わずに早く始めようと言わんばかりの研一の様子に、更にベッカが苛立ちを募らせていくが――

 

 余裕そうな態度と裏腹に研一は酷く焦っていた。

 

(ここで負けたら全部終わる……)

 

 これだけの悪態を吐いておいて負けたら抱かれる感情なんて、大口叩いていた男が倒された事による爽快感と、苦労して召喚した救世主が期待外れだったというガッカリ感くらいだろう。

 

 それはそれで負の感情と言えなくもない気がするが、やはり急速に強くなろうと思えば、憎まれ役を演じる事こそが最適だと研一は考えている。

 

 力だけは無駄に持ってる傲慢で欲深い三下悪党路線で行くには、何としてもここで負ける訳にいかない。

 

「それじゃあ、さっさと始めようぜ」

 

 大胆不敵に力強く。

 

 けれど、今にも漏らしそうなのを必死で堪え、虚勢の声を上げていく。

 

「……確認するが本当に武器も防具も必要ないんだな?」

 

「てめえみたいな雑魚相手に、んなもん要るかよ。ビビってねえで、さっさと掛かってきな?」

 

 全てはボロが出る前に。

 

 そしてストレスで胃と膀胱が限界を迎えるより早く決着を付ける為。

 

 ――武具を持たなかった理由は、スキルが期待外れだった場合、体育で柔道を少しやった事がある程度の研一では、武器を持ったところでボコボコにされるのは目に見えていたからだ。

 

「貴様のような下種に神が直々に力など与えるものか!」

 

 舞台の外で見ていたサーラが試合開始の合図をする手筈になっていたのだが、さすがにもう我慢の限界が来たのだろう。

 

 ベッカが予告もなく襲い掛かる。

 

(戦闘経験もないド素人が! 姫様に指一本触れさせて堪るものか!)

 

 散々大口を叩いている癖して、構えを見ただけで解かる程の素人っぷり。

 

 おまけに魔力で身体を強化している様子もないどころか、そもそも魔力そのものを全く感じない。

 

 サーラが召喚を失敗する訳がないから、まだ救世主としての力にも目覚めていないのに調子に乗っている身の程知らずなのだとベッカは判断する。

 

(両足を砕いてくれる!)

 

 それならば回復魔法で治せる程度に足を傷付け、動けなくする事で降参を促す事を選んだ。

 

 地球の常識では考えられない速度でベッカが迫る。

 

 矢のような速さという言葉があるが、実際にベッカの速度は弓で放たれた矢と遜色ない速度であっただろう。

 

 けれど――

 

(え、これってスキルの影響だよな?)

 

 それは研一の目にはコマ送りやスローモーションにしか見えない程に緩慢に映っていた。

 

 その光景がベッカが手を抜いている訳ではない事は、即座に理解出来た。

 

 何かベッカの全身から変な光が出ている上に、殺す気があるようにしか見えない怒りに満ちた顔付きは本気にしか見えなかったし――

 

 ベッカ本人だけじゃなく、石畳を蹴った時に起きた土煙さえ遅く動いているのだ。

 

 これで何かのドッキリかと思う程、研一は捻くれても疑り深くもない。

 

(あ、何かよく解らん感覚……)

 

 とりあえず背後に回ろうと思った瞬間、まるでゲームで画面越しにキャラクターを操作でもしているように身体が動き出す。

 

 自分がどんな風に手や足を動かしたのかも解からないまま、気付いた時にはベッカの後ろに立っていた。

 

「なっ!」

 

 驚愕の声がベッカの口から漏れるが、むしろ驚きは研一の方が遥かに上だった。

 

 自分の身体が自分の物じゃないようにしか思えなくて、驚き過ぎて声を上げる事すら出来ないまま背筋に薄ら寒いものを覚える。

 

「貴様! 何故攻撃しなかった!」

 

 あまりに想定外の研一の動きに両者共に驚きで固まっていたのは一秒にも満たない時間。

 

