憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第七章 マニュアルちゃん
第75話 悲劇の始まり


 僅かだが時は遡る。

 

 まだ研一が気絶した状態で、テレレから治療を受けていた頃。

 

 時間にして一時間くらい前の事であった。

 

「ったく。さすがに色々と気ぃ遣い過ぎでしょ……」

 

 薬の材料となる水を汲みに行く為に歩いていたロザリーは、誰に告げるでもなく愚痴のような言葉を漏らしていた。

 

 というのも、研一が起きられない程の負傷をしたと知れば、ドリュアス国の人間が不安になるかもしれない。

 

 あるいは、そこまでの激闘を繰り広げて自分達を守ってくれたのかと尊敬の念などを集めてしまう可能性だってある。

 

(だからって魔族撃退記念にテレレで楽しむから、なんて説明しないでもいいでしょうに……)

 

 もう敵も居ないそうだし、そこまで徹底しなくてもいいだろうとロザリーとしては思うが、気絶する直前に研一本人が、提案してきた事なのだ。

 

(もう尊敬とか色々と通り越して、呆れるわ……)

 

 気絶するくらい痛いんだから泣き言の一つでも言えばいいのに、見栄と痩せ我慢の王者でも目指しているのかとロザリーは思う。

 

「ただでさえ、スキルの事とかで気が休まらないのに。身体壊しちゃわないか、心配です……」

 

 ロザリーの言葉に同意するように相槌を打ったのはセンだ。

 

 いつもいつも甘えさせてもらっているばかりで、研一の事を癒してあげたいなんて願い続けているセンからすれば――

 

 そこまで傷付いているのに頼ってもらう事も支えてあげる事も出来ないのは、心の痛い話であった。

 

「御主人様はスキルの兼ね合いに、皆さんの事を思って、そういう提案をした筈なのです。傷付き倒れる直前でも失われない、その合理性と思慮深さは、褒められ称えられるべきではないのです?」

 

 二人の会話に不思議そうに首を傾げるのは、マニュアルちゃんだ。

 

 少し前にあった空気読めな過ぎ事件でさすがに色々と思うところがあったようで、自分の意見が周りと違う時は、事ある毎にロザリーに訊ねるようになっていた。

 

「理屈的にはね。ただそれはそれとして、もっと自分の身体の事を考えろって思うものなのよ。ね、センちゃん」

 

「そうだよ。マニュアルちゃんは研一さんの事、心配じゃないの?」

 

「あの程度で再起不能になる程、御主人様は柔ではないのです」

 

 この三人が薬の材料となる池の水を汲む為に向かっている人員であり。

 

 選出の理由は、研一の事情を大体知っているメンバーという事と、研一の治療の為なら自分がと自ら申し出た事からだ。

 

 ――ただ、ロザリーはセンとマニュアルちゃん二人だけでは、心配だったからという理由の方が大きいだろう。

 

「そういえば、ロザリー。疑問なのですが、どうしてもその池の水でないと駄目なのです?」

 

「一番近い場所がそこってだけね。ドリュアスがある密林って薬草とかの宝庫でね。その薬草の成分が長い年月、滲み込んだ水が要るのよ」

 

「なるほど。理解したのです」

 

 空気読めな過ぎ事件の時に相談に乗ってもらい、心を開いたのか。

 

 マニュアルちゃんはロザリーの事を人間呼びでなく、名前呼びになったのだが――

 

(懐いてくれるのは嬉しいんだけど、この子、サーラ様の事もテレレ様の事も人間呼びするから、ちょっと困るのよね……)

 

 これが事情を知らないドリュアス国の人間からすれば、研一が築き上げているハーレムの中での序列がロザリーが一番上だという風に見えてしまっており――

 

 トンデモナイ淫乱女だと思われているようなのだ。

 

(ま、アイツ等に何を思われたって、嫌がらせさえしてこないんなら、別にいいんだけど……)

 

 問題は、ロザリーが敬愛するサーラの事だった。

 

 サーラは研一の事情を知らない事になっているせいか、表向きは研一にあまり良い態度を取らない事が多い。

 

 その為にマニュアルちゃんからは、御主人様に失礼な態度を取る人間として、あまり好かれていないというか、露骨に嫌われている。

 

(サーラ様に羨ましそうな目で見られるのは、正直、堪えるわ……)

 

 どうやら子ども好きらしく、センとマニュアルちゃんにあまり好かれていない事を、相当に気にしているらしいのだが――

 

 サーラが研一の事情を知らないフリしている以上、ロザリーに出来る事なんてなかった。

 

 ――尤も、センがサーラを苦手としている理由は研一の事を嫌っているフリをしているからではなく、怪奇全裸女の印象が強いからだ。

 

「さて、着いたわね」

 

 センやマニュアルちゃんの足に合わせていたからだろう。

 

 少し時間は掛かったモノの、それでも大した距離ではない。

 

 早速、水を汲もうと三人が池に近付こうとした。

 

 その瞬間であった。

 

「何、これ……。気持ち悪い……」

 

「大丈夫――」

 

 突然、センが苦しそうに蹲り、慌ててロザリーが駆け寄ろうとする。

 

 けれど――

 

「危ないのです!」

 

 何かに気付いたマニュアルちゃんが、慌ててセン達二人を突き飛ばす。

 

 人形めいた儚い見た目と違い、意外と足が速いマニュアルちゃんは腕力も見た目より、ずっと強い。

 

 目論み通りに二人を突き飛ばす事は、出来たのだが――

 

「くそが! どいつもこいつも俺の邪魔しやがって! イライラする! 大人しく捕まってろよ、役立たずのゴミ共が!」

 

 さすがに自分が逃げる余裕までは、なかった。

 

 突如として、池の中から現れた相手に捕まってしまう。

 

「はっ。まあ、てめぇでもいいか。あのガキの仲間だもんなあ……」

 

 池から現れマニュアルちゃんを捕まえた者の正体。

 

 それは、ジーンに腹を貫かれて死んだと思われていた男、ゲスタブであった。

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