「これで大丈夫……」
翌日。
テレレは徹夜での作業を終え、満足そうに頷く。
用意していたのは研一と旅に出る為の支度だけではなかった。
「罠と結界は、たくさん用意した。これで私が居なくなっても、暫くは平気……」
テレレが準備していたのは、自分が居なくなった後のドリュアスを守る為の備えであった。
例え今日、ドリュアスという場所を捨て去るのだとしても。
いや、だからこそ。
何の憂いもなく旅に出る為、テレレは寝る間を惜しんで作業に勤しんでいたのだ。
(ふふ、本当に私って、つまらない生き方をしてたのね)
それ程の作業をこなしておきながら、テレレの旅支度は既に終わっている。
別に急いで旅支度を終わらせた訳ではない。
ずっと、ドリュアスの党首として生きるだけで精一杯であり――
持っていきたいような私物がそもそもなくて、旅の為に出来る支度に手間も時間も掛からなかったからだ。
(外には、何があるんだろう……)
旅に出るには心許なく見える荷物を眺めて、テレレは考える。
ドリュアスという狭い世界で生きてきた。
外の世界の事なんて書物で見た事か、あるいは党首達が集まって会議をする時に少し話をして聞いた事があるくらい。
不安がないと言えば嘘になるだろう。
(まずは服をどうにかしないと……)
現状テレレが持っている服なんて、植物の葉っぱを加工して、隠す場所だけ隠しているような簡素な物でしかない。
テレレ個人としてはサーラと似たり寄ったりの格好だとは思っているが、どうやら露出度が似ていたところで布と葉っぱでは与える印象が全然違うらしい。
よく解からないが、そういうモノだというのなら、外の常識に合わせていった方がいいだろうと、テレレは布で出来た服を着ている自分を想像する。
(これからは研一と、ずっと一緒……)
そうして、今までの常識を無意識にあっさり捨ててしまえた理由は、変化への不安を恐れるよりも――
研一との旅への期待の方が大きい事が理由だろう。
(一緒にお話したり、御飯食べたり、下らない事で笑い合って、偶に喧嘩して――)
ずっとずっと憧れていた友達と過ごしていく日々。
それに比べれば、義務だけで過ごしてきたようなドリュアスでの過去に、何の価値も見い出せなかったのだから。
そうして、未来への期待と憧れと共にテントを出たテレレを待っていたのは――
「え、何、これは?」
まるでテレレを待ち構えるように、大勢の人間が集まっていた。
中心に居るのは研一にロザリー。
その隣に居るのはサーラ。
そして、その三人に集められたかのように、国中の人間がひしめき合っている。
(センちゃんの姿が見えないけど……)
たった一人を省けば、現在、ドリュアスに居る全ての人間が集まっていた。
国民にバレないように隠れて国を出る事を想像していたテレレは、予想外の事態に戸惑い、どう動けばいいのか解からず――
その場に立ち尽くす事しか出来ない。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぜ、主役が居ねえと始まらねえからな」
そこで準備が整ったとばかりに、研一が口を開いた。
任せろと言わんばかりの堂々とした姿に、テレレの中に湧き始めていた不安が、あっという間に掻き消されていく。
(ああ、そうか。君の事だから、ドリュアス国のその後の事も考えて、何か良い案を思い付いてくれたのね)
テレレが突然居なくなってしまえば、いくら罠や結界の準備をしていたって、問題にならない訳がない。
おそらくサーラにドリュアスを任せて、自分を連れ出す為の話をするに違いない。
そんな風に予測したテレレは、それならば流れに身を任せつつ、研一の話に合わせていこうと心構えをする。
「サーラ。覚えてるよな。ドリュアスを救ってやったら、俺が好き放題扱ってもいい女をくれるって話をよ!」
「……覚えています。ですが、その件に関してはドリュアス国の救援が終了し、サラマンドラ国に戻ってから準備するという話になっていた筈ですが――」
こんな話をわざわざ国中の人間を集めてする意味が解らないとばかりに、サーラが戸惑いの表情を見せるが、テレレには予測出来た。
つまり、その好き放題していい女として自分を要求するつもりなのだと。
はたして――
「わざわざ帰ってから用意するまでもねえよ。居るだろうが、そこに最高に俺好みの女がさ!」
テレレの予想通りの言葉が放たれる。
そして、研一はそいつ以外に有り得ないと言わんばかりの態度で、テレレの方を見た。
(なるほど。私を報酬としてもらっていくから、代わりにサーラにドリュアスの治安を任せられる人材とかを派遣して貰おうという訳ね)
普通で考えれば、かなり難しい話ではある。
だが、連れて行かれる当の本人であるテレレが協力するなら出来ない事はないだろうし――
(任せて。どんな無茶な振りをされても、全力で応えてみせるわ!)
そして、テレレ本人は全力で協力するつもりであった。