憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第40話 油は燃える

「それでは珍しく善行を積んだお前に、親切心から聞いてやろう。どうしても人質を使って、救世主の事を奴隷のように扱いたいのか?」

 

「当たり前でしょう。あれ程の力を私の手足のように自在に扱える好機なのですよ。知っててこの機会を見逃すなど、ただの馬鹿でしょうに」

 

「そうか。お前にしては珍しく人様の役に立ったから、本当に親切心だったんだがな。更生する意志が全くないと自ら言い張るのなら仕方ない」

 

 そこでベッカの目が酷く冷たく暗い光りを帯びた。

 

 それはこれから終わるモノを見る目。

 

 死を予感させる視線に、フェットの背筋に悪寒が走ったところで――

 

「ああ、よかった。あの人を脅そうとしているなんてベッカに聞かされた時は、どうして殺さず牢に入れてしまったんだろうって後悔してたんですけど、あの人の役に少しでも立ってくれたみたいで嬉しいです」

 

 それ以上の不気味な何かを感じる声が背後から響いて。

 

 フェットは慌てて振り返る。

 

 その瞬間――

 

「役に立ってくれたみたいですし、痛みを感じないように一瞬で灰にしてあげます。何か遺言はありますか?」

 

 真後ろまで迫っていた相手の手が顔の目の前に掲げられた。

 

 既に相当な魔力が込められており、相手がその気になった瞬間に、フェットの身体は宣言どおり灰になって焼失するだろう。

 

「さ、サーラ姫……」

 

 サーラが佇んでいた。

 

 金と権力にしか興味がないフェットですら、見惚れそうな美し過ぎる程の笑顔を湛《たた》えて。

 

(やられました! これまでの会話は全て、私やベッカのような高速移動の手段を持たない姫が来るまでの時間稼ぎ!)

 

 ここに来てフェットは己の失策を悟る。

 

 ベッカ相手なら絶対的な相性差を持つフェットは、負ける気なんて微塵もない。

 

 だが、サーラが相手ならば話は逆転する。

 

(私の魔法では、天地が引っ繰り返っても姫の相手にならない!)

 

 フェットの操る魔法は油に似た性質を強く持っている。

 

 炎を操るサーラには完全に無力に近かった。

 

 ――それでも力量差があれば、ある程度は何とかなるのだが、実力自体はサーラの方が上。

 

 その上で相性まで悪いとあっては、完全にフェットに勝ちの目はなかった。

 

「お、お待ち下さい! 魔人の落とし子の不当な扱いに脱獄。確かに私めは多くの罪を犯しましたが、極刑になる程の罪は犯していない筈です!」

 

 必死で声を張り上げるフェットだが、これはその場凌ぎの言い訳でなく事実だ。

 

 サラマンドラ国は、あくまで人々が住まう国。

 

 魔人の落とし子に対する罪というのは、それ程大きくはない上に、敵対している魔族に対しては、そもそも対応する罰則がまだ一切なく――

 

 センの母親にした事に関しては、罪に問う事すら出来ないのが現状だ。

 

 それじゃあ反乱は大罪ではないのかと思われるかもしれないが、この世界は個人の保有する強さの重要性があまりに大きい。

 

 それ故に国の統治者である者の武勇に不満がある場合は、民衆からの推薦が一定以上ある場合においてのみ、挑んでも罪にならないという規定が、大体どこの国にもある。

 

 ――無論、返り討ちにあって死んでも、それは自己責任だ。

 

「仮に私がそれ程の罪を犯していたのだとしても、ここで殺すのは違うでしょう! もし殺されなければならない程の罪があるというのならば、然るべく手続きを取った後に刑場で行なうべきではないですか!」

 

 だが、甘いサーラならば正当性を訴えれば、結局は何だかんだ言っても見逃すだろうとフェットは予測し――

 

 あえて自分の罪だけで判断してくれと必死で懇願する。

 

 事実、それは間違いではない。

 

 サーラならば、結局は見逃してしまっていただろう。

 

「それは人間の話です。罰則がないのをいい事に、魔族の女性を弄ぶような人間の形をしているだけの外道など、知った事ではありません」

 

 ただし、それは昨日までのサーラの話である。

 

 ベッカと共に研一達の話を聞いており、外道に対する甘さなど百害あって一利なし、なんて考えを大きく変えてしまったサーラには全く通じない。

 

「かくなる上は!」

 

 そして、サーラの様子が今までと違う事くらい、権謀術数の闇を生き抜いてきたフェットでなくとも理解出来る。

 

 泣き落としが通用しなかった時に備えて溜めていた魔力を使い、サーラの目を眩まして離脱しようとするが――

 

「遺言は終わりですね」

 

 その気配を感じた瞬間、サーラは迷う事無く魔力を解放した。

 

 炎とは思えない真っ白な色の何かがサーラの手の平から放たれ、悲鳴を上げる事すら許されず、フェットの身体が一瞬で灰になる。

 

「お見事です、姫様」

 

(人の上に立つ者としては甘過ぎる面だけが気掛かりだったが、どうやら今回の件で壁を越えられたようだ)

 

 フェットの死にベッカは何の感傷も抱かず、ただサーラの成長を静かに喜ぶ。

 

 ――そもそも相性の問題さえなければ、とっくの昔に始末しておきたかった相手でしかなく、むしろ死んでくれて清々していたくらいであった。

 

「その、サーラ様。シャロンの件を救世主には――」

 

 どうでもいいフェットの事など即座に忘れたように、ベッカは新しい話題を投下する。

 

 それは先程の話にも出ていたシャロンの事。

 

 あのフェットが自分でも引くと言った程に、シャロンは激しく執拗に暴行を受け続けてしまった。

 

 不幸中の幸いと言うべきか、フェットが途中で助けて、この国でも最高の治療が出来る場所に連れ込んだお陰で、命に別状こそなかったのだが――

 

 足に重度の後遺症が残った。

 

 もはや杖無しでは歩く事もままならず、踊る事なんて到底出来ないだろう。

 

 ――毒盛りメイドが言っていた心配した方がいい研一のお気に入りの子とは、センではなくシャロンの事だったのだ。

 

「……伝えるしかないでしょう。そして、アナタの横暴のせいでこんな悲劇が生まれたと糾弾する事こそ、あの人の力になります」

 

 サーラは僅かに表情を歪めながら、それでも迷う事無く言い切った。

 

 そうして少しでも貴方を良い人だなんて思った私達が馬鹿だったという態度を取る事こそが、研一のスキルを考えれば最良なのだと、無理やりに心を抑え込んで。

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