憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第5話 サーラはドスケベお姫様?

「無理だあ? 単に疑ってるだけだよ」

 

 胃は痛いし逃げ出したいくらいで、一人くらい事情を知ってくれる相手でも居ないと耐えられないかもしれないという気持ちはある。

 

 けれど、少なくともその相手はサーラでは駄目だと研一は思う。

 

「上手い話には裏があるなんて世界が変わろうが同じだろう? 普通はあのベッカとかいう女みたいな態度を取るもんだろうが?」

 

 何を考えているのか全く解からないから。

 

 秘密を打ち明けて共有出来る相手と考えるならば、まだベッカの方が現状では可能性は遥かに高い。

 

「その無垢そうな面の裏で何を企んでる? サーラお姫様ぁ?」

 

 言葉こそ乱暴に崩してはいるものの。

 

 それでも本心からの言葉を投げ掛ける。

 

「企む、ですか。そう言われても仕方ないのかもしれません」

 

 サーラは研一の言葉を否定しない。

 

 自分には隠していた考えがあるのだと白状し、話を続けていく。

 

「お察しの通り、私は国の為に自分の命や身体を捧げられるような出来た王族ではありません」

 

「そうだろうな」

 

 その部分は全く疑っていなかったのだが、訂正する理由はない。

 

 まるで全てを察していたというような傲慢な態度で頷いて、続きを促す。

 

「事実、先の魔族との戦いに私は怖くて出陣する事が出来ませんでした。本来ならこの国一の魔法使いであり、王族として贅沢な暮らしをさせてきて頂いた私こそ、誰よりも戦うべき役割を背負っていると理解していたのに、です」

 

「そりゃそうだろ。死ぬのは誰だって怖い」

 

「それもあります。ですが、それ以上に怖かったのは私の指揮する戦いで兵を無駄死にさせる事でした」

 

 そこでサーラは国一の魔法使いとは、すなわち国最大の戦力でもあるという説明を付け加えて話を続けていく。

 

「私には誰よりも戦果を挙げる責任があったのです。けれど初陣となる筈だった戦いが想定した以上に大規模で、ちゃんと戦えるか自信が持てず――」

 

 言葉を濁すサーラだが、話の流れから出陣出来なかったのは理解出来た。

 

「そんな私の代わりに魔族の討伐に向かったのが国王と王妃、私の両親です。父は国でも有数の戦士であり、母は私の次の次くらいに凄腕の魔法使いでした」

 

「で、その戦いで死んじまった、と。行かなくて正解じゃねえか」

 

 素の研一なら、ここで何も言えずに黙り込んでいただろう。

 

 けれど今は好かれようと見栄を張る必要も、嫌われないように気の利いた慰めの言葉を探す必要もない。

 

 ただ無責任に乱暴に、けれども解り難く。

 

 少なくともサーラだけでも生き残れただけマシだと、慰める言葉くらいは告げられた。

 

「ですが私が戦いに出て上手く戦えていれば父も母も死にませんでした! 兵の犠牲だって、もっと抑えられた筈なんです!」

 

「んな可能性の話まで気にしてもなあ……」

 

「可能性ではありません。単純な戦闘力なら私の力は父と母、二人を同時に相手をしても圧倒出来る程の力があったのです。それなのに私は失敗を恐れて戦う事そのものから逃げてしまいました。王族としての責任から逃げ、のうのうと生き恥を晒している私を民も陰では嘲笑っている事でしょう」

 

 事実、私なんかより父や母が生き残っていればという声は、嫌でも聞こえてきますと付け加えられた言葉に研一は何も言えなくなる。

 

「ですが私が召喚した救世主様が世界を救って下されば、父や母の死は無駄ではなかった。私を生き残らせた事こそ、先を見据えた最高の英断だったと、皆に知らしめる事が出来るのです」

 

「要するにただの自己保身で、民の平穏も世界の事も何も考えてないのが企みだってか?」

 

「……ええ。幻滅して頂いて構いません」

 

 そこまで語るとサーラは皮肉交じりの自虐的な笑みを浮かべた。

 

 まるで自分は世界最大の悪女だとでも言いたげな姿であったが――

 

(え、いや、それだけ?)

 

 ぶっちゃけて言えば、どこを悪党扱いすればいいのか研一には全く解からない。

 

(要は過去に逃げてしまった事を悔やみ続けて、今度は自分の全てを懸けてでも責任を果たそうとしているってだけの話だよね?)

