憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第72話 切り札、不発

「……多分、アイツは霧か何かになる能力を持ってるんだと思う」

 

 テレレは無理にジーンの姿を探すのを止めると、冷静に現状を分析していく。

 

 魂を見る能力が急に進化して、ジーンを捉えられるようになるなんていう、都合の良い妄想に賭けるくらいなら。

 

 今、出来る事を全力でこなしていく。

 

「普通、この手の敵は霧とかになってない時に攻撃したら倒せる筈なんだけど、特殊な能力を持っているのかもしれないわ。だけど、魔物を問答無用で消し飛ばしていた君の攻撃なら、この状態でも直撃させれば倒せると思う」

 

 それはこの世界に来て間もない研一に、自分の知識を伝え補助する事。

 

 ガス等に姿を変える魔族は姿を変えてからでは、切っても叩いても痛手を与える事は出来ないが、炎等で広範囲を焼き払えばその状態でも倒せる事は書物の知識で知っているし――

 

 おそらく研一の攻撃でも倒せるだろうと予想していた。

 

「核とかそういうのを正確に撃ち抜かないと駄目とかは、ないのか?」

 

「そういう魔族も居るけど、アイツは多分違う。そういう魔族なら私の目からは、逃れられないもの」

 

 核持ちの魔族は、強ければ強い程に核も大きくなっていく傾向があり、核の方に魂が宿っているのだ。

 

 その手の魔族は何体もテレレは倒してきており、十中八九ジーンは違うだろうという確信を持って研一に告げる。

 

「けど、この手の魔物は核持ちの魔物と違って一気に全部消し飛ばさないと、しぶとく生き残って再生したりするの。アイツを消し飛ばせる程の威力の攻撃を広範囲に撃てればいいんだけど――」

 

 研一に嫉妬をしていた男の多くは、どうやらゲスタブと共にドリュアスを売り渡そうとしていた者がほとんどだったようで、研一の力は極端に落ちている。

 

 今の状態で広範囲に攻撃したところで、決定打は与えられないだろう。

 

「任せろと言いたいけど、今すぐは少し難しいかもしれん。ちょっと集中する時間があれば、いけそうではあるが……」

 

「集中する時間があればいいのね?」

 

 研一の言葉が強がりでも何でもない事を理解したテレレは、魔力を集中させる。

 

 すると木々の濃密な匂いと共に、辺りに深い霧のような物が立ち込めていく。

 

 それはあまりに濃く、研一自身の足元さえ見えなくなる程であった。

 

「くっ、目隠しですか!」

 

 さすがにこの状態では、ジーンも研一達に攻撃するのは難しいらしい。

 

 ずっと纏わり付くように続いていたジーンからの攻撃が止む。

 

(要は力を上げればいいんだよな……)

 

 研一は逃げ回るのを止めると目を瞑り、意識を集中していく。

 

 それは奥の手とも言うべき手段であった。

 

 かつてジュウザ達を含む魔族軍を蹴散らした、自己嫌悪による自らの強化。

 

(ゲスタブも、それに着いて行って殺された連中も、言ってしまえば俺の演技に騙された被害者なんだよな……)

 

 それこそ本当に死にたくなるくらいに心が擦り減るから、滅多な事では使わないようにしているが、ここが使い時だろう。

 

 普段は目を逸らしたり、正当化している自分の悪事に目を向けていく。

 

 今までの所業を見詰め直し、その嫌悪が凄まじい力を生み出してくれる――

 

 筈だった。

 

「え? な、何で……」

 

 ジュウザ達を倒した時と違い、まるで力が湧いてこない。

 

 あまりに予想外の事態に、研一は戸惑いの声を漏らす。

 

「……自分の魂を、自分で傷付けようとしたの?」

 

「魂とかそういう話は、よく解からないけど、俺を憎むのって別に他人じゃなくてもいいんだ。だから、自己嫌悪で強くなろうとしたんだけど――」

 

「……私が見てきた君は、自分を嫌う理由なんてない、良い人でしかなかったよ」

 

「え、だって――」

 

「そんな自分を責めないといけない程、君は誰かを傷付けた? 誰かを犠牲にした?」

 

 テレレの言葉に、研一は気付いてしまう。

 

 最初に思い浮かんだゲスタブ達の事は、よくよく考えれば自業自得みたいにしか思えないし、そこまで心は痛んでない。

 

 そして、真っ先に浮かんだのがそんな大して心も痛まなかった相手でしかなかった以上、それよりも後ろめたい相手なんて今回は居なかった。

 

