憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第62話 憧れは憧れでしかなく

(彼と会ったのは、ここだったわね……)

 

 研一と別れたテレレは、水浴び場で身体を清めていた。

 

 これ以上、ゲスタブを放置していたら無理やり誰かを襲うだろうという予測が出来ており、自分が相手しなければ犠牲者が出るのは時間の問題だと思ったから。

 

 ――現にゲスタブが女を襲おうとしたところを、テレレは過去に何度も止めてきている。

 

(最初は興味本位だった……)

 

 これからゲスタブに抱かれに行こうとしているのに、頭に浮かぶのは研一の事ばかり。

 

(あんなにヒビだらけで、それでも丸みを帯びた魂なんて初めて見たもの……)

 

 普通、傷付きヒビが入った魂は棘だらけになって周りを傷付けていくようになる。

 

 それも仕方のない事だろう。

 

 誰だって余裕がなければ、他人に気遣いなんて出来なくなって当然だ。

 

(それだけじゃない。神様からあんな加護を渡されたら、それを言い訳に普通は少しくらい良い目を見ようとするもの……)

 

 それなのに、研一は出来る限り誰も傷付けないように頑張っていて。

 

 テレレが研一に抱いていた興味は、すぐに同情のようなものへと変わっていった。

 

(多分、自分に重ねていただけなのよね……)

 

 憎まれなければ強くなれないというスキルのせいで、本心を隠し恨まれる研一の姿。

 

 それは国の党首として振る舞わなければいけない上に、心を読むに近い能力を持っているせいで人から恐れられているテレレには、共感する部分が多くあった。

 

(彼を協力して助ける事で、私自身を助けているような気分になっていた……)

 

 自分と同じく、理解者を得る事も出来ず孤独に生きていく事しか出来ない人なのだろうという思い込み。

 

 自分だけが苦しみを理解して上げられるという、ある種の優越感があったからこそ。

 

 出会ったばかりで、何の義理もない研一を助けようとしていたのだ。

 

 けれど――

 

(彼を本当の意味で助けてあげられるのは、私じゃない……)

 

 自分に出来るのは精々、似たような孤独を抱える者として傷を舐め合う事くらい。

 

 ヒビ割れた魂に寄り添え、癒せるのは――

 

 センやマニュアルちゃんのように、同情でなく心から研一を求める者だけだろうとテレレは昨日の研一達の姿を見て、確信していた。

 

(それに、もう君達を監視しなくてもよさそうだしね……)

 

 テレレが研一達の傍に居た事には。もう一つ理由があった。

 

 それは――

 

(生き物じゃなかったのね。道理であのマニュアルちゃんって子、魂が見えない訳だわ……)

 

 自分の能力で魂が見えなかった初めての存在、マニュアルちゃんを魔族の間者か何かではないかと警戒していたからだった。

 

(魂が見えないって、こんなにも不安な事だったのね……)

 

 疑ったのが馬鹿らしく感じるくらいに、純粋で一途な子だった。

 

 魂が見えないと、あんな子でさえ信じるのは難しいのかと初めてテレレは理解した。

 

(センちゃんも良い子だったし、仲間に恵まれているわね)

 

 そして、そんな仲間が居るならば自分がわざわざ余計な気を遣わなくても、きっとこれから上手くいく。

 

 そう思ったからこそ、テレレは研一から離れる事にしたのだ。

 

(どうして、私の周りには彼女達みたいな人が居なかったのかな……)

 

 テレレの傍には同等の仲間どころか、親しいと言える相手は居ない。

 

 それが解かる最大の理由は、研一達が来てから、ずっとテレレが研一達の傍に居た事だ。

 

 はっきり言って今の研一の周囲の評価なんて、党首であるテレレを誑かした上に、幼い女の子にまで好き放題に手を出している変態野郎でしかないのだ。

 

 もし本当にテレレの事を仲間と思う人間が居れば。

 

