憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第36話 無知と乙女と勘違い

(センちゃんっ――)

 

 全速力で街を駆け抜け、センの居る城を目指す。

 

 あまりの剣幕に街中で擦れ違う者達が何事かと研一の方に視線を向けるが、そんな事など気付いている余裕さえない。 

 

(くそ、知ってた筈だろ! 子ども達が商品として扱われてた事くらい!)

 

 頭の中を占めるのは強い後悔。

 

 この世界でたった一人、本音を話していいセンと過ごせる日々を手放したくなくて。

 

 知らず知らずの内に目を瞑ってきた自分の卑怯っぷりに、嫌気で押し潰されそうになる。

 

(頼む、無事で居てくれ!)

 

 死にたくなる程の自己嫌悪で力は増し続け。

 

 全力疾走を続けているのに疲れて速度が落ちるどころか、更に加速していく。

 

 驚くべき程の早さで城に到着した瞬間――

 

「おお、これはこれは救世主様!」

 

 脂ぎった嫌らしい笑みをしたオッサンが、城の入口で研一を待ち構えていた。

 

 かつて研一に殴り飛ばされ、牢に放り込まれていたフェットである。

 

「私も反省しました。これからは貴方様の手となり足となっ――」

 

 出会った時に研一に手も足も出ず、一方的に倒された事があるフェットは確信していた。

 

 救世主の力には人間どころか、魔族だって相手にならず。

 

 絶対的な強さを持つ研一に媚びを売り、お零れを頂戴する事こそが最も利口で安全に己の権力を増していく方法なのだと。

 

 故に自ら下僕になるべく、挨拶に来た訳だが―― 

 

「邪魔だ、どけ!」

 

 たたでさえ急いでいて一分一秒が惜しい。

 

 これがせめて王城に勤めている真面目な兵士達や先程の毒盛りメイドなら、避けるくらいの気遣いは出来たかもしれない。

 

 けれど、下卑た笑みを浮かべた脂ぎったオッサンが、同類でも見るような目をしながら道を塞いできたのだ。

 

 そんな奴に気を遣える余裕なんて完全に売り切れ。

 

 避ける手間さえ惜しいとばかりに撥ね飛ばす。

 

「ぐぎゃっ!」

 

 醜いダミ声を上げながらフェットが吹き飛んでいくが、そんな事に気を遣っている暇がない。

 

 飛んでいくフェットに視線を向ける事無く、待ちきれないとばかりに入城する。

 

 そのまま勢いを緩める事無くセンの居るであろう自室へ急ぎ――

 

 部屋の前に辿り着いて扉に手を掛けた瞬間、身体が動かなくなった。

 

(血だ……)

 

 センが待っているだろう自室の扉に血が付いていた。

 

 よく見れば扉も外から何かを強くぶつけ続けたみたいに、所々に真新しい傷が大量に付いており、ここで何かがあったのは間違いなかった。

 

「…………」

 

 この先に見たくもない光景が広がっているんじゃないかと怖くて。

 

 それでも見なければ始まらないという気持ちがせめぎ合って、腕が小刻みに震えていく。

 

「無事か! センちゃん!」

 

 中で本当に危険な事になっていたら立ち止まっている時間こそ、命取りになるかもしれない。

 

 震えを吹き飛ばすように無理やり声を上げながら。

 

 扉を乱暴に開け放ち、掛けられていた鍵を粉砕して部屋の中を直視する。

 

「研一さん!」

 

 そこにセンは居た。

 

 軽く見た感じでは怪我をしている様子もなく、叫び声に悲壮感はあれど元気だ。

 

 ほっと胸を撫で下ろして、安心しようとする研一であったが――

 

「怖かった! 何か人が暴れてるみたいな音がずっとして、悲鳴みたいな声も上がって。いつもと全然違って――」

 

 外見上は普段と何も変わらないからと言って、内面まで健康だとは限らない。

 

 いつもは研一の顔色を窺い、自分から触れてきた事なんて最初に出会ったあの時だけだったのに。

 

 今回ばかりは堪えられなかったとばかりに、センが必死で抱き着いてくる。

 

「ごめん、遅くなった」

 

 落ち着かせるように抱き締め返して、頭を撫でてやる。

 

 少しでも安心させられる事だけを祈って。

 

「扉の前で女の人達が争う声が全然止まなくて。何度も何度も扉に物がぶつかってて。あの扉が開いたら、私もお母さんみたいな目に遭っちゃうんじゃないかって――」

 

 研一が何度も優しく頭を撫で、どれだけ抱き締める手に力を込めてもセンの恐怖は中々に消えてくれない。

 

 無理もないだろう。

 

 扉一枚を挟んで、激しい物音や女の悲鳴が聞こえ続ける。

 

 それはフェットに母親諸共閉じ込められていた状態と非常に酷似しており、完全にセンのトラウマを想起させるものでしかなかったのだから。

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

 

 落ち着くまで泣かせるままにして、ただ抱き締める。

 

 自分は、ここに居る。

 

 今ならどんなモノからだって守ってみせるという気持ちだけを込めて。

 

「あの、ね。研一さん……」

 