 

 それを立派だと思う事は出来ても、悪し様に扱えるような完璧で隙のない生き方なんてしてきていない。

 

 むしろ責任全てから逃げ出して、「だって死にたくなんてなかった。何で自分がこんな目に遭わないといけないの」なんて言われたって同情していただろう。

 

「すみません、救世主様。下らない話を聞かせてしまったついでに、よければで構わないのでもう一つだけ我儘を聞いてはくれませんか?」

 

 そんな事を考えていた上に、あまりに無造作にサーラが動きだしたものだから反応が遅れてしまった。

 

「最初の一回だけでいいんです。恋人にするように優しくして頂けると嬉しいです」

 

 そしてサーラは研一の返事も待たずに身体を寄せたかと思うと。

 

 これは全て罰だ。

 

 悪党の自分には相応しい末路だなんて言葉が聞こえてきそうな、どこか寂しさと納得が入り交じった表情で口付けを迫ってきて――

 

「寄るな!」

 

「きゃあっ!」

 

 唇が触れる直前で咄嗟に突き飛ばす。

 

 力加減も何も考えていなかったが、どうやらその辺はスキルが上手い具合に加減でもしてくれているのかもしれない。

 

 本当に少し距離を取る程度で、怪我をさせる事もなくサーラと離れる事に成功する。

 

 ――尤も、そんな事に気付く余裕なんて研一にはなかったが。

 

「うぉええええ……」

 

 何故なら胃の耐久値が限界を超えてしまっていた。

 

 何とかベッドから顔を背ける事までは出来たが、口から吐き出された物体が容赦なく床へと広がっていく。

 

「きゅ、救世主様!? どうしました!」

 

 いきなりの嘔吐に僅かに戸惑っていたサーラであったが、生来の人の良さか、それとも大事な救世主様の異変だからか。

 

 未だ吐き続けている事など気にせず、介抱しようと近付いて来ようとするが――

 

「気持ち悪いんだよ! この淫乱ビッチが!!」

 

 その気配を察した研一は、吐いた姿勢のまま顔を上げず。

 

 腕を伸ばして近寄ってくるなとサーラを牽制する。

 

「い、淫乱ビッチ?」

 

「あのなあ、こういう時のお姫様って言ったら嫌だけど仕方なくってのが基本だろうが!」

 

「き、基本?」

 

「それがこっちが何も言ってないのに自分から脱ぎ出した挙句に口付けせがんで来るだあ? 解釈違いにも程があるんだよ!」

 

「か、解釈違い?」

 

 これから睦言が始まるかと思った瞬間、相手の男に吐かれた挙句。

 

 突然、怒鳴り付けられて混乱しているのだろう。

 

 訳が解からないとばかりに、サーラは研一の言葉を繰り返す事しか出来ていない。

 

「変態染みた恰好しているだけで、心の方は箱入りのお姫様かと思ってワクワクしてたのに中身まで変態とか期待外れもいいトコだぜ」

 

「違っ、この衣装は本当に大規模魔法の為に必要だっただけで普段は――」

 

「信じられるかよ。どうせその恰好で誘惑して、男の十人や二十人くらい、もう咥え込んでるんだろ?」

 

「まだ経験なんて一度もありません!」

 

 そんな事はサーラの態度を見れば言われなくても研一にだって予測出来る。

 

 ただ吐いたり怒鳴ったり大忙しで、顔を上げるまでの時間稼ぎがしたかっただけ。

 

「じゃあ潜在的ドスケベ雌豚女だな」

 

 とりあえず全部吐き切って多少は落ち着いたところで顔を上げると、ありったけの罵倒の言葉を絞り出していく。

 

「会ったばかりの好きでも何でもない男に口付けせがんで気持ち良くしてほしいとか言い出す癖に経験なしとか、淫乱女の素質があるぜ。いやあ、お姫様にそんな可能性があるとはなあ。さすが異世界産の女だけあって俺なんかの常識を軽々超えて――」

 

 パン、という短い音と同時に頬に痛みが走って。

 

 それ以上、研一は言葉を続ける事が出来なかった。

 

「あ、違っ、これは……」

 

 さすがに我慢の限界が来てしまったのだろう。

 

 思わず手が出てしまった事にサーラ自身が驚き、どうしていいのか解からないのか。

 

 平手打ちをした姿勢のまま不明瞭な言葉で必死で弁明しようとする。

 

「そうそう。今みたいに叩いてくるくらいの生意気さがいいんだよ! そうやって気の強え女が、民とか世界の為なら我慢するしかないって泣く泣く身体を差し出す。想像するだけで堪らないってもんだぜ!」

