憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第85話 無駄だなんて認めない

「ほら、まずはテレレとそのガキをこっちに寄越しな。真っ先に協力してくれた奴には、多少待遇はよくしてやるぜ?」

 

 テレレが混乱している事なんて気にも留めず、言葉と共に研一が魔力を放出する。

 

 俺にブチのめされたくなかったら、さっさと言うとおりにした方が身の為だと言わんばかりの高圧的な態度で。

 

 けれど――

 

「おいおい、そりゃ何の真似だ」

 

 今まで話を聞くだけになっていたドリュアスの民が、まるで示し合わせたかのように、一気に動き出す。

 

 研一からテレレと子どもを守る、壁にでもなるように。

 

「今の見てただろうが。サラマンドラのお姫様に守って貰わなきゃ魔族の襲撃にも耐えられないクソザコ共が、そのお姫様が手も足も出なかった、この偉大な救世主様とやろうってのか?」

 

 今の研一は凄まじいまでの自己嫌悪に加えて、多くの憎悪を集めている。

 

 魔力を放出して威嚇する姿は、はっきり言って魔族の群れ以上に恐ろしく――

 

「…………」

 

 壁になった人間は全身が震え、声一つ出す事が出来てない。

 

 中には立つ事すら困難で、隣に居る者同士で支え合うようにして何とか立っている状態の者すら居る始末。

 

「大人しくそのガキとテレレを渡せよ。ガキの方はともかく、テレレはもう汚れきっちまってんだ。今更庇ったところで何も変わりゃしねえ。今すぐに渡すってんなら、俺も手荒な真似はしねえぜ。雑魚を一々片付けるのも面倒臭いからな」

 

「だ、黙れ……」

 

 けれども、壁になっているドリュアスの民の一人は必死で恐怖を抑え込むと――

 

 声を震わせながらも、気丈にも研一を睨み付ける。

 

「俺はな、アンタとイチャイチャしている姿に嫉妬してたけど、それでも安心してたんだ。ゲスタブと一緒に居る時と違って、お前と居る時のテレレ様は笑ってたからな」

 

「……私もよ。いくら掟があるからってあんな奴、さっさと追い出した方がいいって何度提案しても、辛そうな顔するだけのテレレ様がよ。あんな楽しそうにしているのなんて初めて見たから、アンタならって思ってたのに……」

 

 一人が声を出せば、それに呼応するように次々と周囲から言葉が溢れ出し――

 

 いつの間にか、ドリュアスの民は震える事もなく、ただ怒りと後悔に突き動かされるように、研一と向かい合っていた。

 

「俺達を守る為にテレレ様が犠牲になるくらいならな、ここでお前に一矢報いて死んでやる!」

 

「そうよ! 足手纏いになるくらいなら、その方が何百倍もマシ!」

 

 決してドリュアスの民は、テレレの境遇に何も感じていなかった訳ではなかった。

 

 ただ手を差し伸べていいと思うには、あまりにテレレの存在が強く大き過ぎただけ。

 

 自分達のせいで裏で傷付いて泣いていたと聞かせられれば、助ける力が足りないだとか、自分じゃ何の役にも立たないなんて尻込みなんてしている余裕もなく――

 

 玉砕すると解かり切っていたって、立ち向かうくらいの恩も人情も持ち合わせていた。

 

「はっ、馬鹿か。今更気合入れたって何になるってんだ? もう何十回も抱いてやってるんだぜ? 手遅れだろ」

 

「ふふ、そうね。アレだけ毎日好き放題抱いてたもの。もうとっくに妊娠してるんじゃない?」

 

 けれど、そんなドリュアスの民の神経を逆撫でするように――

 

 研一とロザリーが嘲笑う。

 

 もう汚れ切った女に、そこまでする価値があるのかと言いたげに。

 

「それ以上、その口を開くな!」

 

「死ね!」

 