 あるいは、本気で心配する人間が居たのなら。

 

 そんな怪しい輩から、何が何でもテレレを引き離そうとするなり、守ろうとしていただろう。

 

 ――ベッカやロザリーが、研一を殺してでもサーラを守ろうとしたように。

 

(仕方ないか。私は君達みたいに綺麗な人間じゃないもの……)

 

 そこでテレレは自分の手を眺める。

 

 水で身体を清めている筈なのに、その手から真っ赤な血が滴っているように見えた。

 

(もう何人も人を殺しているものね……)

 

 心を読めると言ってもいい能力を持っている上に、国を思い行動するテレレの存在は、悪巧みをしたり、裏で甘い蜜を吸いたい人間からすれば、邪魔者以外の何者でもない。

 

 それならばテレレではなく、ゲスタブを持ち上げて取り入ろうとする者も居れば――

 

 テレレ本人を亡き者にしようと企てる者だって居た。

 

 ――それで魔物との戦いの要であるテレレが死んでしまえば、そのまま国が滅ぶ事さえ理解出来ず、目先の利益だけしか考えられない人間とは、どこにでも沸くものだ。

 

(言い訳をする気はない)

 

 掟に従い、テレレが自ら手を下してきた。

 

 泣いて許しを得ようとした者だって何人も居たが、それでもテレレ自身の手で処罰した。

 

(だって誰も彼も死にたくないから、その場では命乞いしているだけでしかなかったもの……)

 

 殺した人間の反応は似たり寄ったり。

 

 自分のやった事を棚に上げて、どうして自分が批難されないといけないんだと不貞腐れたような態度を取るか。

 

 あるいは人を殺そうとしていた癖に、何かしら理由を付けて自分は悪くないなんて正当化しようとするどうしようもない人間だけ。

 

 そして、殺される直前になって口では自分が悪かったから殺さないでくれなんて喚き散らすものの、反省なんて一欠けらもしていなかった。

 

 ――魂が見えるテレレに、その場凌ぎの反省なんてモノは全て解ってしまう。

 

(……見逃したって碌な事にならないもの)

 

 だが、テレレだって最初から人を殺す覚悟なんて持てる訳がない。

 

 党首になって初めて、掟に則れば死罪に値する者が出た時。

 

 どうしても人を殺せなかったテレレは、その者を処罰した振りをして、追放処分するだけに留めたが――

 

 男は逆恨みし、テレレが目を掛けていた少女を犯して殺した。

 

(……意味もなく掟なんて面倒臭いモノがある訳じゃないんだから)

 

 その日から、出来得る限りテレレは掟を守り続けている。

 

 唯一守り切れてない掟は、他の国に影響を与えないように一番強い男との間に、子どもを授かるという事だけ。

 

(そうよね。今まで掟に従って人を殺してきたのに、私だけ逃れるなんて違う)

 

 掟だからって、利己的で周りを慮れないゲスタブを党首に次ぐ立場にしていいのか。

 

 ずっと違和感があって騙し騙し先延ばしに来ていたが、自分が掟を破ったせいで新たな犠牲者。

 

 それも数少ない研一の仲間が犠牲になるなんて、テレレには耐えられそうにない。

 

(これさえ効いてくれれば、もっと早くに決断出来たのに……)

 

 水浴び場に生えている薬草と魔力を混ぜ合わせ、作り出した媚薬を中空に浮かべる。

 

 まるでシャボン玉のように浮かんでいる媚薬で出来た水玉を飲み干すが、毒耐性に優れたテレレには、ピクリとも効能を発揮してくれなかった。

 

(……君なら理解してくれたのかな?)

 

 こんな力も立場も欲しくなんてなかった。

 

 ただ笑い合える友達が居て、普通の恋をしたかったと願いながら。

 

 テレレは頭に思い浮かんだ研一の事を振り払うように頭を振るうと、ゲスタブの元へと向かう事にしたのだった。

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