 

 だが、研一はそうやって抵抗する姿こそ求めていたとばかりに、自分勝手な言葉を喚き散らしたかと思うと――

 

「かー、最初からそういう態度見せてくれてれば今頃楽しめてたのになあ。さすが初心そうな面してても上流階級のお偉いさん。交わし方ってものを心得ていらっしゃる」

 

 サーラの苦しみも責任感も全て踏み躙る身勝手な言葉を吐き捨てる。

 

 ――ここまで言わなければ、このサーラという人間は責任感に突き動かされ、夜這いとかに来ないとも限らないと思えたから。

 

「あ、あなたという方は何ていう――」

 

 ここまで罵倒されたとあっては、さすがにサーラも研一の事を好意的に見る事は出来なくなったのだろう。

 

「友人や家族と引き裂かれ争いに巻き込まれたのですから、恨んで悪態を吐くのも当然だと思っておりましたが、根っからの悪党ではないですか!」

 

 もはや呼び出してしまった事への引け目もなければ、救世主への敬意だって微塵もない。

 

 あるのは理解出来ないモノでも見ているような戸惑いと、軽蔑したような視線だけ。

 

「はっ、なんだ。あんな言葉本気にしてたのかよ。そもそもなあ、女神からの召喚要請は任意だったから断ろうと思えば断れたんだよ。むしろ、その件に関しちゃ下らない世界から連れ出してくれて感謝してたくらいだぜ」

 

 蔑むような目を向けてくるサーラに皮肉めいた態度で感謝を告げる研一だが、これ自体は憎まれる為の嘘ではなく、半ば本心からの言葉であった。

 

 というのもサーラに呼び出されてなければ、自棄酒からのアルコール中毒のコンボで死んでいた身であり――

 

 言ってしまえばサーラは命の恩人と言っても過言ではないのだから。

 

「ったく、気分じゃなくなっちまったぜ。目障りだし、今日は勘弁してやるから、とっとと出てってくれよ。寝たいからさあ」

 

 しかし、それはそれ。

 

 スキルを育てる為にも悪態を吐いて憎まれる事は止められない。

 

 全ては己の願いを叶える為に。

 

(確かにサーラの言うとおり。根っからの悪党だよ、俺は……)

 

 そんな自分の目的の為だけにこれだけ人を騙し傷付け、踏み躙る自分は確かに極悪非道の悪党で間違いないだろう。

 

 ――たとえ、それで魔王を打ち倒し、結果的にサーラ達が救われたのだとしても、だ。

 

「ああ、でもそうだな。こんなゲロ塗れの部屋で休みたくねえし、新しい部屋に案内してくれよ。もしゲロの処理を他の奴に頼むならアンタが吐いたって事にしとけ。これから世界を救う救世主様が吐いたなんて、みっともねえからな」

 

(……本当にごめん。出来るだけ傷付けないようにするし、頑張って魔物も倒すから、さ。その代償と諦めてくれ)

 

 何故なら、心の傷というのは想像以上に人を傷付け歪ませる。

 

 気を付けてはいるが、自殺する程に追い詰められる人間が出ない保障だってない。

 

 それなのに許してほしいだなんて身勝手な言葉。

 

 心の中で告げる事さえ、研一には出来る訳もなかった。

 

「……解りました。すぐに手配させて頂きます」

 

 どれだけ悪態を吐かれ、どれだけ見下げ果てたのだとしても。

 

 それでも、サーラからすれば苦労して召喚した救世主様である事には変わらないらしい。

 

「新しいお部屋へ案内させて頂きますので、付いてきてください」

 

 感情を押し殺したような無表情を浮かべたかと思うと、先に立って歩き始める。

 

 どうやら世界を救ってもらえるまでは、内心はどうあれ研一の命令を聞き続ける腹積もりのようであった。

 

(これで今日俺を見た人全員に嫌われたかな。スキルの事を考えれば幸先の良いスタートって言えるのかもしれないけれど――)

 

 嫌われて、そこで終わりなんて簡単な話でない事くらい研一も理解している。

 

 むしろこれからが本番で、壮絶にして陰湿な嫌がらせの日々が始まるだろう事は、火を見るよりも明らかだろう。

 

(……まだ一日も経ってないんだよな)

 

 初日で胃の限界を迎えておいて、これからやっていけるのか。

 

 不安を覚えながら、サーラの後に続いて歩き始めたのであった。

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