(それなら――)

 

 確かに今回は思っていたより、人を傷付けなかったかもしれない。

 

 ならばとばかりに過去の事に想いを馳せようと、集中しようとした研一であったが――

 

 それを止めるように、テレレの手が優しく研一の頬に触れる。

 

「君はさ、そんなに自分の事嫌い?」

 

 未だ戦いの途中だと言うのに、テレレは慈しむように研一の頬を撫でながら、真っ直ぐに研一の目を見詰める。

 

「…………」

 

 気まずそうに研一がテレレから視線を逸らす。

 

 穏やかで、それなのに吸い込まれそうなテレレの瞳。

 

 見惚れる程に綺麗な筈なのに。

 

 何故か、その目を直視し続けるのが後ろめたくて。

 

「私さ。君の事、好きだよ。悪ぶって本気で嫌われようとしている癖に、悪態吐くくらいしか出来ない真面目なところとか可愛いし――」

 

 そうして逃げようとする研一であったが、逃がさないとばかりにテレレは研一の首に腕を回して、顔を近付けると――

 

 先程撫でていた頬に口付けて、ペロリと舌で舐めた。

 

「なっ――」

 

「今だって、そう。本気で嫌なら抱えるのなんて止めて私なんか地面に落としちゃえばいいのに、そういう事の出来ないトコ、ずっといいなって思ってるよ」

 

「何を言って……」

 

 突然のテレレの行為に研一は驚いて、逸らしていた顔を戻そうとするが――

 

 唇と唇が触れ合いそうな程に顔が近い事に気付いて、再び顔を逸らした。

 

「その癖してさ。私を助けるって決めたら、恨まれるって思ってても自己満足だって理解してても、それでもゲスタブから全力で助け出しに来てくれる強さがあるところも好き」

 

 戸惑う研一の反応なんてお構いなしに。

 

 更にテレレは言葉を紡いでいく。

 

「私だけじゃないよ。センちゃんも、マニュアルちゃんも、君が思う以上に君はたくさんの人に好かれてる」

 

「今はそんな事を言ってる場合じゃ――」

 

「この場を切り抜けるだけなら、そのやり方でもいいと思うわ。でも、そんなやり方を続けてたら君の心は壊れてしまう……」

 

 声を上げた研一を落ち着かせるように声を掛けつつ。

 

 テレレは問い掛ける。

 

「ねえ、本当に君は君の事が嫌い? そんな好き勝手暴れ回れる免罪符みたいなスキル貰った癖に、不器用に優しくしか生きられない。私は君のそういうトコ、大好きだよ」

 

 ――ケンのそういう真面目さも不器用さも、私はむしろ好きですよ?

 

 テレレの言葉に研一の脳裏に古い記憶がフラッシュバックする。

 

 忘れようとしても忘れられない、恋人との幸せだった頃の思い出。

 

「お、俺は――」

 

 テレレの言葉を否定すれば、恋人との思い出さえ否定してしまいそうで。

 

 でも、自分がもっと器用に恋人を気遣える男だったなら、自殺するまで追い詰める事もなかったなんて想いに、研一が言葉を詰まらせた瞬間――

 

「そこですか!」

 

 研一とテレレが問答している間に、テレレが発生させた霧は、大分薄れてきており。

 

 ようやく研一達の位置を確認したジーンが、堪え切れないとばかりに襲い掛かって来た。

 

 光り輝くジーンの白い腕が、研一に抱えられているテレレに迫る。

 

(やばい、このタイミングは――)

 

 想像以上の至近距離。

 

 しかも、ジーンは身体を塵状から通常の人型に戻っている上に、攻撃の為に魔力を溜めていたらしい。

 

 抱えているテレレに向かって、鋭く放たれた抜き手を受ければ、おそらくテレレ諸共、研一達の身体は貫かれてしまうだろう。

 

(ああ、駄目だ……)

 

 もう避ける事も防御する事も、間に合いそうにない。

 

 それでも被害を最小限にする為に出来る事があるなら、精々、テレレをジーンの方に放り投げれば、運が良ければ自分だけでも助かるかもしれなかったが――

 

(確かにテレレの言う通りだ……)

 

 そこで研一は、気付いてしまった。

 

 二人して無駄死にするなんて頭では理解している筈なのに、咄嗟に背を向けてテレレの事を庇わずには居られない自分の事が、そんなに嫌いじゃないって事に。

 

「ぐっ――」

 

 果たして。

 

 絶大な破壊力の込められたジーンの腕が、研一の背中に突き刺さった。

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