 そこまで言われて我慢出来る程、ドリュアスの民は鈍くも温厚でもなかった。

 

 掠り傷一つ負わせられずに、殺されると解かっていても。

 

 我先にと研一に挑みかかり――

 

「テレレ様! 子ども達を連れて逃げて下さい! 少しでも時間を稼いでみせます!」

 

 少しは冷静さの残っていた者も。

 

 それだけ告げると、子どもを預けて研一へと突っ込んでいく。

 

「あ、ああ――」

 

 そこでドリュアスの民が壁になっていて、研一の姿を少しの間だけ、見る事が出来なかったテレレは見た。

 

 全てを燃やし尽くしそうな程に荒れ狂っていた魂が――

 

 まるで包み込むような、温かく優しい光に満たされていくところを。

 

(君は! 君って人は――)

 

 テレレは魂の形や動きを見れるだけで、本当に心までは読む事は出来ない。

 

 それでも。

 

 今だけは、テレレには研一が自分に何を伝えたいのか、はっきり解かった。

 

『俺に敵わないのなんて解っているのに、テレレの為にこれだけ戦ってくれる人が居るんだ。今までドリュアスの為に頑張ってきたのは、無駄なんかじゃなかっただろ?』

 

 その瞬間、テレレの胸の奥から熱い想いが込み上げてくる。

 

 この研一の茶番劇が何の為に行なわれていたのか、その全てを理解して。

 

 ――ああ。テレレがこれだけ頑張っているのに、守ろうともしない連中なんて、どうなってもいいさ。

 

 あの時の言葉は、テレレをドリュアスから連れて行ってくれるという、そんな単純な意味の言葉ではなかったのだ。

 

 テレレの努力も献身も何も解からない連中なら、それこそ本当にどうなろうと知った事ではないという底知れない怒りの言葉であると同時に――

 

(それでも君は、信じたかったんだ……)

 

 そこまで腐った人間ばかりじゃない筈だと。

 

 テレレの努力や苦労が無駄であって堪るかという、研一の願いさえ込められた言葉であったのだ。

 

 そして――

 

(もし本当に皆が私を守る気すらない期待外れの人しか居なかったら、君は本当に私を攫ってでも連れて行く気だったんだね……)

 

 研一が子どもに石を投げられた後に、心の底から本気で怒っていた理由。

 

 それは、テレレを守ろうとする人間が、こんな子どもしか居ないのかという失望が深かったからだろう。

 

(優し過ぎるよ、不器用なくらいに……)

 

 ただドリュアスという国から連れ去ってくれれば、それだけで十分救われていただろうに。

 

 どれだけ自分が誤解され、恨まれたって――

 

 テレレの今までの人生に意味を作りたかったのだろう。

 

 仮に今とは正反対のスキル。

 

 人に好かれる程に強くなる力という逆の能力を持っていたとしても、きっと研一は同じ事をしていただろうと、テレレは思う。

 

(だって君の魂には自分が強くなる為の計算とか、そういう打算の色が全くないもの……)

 

 この茶番は全て、ドリュアスの民を試そうとしただけ。

 

 もし本当にテレレを守る気もない連中しか居ないなら、最初に石を投げた子ども以外は全員叩きのめして、研一はテレレを攫って行った筈だ。

 

 そして――

 

「はっ! 今更忠臣面してるクソザコ共の意見なんて聞いちゃいねえんだよ! テレレ、来いよ! 今までみたいに毎晩毎晩、嫌って程に可愛がってやるぜ!」

 

「下らない国の管理なんかするより、よっぽど楽しいわよ。アンタも救世主様に可愛がってもらって、口では何だかんだ言って、悦んでたんじゃないの?」

 

 その上で、研一とロザリーはテレレの事を全力で誘っていた。

 

 俺達と一緒に旅に出ないか、と。

 

 群がるドリュアスの民を必要以上に傷付けないように叩きのめしながら、それでも真っ直ぐにテレレの方を見詰めて。

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