 けれど、動きから考えれば攻撃どころか、十分に決着を付けられるだけの間があったようにしかベッカには思えず、振り返ると同時に問い詰める。

 

「……ああ、悪い悪い」

 

 研一自身は単に驚いて動けなかっただけなのだが、それを言う訳にはいかない。

 

 少し頭に過ったものを、悪意と嫌味を全力で加えて叩き付けた。

 

「こんなにも弱いと思わなくてな。何だっけ? 魔物の一体も倒してもらってないのに殺すなんて勿体ないだったか? アンタみたいな雑魚でも囮くらいにはなるだろうし、大事にしないといけないだろ?」

 

(というか本当に、迎え撃とうとか攻撃しようとか思わなくてよかったあ……)

 

 想像の数百倍、スキルでの強化具合が凶悪過ぎる。

 

 もしこの移動能力と同じくらいの攻撃力が備わっているのなら、下手しなくても確実にベッカを殺してしまっていただろう。

 

(勘弁してほしい。ベッカさんも凄い良い人なのにさあ……)

 

 サーラを守る為に真っ先に向かってきたベッカには敬意や申し訳なさのようなものを感じるだけで、憎しみや嫌悪なんて抱いていないし。

 

 恨みも何もない人を殺す覚悟なんて、まだ出来ていない。

 

「ふざけるな!」

 

 けれど、研一の内心なんて解からないベッカには嘲笑われているようにしか見えなかった。

 

 怒りに任せて槍を振るうが、不意討ち同然で放ったにも拘わらず、槍が届く頃には研一の姿は掻き消えていて――

 

 ただ背後に誰かが立つ気配がするだけ。

 

「そんな、馬鹿な……」

 

 ベッカは腕に相当な自信を持っていたし、それは決して過信ではない。

 

 代々王族を守ってきた近衛の家系に生まれ、幼少の頃から訓練を続けてきた。

 

 その甲斐もあり、今やサーラを守る親衛隊の隊長を任されており――

 

 単純な肉弾戦に関して言えば、ベッカは国内最強の戦士と言っても過言ではない強さなのだ。

 

「どうして神は、こんな下劣な者に力を……」

 

 そんな自分が子ども扱い、いや、相手にすらならなかった。

 

 それだけで心は砕け散り倒れそうなのに――

 

「いやあ、選ばれし者でご・め・ん・ねぇー。元の世界じゃ武術どころか訓練の一つもしてない人間に負けるとかどんな気持ち? 参考までに教えてくんない?」

 

 ベッカの予想どおり。

 

 訓練も何もしてないド素人だと告げられるのだから堪らない。

 

「いやあ、本当は俺もさ。何もしてないのにお姫様に手を出すとか無理だよねえって思ってたんだけどね。こうやって力を証明する機会をくれるなんてさあ。ベッカちゃんだっけ? 本当に感謝してるよ」

 

 挙句の果てに、この追い打ち。

 

 自分のせいでサーラが毒牙に掛かる大義名分を与えてしまったと、自らの命で償おうと考えるベッカであったが――

 

「ああ、そうそう。お姫様に飽きたらベッカちゃんにも相手してもらう予定だからさあ。自殺とか下らない事しないでくれよ? そうしたらサーラちゃん、アンタの分も頑張ってもらう事になるからな?」

 

(……お願いだから早まった事だけは、絶対にしないでくれよ)

 

 それに気付いた研一が先回りするように、もし死んだらサーラを酷い目に遭わせると告げる。

 

 これが一番、ベッカの命を繋いでくれると信じて。

 

「それじゃあ他に文句ある身の程知らずの馬鹿は居るかあ! 居るって言うならいくらだって相手してやるし、何人同時でも構わねえぞ? 俺の力を証明出来た分だけ、そこのサーラお姫様が尽くしてくれるって話だしなあ!」

 

 スキルを成長させる為だなんて理由で自分で傷付けておいて。

 

 何を都合良く善人ぶろうとしてるんだ、なんて自分自身を心の底から嘲笑うように。

 

 研一の高笑いが舞台の上に響き渡った。

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