憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第58話 人外の孤独

「うっ、うぅっ、見損なわれたのです……」

 

 研一とセンの二人が円満に収まった一方で、マニュアルちゃんは一人で泣いていた。

 

 脳裏に浮かぶのは、期待外れだとでも言いたげな呆れを含んだ研一の視線だけ。

 

「私は何を間違ってしまったのです……」

 

 期待外れだと思われたのなら、悪い部分を直すなり、足りない分だけ頑張ればいい。

 

 けれど、何を直せばいいかも伝えてもらえないんじゃあ、どうすればいいのか解からない。

 

 ただ無力感に打ちひしがれ、目から涙が溢れてくるのを止められなかった。

 

「ったく。大人しそうな見た目の割に随分、足速いじゃない。追い付くのに時間掛かったじゃないの……」

 

 うずくまって泣いていたマニュアルちゃんの耳に、最近よく聞いているような声が届く。

 

 涙を拭って声のした方を向くと、ロザリーが見下ろしていた。

 

「それで、アンタは何に悩んでんのよ? 相談に乗ってあげるから、お姉さんに言ってみなさいよ」

 

「……百年も生きてない人間が上から目線で話し掛けてくるな、なのです。私にそんな態度を取っても許されるのは、偉大な御主人様か、千年以上前から存在している者達だけなのです」

 

 これでもマニュアルちゃんがスキルとして生まれてから、千年近くの時が流れている。

 

 それなのに訳知り顔でロザリーに上から目線で話されて、苛立ちを隠せないと言った様子で言葉を返す。

 

(このガキ……)

 

 千年近くも生きていて、随分と子どもっぽいのね。

 

 なんて嫌味の一つも言いたくなったロザリーであったが、ここで喧嘩をしても仕方ない。

 

「それは失礼しました。ですが、人に話してみる事で解かる事って、あると思うんです。それに私自身が事情を知りたいので、よければ話して頂けませんか?」

 

 相当にイラっとしつつも、それを気合で押し殺して下手したてに出てみる。

 

 ――確かに見た目と言動で判断して、年上ぶった自分に非があると思えたから。

 

「……きっと私は捨てられてしまうのです」

 

「はい?」

 

 ロザリーが譲った甲斐もあり、ポツポツと悩みを語り始めるマニュアルちゃんであったが、あまりに突拍子のない言葉にロザリーの口から素っ頓狂もない声が飛び出す。

 

 そりゃあ確かにあまりに空気の読めない発言をしていたが、それでいきなり捨てられるなんてないだろう、と。

 

「今までの所有者がそうだったのです。私に大した防御力がないと解かると、すぐに倉庫送り。期待外れだった物の末路なんて、隅に追いやられて忘れ去られるだけなのです……」

 

 マニュアルちゃんの脳裏に浮かんでいるのは、今まで自分を防具として顕現させてきた者達の自分の扱い。

 

 今まで自分を顕現させた全ての救世主は、最初こそスキルの副産物なのだから、さぞや高性能に違いないと期待に目を輝かせ――

 

 期待外れだと解かるや否や、倉庫に押し込むか。

 

 あるいは、捨てたり売ったりしてきていた。

 

「あの時、私を見た御主人様の目は、今まで私を捨ててきた人達と同じ目だったのです……」

 

 研一の呆れたような視線を思い出すだけで、マニュアルちゃんの身体が恐怖で震える。

 

 糞スキルだと馬鹿にしてた人達に捨てられた時だって、苦しくて消えてしまいたい程だったのに。

 

 千年近い時の中、たった一人。

 

 自分を認めてくれた人に捨てられるなんて、想像するだけで耐えられなかった。

 

「人型として顕現なんて言ってたし、もしかしてとは思ったけど。アンタ、救世の装飾品ってヤツなの?」

 

「何です? それ?」

 

「古くからある御伽噺よ。救世主が真の力に目覚めた時、その身には神から与えられた装飾品を纏っているっていう――」

 

 その言葉を皮切りに、ロザリーは自分が知る伝承を伝えていく。

 

 装飾品は救世主の命と連動しており、救世主の命が尽きると共にこの世界から消滅してしまうだとか――

 

