憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第63話 独り善がり

「随分と焦らしてくれたじゃねえか」

 

 テレレがゲスタブのテントに入るなり、前置きもなく、そんな言葉が掛けられた。

 

 どうやら雰囲気から、テレレが何の為に自分の所まで来たのか。

 

 テントの住人であるゲスタブは、即座に察したのだろう。

 

「ったく。てめぇの捻くれた愛情には随分とヤキモキさせられたぜ」

 

「……」

 

 言葉とは裏腹に上機嫌を隠しもしないゲスタブであったが――

 

 対照的にテレレは失望を隠しもしない冷めた目で、一瞥しただけであった。

 

「俺に言い寄って来た女共は皆殺しちまうし、俺が他の女を抱こうとしても血相変えて飛んで来やがる。やれやれ、多少の嫉妬は可愛いもんだが、そこまでいくと鬱陶しくて仕方なかったぜ……」

 

(それはアナタに取り入って裏で色々危ない事をやっていたから排除するしかなかっただけだし、後者だって年端もいかない子を無理やり襲おうとしていたからでしょうに……)

 

 こうやって何でも都合の良いように考えるところが、どうしても認められなかった。

 

 どれだけ事情を説明したり注意しても、ヘラヘラ笑って自分に都合よく解釈するか、拗ねて他の誰かに八つ当たりするだけ。

 

 相も変わらないゲスタブの態度に軽蔑の気持ちが抑え切れず、テレレが表情を更に冷たくしていく。

 

「あ、何だよ、その顔。俺様が抱いてやろうってんだぜ? もっと嬉しそうにしろよ」

 

「……ぐだぐだ言わずに好きにすればいい」

 

 話すだけ無駄だと言いたげに短く吐き捨てたテレレの目に映るのは、ゲスタブの魂。

 

(……相変わらず、みすぼらしい魂をしているわね)

 

 大きく見せようとしているだけで薄っぺらい上に中身はスカスカ。

 

 努力も苦労も面倒臭がり、ただ成果だけを欲しがる何もない者特有の張りぼてみたいな魂が、そこにはあった。

 

「てめえ、それが愛しの旦那様に向ける顔か……」

 

「そう思うなら愛したくなるような旦那様になれる努力をして」

 

「気に入らねえ。てめぇは、いつもそうだ。いつもいつも小言ばかりで、俺の事を全然認めやがらねえ……」

 

(認めろ認めろって喚かれても、認めるものがないんじゃ、どうしようもないじゃない……)

 

 魔力自体は、テレレに次ぐ物を持っているのだ。

 

 そこに驕る事なく魔法の腕を磨いて、他人に仕事を丸投げせず自分で成果さえ上げてくれていれば、きっと認める事も心の底から愛する事だって出来ただろうに。

 

 結局、喚いて成果を欲しがるだけで何もしないこの男の事が、どうしてもテレレには好きになれなかった。

 

「生まれ持った魔力以外、アナタに何の価値があるの?」

 

 だからだろう。

 

 思わず、テレレの口から、秘めていた本音が漏れてしまっていた。

 

 掟で子どもを作らないといけないから生かされ、テレレが必死で監視を続けて事前に防いでいるからこそ今でも追放にもならずに済んでいるが――

 

 本当なら悪行の数々に、追放どころかとっくの昔に処刑になっている。

 

 そして――

 

「どうしたの? せっかく来てあげたのよ? 私を自分の物にしたいんでしょ?」

 

 口で強い事ばかり言うのに、自分が敵わないと思っている相手には目を合わせる事さえ出来ない臆病で情けない男。

 

 それがテレレから見た、ゲスタブという男の評価だ。

 

(そうじゃなきゃ、とっくに私なんて犯されているでしょうからね……)

 

 そもそもテレレ自体は。ゲスタブの事を許婚であり未来の夫である事を否定した事はない。

 

 掟だから仕方ない、と渋々ではあるが認めている。

 

 だから、手を出してくるのなら止める気はないというか、止めた事だってないのだが――

 

「てめぇ……」

 

 ゲスタブが怒りに満ちた目でテレレを睨み付けるが、テレレの身体に触るどころか近付く事さえままならない。

 

 これは過去の出来事が大きく関わっている。

 

 かつてゲスタブは年端もいかない少女を犯そうとした際、それを見付けたテレレに魔法で徹底的に打ちのめされている。

 

 その時の恐怖が、ゲスタブの動きを止めていた。

 

「どうしたの? わざわざ来たんだもの。抵抗なんてしないわよ?」

 

 そして、先程も言ったようにテレレとしては掟だから、不承不承に抱かれに来ただけ。

 

 わざわざ誘惑して誘う気なんて起きる訳もなく、全てを諦めた目で、ゲスタブが動くのを待つ事しか出来ない。

 

 ――無防備に棒立ちで待つ事だけが、テレレに出来る最大限の譲歩であった。

 

「…………」

 

 睦言の始まりというには似付かわしくない、重苦しい空気だけが二人の間に漂う。

 

 それでも。

 

 これが今までで最大の譲歩であり、好機である事くらいゲスタブも理解しているのだろう。

 

 緊張か、それとも興奮か。

 

 一度ゴクリと生唾を呑むように喉を鳴らしたかと思うと――

 

「い。いいんだな? わざわざお前が俺のテントにまで来たんだからな……」

 

 独り言めいた言葉を呟きながら、ゲスタブがテレレに向けて手を伸ばしていく。 

 

(この期に及んで私の責任にしないと手も出せないのね……)

 

 元々、期待なんて全くしていなかった。

 

 それでもせめて、嘘でもいいから愛の言葉の一つくらいは聞かせてほしかったなんて、テレレが頭の隅で感じる。

 

 その時だった。

 

「おい、俺の女に何してやがる」

 

 テレレに近付くな。

 

 そんな強い怒気の込められた声がテント内に響き渡ると共に――

 

 まるで瞬間移動でもしたかのような速さで、テレレとゲスタブの間に研一が割り込んできた。

 

「どう、して……」

 

 訳が解からず、テレレの口から思わず疑問の声が漏れる。

 

(あれだけ、はっきりと助けなんて要らないって拒絶したのよ? 君だって納得して理解していたからこそ、私を止めなかったんでしょ?)

 

 無責任な同情なんて迷惑だと、馬鹿でも解るくらいに伝えた。

 

 だから、今更自分を守りに来る筈がないのに。

 

「汚え手で俺の物に触ろうとしてんじゃねえよ、雑魚が」

 

 テレレを守るのが当たり前だとばかりに。

 

 いつもは誰も傷付けようとしない魂を刃のような形に変え、研一がゲスタブの前に佇んでいた。

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