「そうね。理由さえなければ追い出していたし、魔物に襲われて死んでくれたらいいのにって何度願ったかしらね」
「理由?」
「ドリュアスっていう国はね、出来るだけ他の国とは距離を取るようにしているの。薬の効果が絶大過ぎて、あまり肩入れし過ぎると碌な事にならないからね」
「それが一体――」
「党首や権力者は他の国の人と結ばれる事は許されないって事。婚姻って解かり易くて強い関係でしょう?」
そうして、テレレは説明していく。
薬の国と呼ばれるドリュアス国の人間は、薬を作る為の魔法に特化しているせいか、党首以外には滅多に戦える者が生まれない事。
だからこそ、党首は同じドリュアス国でも一番魔力が強い者と子どもを成し、次代の国民を守れる者を生む義務があるのだと。
「けど、テレレさんが犠牲になるなんて……」
「別に驚くような事でも同情されるような事でもないわ。そうして少しでも対策を積み重ねてなかったら、とっくの昔に人間なんて魔族に滅ぼされている。今までの党首もそうしてきたし、次は私の番が来たってだけの話」
「…………」
「私だけじゃない。どこの国でも似たような掟があって、大体の人は覚悟している。サーラもそうだったんじゃない?」
「……はい。覚悟と責任を持って行動する、尊敬出来る人でした」
今になって研一は気付かされる。
だからこそ、サーラは出会ったばかりにも関わらず、躊躇う事無く救世主である自分に身体を捧げようとしたのだろう。
「……ただ生まれた時に誰よりも魔力が高かったというだけで、あの男は今まで好き勝手過ごしてきた。このまま努力も苦労もしないまま、党首の夫だなんていう立場に収まっても碌な事にならないなんて言い訳で引き延ばしてきたけれど、私にも役目を果たす時が来たってだけ」
「でも……」
テレレの言葉を言い訳だなんて切り捨てたくなかった。
実際、そんな考えの男が党首の配偶者として権力を持ったしても、良い事なんてあるように思えないし、自分勝手な理屈を振り回してるゲスタブより、よっぽどテレレの言葉の方が正統性を感じるが――
それ以上に、テレレが掟のせいで犠牲になる事を認められなかった。
「この間、言ったでしょう。一緒に生きていく気もないのに、女に半端な優しさを掛けるのは、とても残酷な事だって」
そこでテレレが睨むでもなく静かに。
それでも射貫くような視線を向けて研一に問い掛ける。
「魂を見れば解かる。君には譲れない想いか何かがあるから戦っているんでしょう? それを捨ててでも私と一緒に居てくれる? あの男の代わりに、私の隣に立って国を守り続けてくれる?」
「それは――」
「出来ないでしょう? それだけじゃない。彼女達を切り捨ててでも、私だけを選ぶ事が君に出来る?」
言葉を終えると同時に、テレレが目線だけである場所を示す。
そこには研一達の様子を覗き見するように、センとマニュアルちゃんの二人が居た。
「ちょ、ちょっと。真面目なお話しているんだから邪魔しちゃ――」
「そうやって遠慮するのは、よくないのです。お前は御主人様の一番の特別なんだから、いつでも横に控えていればいいのですよ」
昨日の一件を切欠に、センとマニュアルちゃんの関係は大きく変化していた。
マニュアルちゃんが嫉妬で八つ当たりしていた事を認めて素直に謝っただけでなく、研一と同じようにセンも敬うようになったのだ。
(雨降って地固まるってヤツかな……)
軽く言い合いをしているものの、昨日と違い二人の間に刺々しさはない。
むしろ仲の良い姉妹がじゃれ合っているような微笑ましさすら感じられ、研一の心に穏やかなモノが満ちていくが――
「……君は君の大事なモノを守るべき。私は君に守られないといけない程、非力じゃない」
初めて見る研一の穏やかな表情に、テレレは決意を固くする。
(そんなヒビ割れた魂で、君はずっと頑張ってきたんだもの。そろそろ休むべき)
本人が気付いてないだけで、とっくの昔に、研一の心はボロボロで砕け散ったっておかしくないのだ。
そんな中、センやマニュアルちゃんと過ごす事で少しでも心を休められるというのなら、自分なんかが邪魔をしてはいけない。
それがテレレの出した結論であった。
「けど――」
テレレの考えそのものは解からなくても、自分に気を遣ってくれている事くらいは研一だって感じられる。
そんな人が犠牲になるなんて、どうして認められずに食い下がろうとするが――
「……そこまでいくと優しさでもなければ甘さでもない。理想や綺麗事に酔っているだけの無責任な人でしかないわ」
そこで初めてテレレから悪感情が流れてくる。
込められているのは敵意か嫌悪か、それとも怒りなのか。
感情の種類までは研一には解からなかったが――
(……凄い力の高まりだ)
それでも心の底から、テレレが自分を拒絶していると感じさせるには十分であった。
「……ごめん。君を傷付けたい訳じゃなかったの」
何も言えずに黙り込んでしまった研一に、申し訳なさそうにテレレは一度、頭を下げたかと思うと――
何かを振り切るように背を向け、水浴び場に向かって歩き出したのだった。