 どこかの国の王に献上され、救世主が生きている間は宝として崇められていただという伝説があるだけで、実在が確認されていない幻の品物があるという話だ。

 

「ああ、人間達の間では私は、そんな風に呼ばれてたですか。確かに何度か、どこかの国の王に渡されて放置されたりもしたですね」

 

「放置って……」

 

 国宝扱いされて大切にされていただろうに。

 

 そんな吐き捨てるような言い方をしなくても、なんて思うロザリーであったが――

 

「主を守る為に作られた防具が、着られもせず飾られて喜ぶと思うですか? 主の危機に傍に居る事さえ許されず、遥か遠くで主の死だけを感じる事しか出来ず、どれだけ歯痒かったか、お前になんて解からないのです……」

 

 その物言いこそ、自分に対する侮辱だとばかりに、マニュアルちゃんは嫌悪すら感じさせる勢いで否定する。

 

 確かに捨てられてしまうくらい、防具としての性能は低かったのかもしれない。

 

 それでも、せめて役目くらいは全うしたかったという切なる願い。

 

「……ごめん。今のは私が悪かったわ」

 

 言ってしまえば美味しく食べてもらおうと作った料理が、飾られて食べられる事無く腐ってしまったようなモノ。

 

 無念だし悔しいのも当然だろうと、ロザリーは素直に謝罪する。

 

「別にいいのです。どうせもう私に何の価値もないのです。今までと同じように倉庫に押し込められるなり、売られたり捨てられたりして、使われる事なく朽ち果て、ゴミになっていくだけなのです……」

 

 とはいえ、マニュアルちゃんだって解っているのだ。

 

 性能の低い物を、わざわざ使い続ける理由なんてどこにもない。

 

 店売りの防具にさえ劣る性能しかなかった自分では、売られたり倉庫の肥やしになるのが当然の扱いだと納得している。

 

「……確かにアンタの言うとおり、弱い装備の末路なんて、それくらいしかないかもしれないわね」

 

 その意見自体は、ロザリーだって否定出来ない。

 

 どれだけ綺麗事を並べたところで、無理に性能の低い装備を使う理由なんてないだろう。

 

「けどさ。今回のアンタは物じゃなく人として、この世界に生まれてきたんでしょ? それこそ物じゃないんだから、安易に捨てられたりする事なんてないわよ」

 

「……それは本当に人だったらの話なのです。人の形をしているだけの物に適用される訳がないのです」

 

「そんな訳――」

 

「それじゃあ魔人はどうなのです? 人間も魔人も見た目だけは、ほとんど変わらないのです。けど、サラマンドラ国での扱いは、どうだったです?」

 

「…………」

 

「人の血が半分混じっている魔人でさえ、その扱いなのです。それ以下の生き物でもない人の形をしているだけの出来損ないに、人らしい扱いなんて望める訳ないのです……」

 

 それとこれとは話が違うなんて言い返す事は、ロザリーには出来なかった。

 

 人間である自分が何を言ったって安全圏から好き勝手言っているだけの説得力も何もない言葉でしかないし、実際サラマンドラ国での魔人の扱いなんて反逆防止の魔術を刻み込まれた奴隷だ。

 

 どんな言葉を並べたところで、鼻で笑われるくらいの説得力しかないだろう。

 

「確かにアンタの言うとおり。魔人が奴隷扱いされている事に何の疑問も持たず、むしろ魔人なんだからそれが当たり前だなんて思っていた私に、何か言う権利なんてないでしょうね」

 

「それ見た事なのかです」

 

「でも、恨まれても誰に認められなくても。たった一人、魔人達を救う為に動いていた人の言葉なら、どうでしょうね?」

 

 だが、そもそも最初からロザリーは無理してまでマニュアルちゃんを説得する気なんてない。

 

 そりゃあ説得出来れば、それが最良ではあるが――

 

 早まった事をしないように話を聞いて見張ってさえいれば、後は当人同士が解決するべき問題だとも思っていた。

 

「ご、御主人様。いつから話を聞いて……」

 

 そして、その役目は十分に果たしたと言って問題ないだろう。

 

 何故ならセンとの話し合いを終えて駆け付けた研一が、途中から背後でマニュアルちゃん達の話をずっと聞いていたのだから。

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