 それからどれだけの時が過ぎただろう。

 

 ようやく泣き止んだセンは、どこか熱を帯びた目で研一の事を見詰める。

 

 ――あれからセンの心を感じる能力は更に強化され、研一が向けてくれた想いを全て感じ取り、溢れ出しそうな幸福感で身体がどうにかなりそうだった。

 

「どうしたんだい?」

 

 その目が、ただ泣いていた涙の残りくらいにしか見えなくて。

 

 ただ落ち着いてくれた事に安心して、あやすようにセンの言葉を促す。

 

「あの地下から救い出してくれて、ずっと面倒見てくれて。それなのに私って何にも研一さんの役に立ててなかったよね……」

 

「そんな事ないよ。センちゃんが居てくれただけで、どれだけ助けられたか――」

 

(それに俺はセンちゃんのお母さんの事だって……)

 

 本当は礼を言うべきは、孤独から救ってもらった自分の方で。

 

 色々謝らないといけない事もあって。

 

 今回みたいに危険な目に遭わせる事が二度とないように自分との関係を絶たせて、一人で国を出るべきなのだ。

 

(今度こそ迷わない)

 

 センに全てを話して、ここで別れよう。

 

 研一が覚悟と共に口を開こうとした瞬間――

 

「お礼がしたいから、目を瞑っててほしいの」

 

 それよりも僅かに早く、センの言葉が室内に走った。

 

 いつも顔色を窺ってばかりのセンに珍しい強い語気には、深い覚悟のようなモノが込められている。

 

「別にお礼なんて――」

 

「駄目? 私からお礼されるのは嫌?」

 

 ただでさえ、普段と違うセンの様子に戸惑いがあったのに。

 

 縋るような目で見られては、後ろめたさもある研一には逆らえなかった。

 

「センちゃんからのお礼なら嬉しくない訳ないよ。目を瞑ればいいんだね?」

 

 それに、ここで別れれば二度と会う事もないかもしれない。

 

 最後くらいはセンの好きにさせてやろうと、薄目を開ける事もせず両眼を完全に瞑る。

 

(何してるんだ?)

 

 ごそごそとセンが自分の腰の付近を触っている感触がした。

 

 さっきみたいに抱き着いているのかと考えつつ、その割には何か妙に手を動かしているなと疑問に思ったところで――

 

「え!?」

 

 急に足に直接風が当たる感触がして、驚いて目を開けてしまう。

 

「あれ? さっき見た人は、こんな物付けてなかったのに……」

 

 センが研一のズボンを下ろしていた。

 

 そして不思議そうな、残念そうな表情で研一のパンツを眺めている。

 

 ――この国に下着の文化は、現在ない。

 

「さっき見た……」

 

 研一の中で何かにヒビが入る音が聞こえた。

 

 最悪の想像が頭を過ぎり、それを否定しようと言葉を探すが――

 

「うん、見たよ。この布の下にある物を口で咥えてあげたり、お股の中に入れて上げるのが、男の人は好きなんだよね? 声を上げて夢中になってたもん」

 

 追い打ちを掛けるようにセンが無邪気に答える。

 

 その言葉の意味も、その行為の価値も何も解からないままに。

 

 ――ただそれをすれば男の人は皆喜ぶモノであり、研一が自分に夢中になってくれるという意識しかなかった。

 

 バリン、と。

 

 何かが割れるような音を研一は確かに聞いた。

 

 そんな音は絶対に鳴っていない。

 

 それでも確かに、その音は研一の頭の中に響いたのだ。

 

(また……)

 

 もし今じゃなければ――

 

 魔族との戦いで死にたくなる程に己の心を擦り減らし。

 

 サーラとセンの死を予感して心の底から震え上がる程に恐怖し、無事を知って倒れそうになるくらい安堵して。

 

 こんなガタガタの精神状態でさえなければ、こんな勘違いなんて絶対にしなかっただろう。

 

 ――そもそも研一は鍵を壊す形で扉を開けている。

 

 それで部屋の中にセンしか居なかった以上、想像したような最悪の事態なんて起きている訳がないのに。

 

(また、俺は――)

 

 この世界に来て最大級のスキルが成長する高鳴りが研一の全身を駆け巡るが、そこに喜びや高揚感は欠片もない。

 

 あるのはもう何もしたくないという虚脱感と全てを壊したくなるような相反する暴力性。

 

 そして――

 

「え、え? 研一さん、何が起きて――」

 

 まるで竜巻のような風が研一の周囲に吹き荒れる。

 

 それはセンを傷付ける事も吹き飛ばす事も無く、部屋の壁や家具だけを破壊していったかと思うと、突如として研一の身体から強い光が迸った。

 

 それは柱のように天井へと伸びていき、天井すらも貫いて空高く天まで登っていく。

 

 遥か遠く、隣の国からでも見える程に、光の柱が高くなった瞬間――

 

「おめでとうございます。ここまでスキルを使いこなした人間は、御主人様が初めてなのです」

 

 いつから、そこに居たのか。 

 

 センと研一の前に現れていた全裸の緑髪の少女が、無表情でそんな事を語り掛けてきたのだった。

 

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