憎まれた世界の果てに   作:お米うまい

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第97話 それすらも嘘の想いなのに

「ディー!」

 

 その瞬間、部屋の扉が開け放たれると共に、咎めるような声が響く。

 

 話題の人物であるマキが、怒りを隠しもしない表情で、研一とプロディの方を睨んでいた。

 

「あ、なんだ? マキーナ国の党首は客の部屋に入るのにノックも出来ねえのか?」

 

(やっぱり扉の前に居た人は、マキさんだったか……)

 

 突然の乱入にも驚き一つ見せず、悪党の演技を継続する研一であったが、これは別に度胸が据わっているという訳ではない。

 

 少し前から敵意のようなモノを感じており、そろそろ入ってくるだろうなと予想していたからだ。

 

「お嬢様!? その、これは――」

 

 だが、プロディの方は、マキが外に居た事に気付いていなかったらしい。

 

 突然の乱入者に驚いた上に、裸で研一に覆い被さっているという今の光景を自覚して、誤解されているのではないかと思い至り。

 

 しどろもどろといった様子で言い訳の言葉を探そうとするが――

 

「無礼な振る舞い、申し訳ありません、研一様。部下の非礼共々、謝罪させて頂きます」

 

 マキはプロディの慌てた様子に目もくれず、真っ直ぐに研一に顔を向けると、先程までの怒りを瞬時に抑え込み。

 

 お面でも貼り付けたような無表情で研一に近付いて来たかと思うと、謝罪もそこそこにプロディを研一から引き離す。

 

「お嬢様!? こんな男に頭を下げる必要なんて――」

 

「ディー。黙って」

 

 納得いかないとばかりに声を上げるプロディを、マキは一言で黙らせつつ――

 

 これ以上研一の前で肌を見せるなと言わんばかりに、プロディが脱ぎ捨てたメイド服を押し付けた。

 

「研一様。正式な謝罪は後ほど、させて頂きます。お休みの所を邪魔してしまい、重ね重ね、申し訳ありませんでしたわ」

 

 プロディが服を着たのを確認するや否や。

 

 再びマキは頭を下げたかと思うと、プロディを連れて部屋を出ていった。

 

(これで嫌ってくれただろうな……)

 

 マキが外に居る事を解っていて、貶すような事を言ったのは偶然ではない。

 

 余命少ないというマキに恨み辛みだけで生きてほしくはないが――

 

 勘違いでしかない恋心に振り回されて、残り少ない時を浪費してほしくもなくて。

 

 トンデモナイ勘違いで恋心なんて抱いてしまったマキの気持ちを、冷めさせる為に言った部分も大きかったのだ。

 

(まだ会って一日も経ってないんだ。今なら傷は浅いだろうしね)

 

 必要最低限の傷だけで、マキの間違った恋を終わらせる事が出来た。

 

 後はマキーナ国に起きている問題を解決して、魔族を打ち倒し――

 

(マキさんの身体を治せるくらい、功績値に余裕があればいいんだけど……)

 

 これから嫌われていくマキに。

 

 償い代わりに治療が出来ればいいなと願い、研一は眠りに就いたのであった。 

 

 

   ○   ○

 

 

「お嬢様! 今からでも遅くありません! あんな外道、即刻サラマンドラ国に送り返すべきです! もし契約を打ち切っても帰らないと言うのなら、私が命に代えても叩きのめしてみせます! そもそもあんな男を寄越すなんて、サラマンドラ国へ抗議の――」

 

 マキに連れ出され部屋を出たプロディは、我慢出来ないとばかりに吠えていた。

 

 怒りのままに次々と言葉が飛び出し、それは暫く止まらないだろうと思われたが――

 

「きゃあっ!」

 

 絶え間なく続くと思われた言葉は、可愛らしい悲鳴と共に終わりを迎えた。

 

 突然、マキがプロディの胸を両手で揉み始めたせいで、怒りの言葉を並べ立てるどころではなかったのだ。

 

「お嬢様!? 突然何を……」 

 

「ディー。私はね、研一様と貴女の話、ほとんど最初から聞いていたのよ」

 

 そもそもマキとしては、自分の身体一つで国を救ってくれるというのは、あまりにも条件が破格過ぎるという印象しかなくて――

 

 身体さえ健康であるならば、今すぐにでも身体を好きにしてくれていいとさえ感じていた。

 

(ですが、ディーの言っていたように、きっと私の身体では、研一様との行為には耐えられませんもの)

 

 だからこそ、せめて別の行為で少しくらい先払いしてあげられたなら。

 

 手や口で頑張るくらいなら、きっと身体にそこまで負担も掛からないだろうと思い、マキは研一の部屋を訪れていたのだった。

 

「最初は辛くて崩れ落ちそうになりましたわ。結局、あの方も私なんかではなく、ディーを選ぶんだわって思って……」

 

 そうして研一の部屋を訪ねようとしたマキの耳に、プロディの声が響いてきて。

 

 思わず中を覗き見たマキの目に飛び込んできたのは、裸で研一に覆い被さるプロディの姿であった。

 

 扉を開け放って止める事も出来ず――

 

 研一とプロディの邪魔をしないように、大声で泣き喚きたくなる事を抑える事くらいしかマキには出来なかった。

 

「お嬢様、お止め下さっ――」

 

 その時の事を思い出してしまったマキは、プロディの胸を揉む手に力を込もり、握り締めようとでもするかのように乱暴に鷲掴んでしまう。

 

 プロディが痛みで言葉を途中で止めた事に気付き、マキは慌ててプロディの胸から手を離して、話を続けていく。

 

「けど、違いましたの。あの方はディーに目もくれず、私の事だけを考えてくれていました」

 

 貧相で魅力がない身体だと言われたのは、ちょっとどころでなく悲しくて。

 

 プロディみたいに女性らしい身体付きをしていれば、少しくらい価値はあったのかなんて、マキは涙すら流しそうであった。

 

 けれど――

 

「綺麗な物ほど壊した時に気持ちいい? 価値ある物ほど無茶苦茶にするのが楽しみ? 結構な事じゃないですの。それがあの人の愛し方で、そんな形でも私を認めて下さったんですもの」

 

 どんな形であれ、自分の苦労と努力を認めてくれた。

 

 立派な女だと、はっきりと断言してくれたのだ。

 

 ――それもマキ自身に告げたのではなく、裸で迫るプロディを断る為に。

 

「残り少ない命。それを、自分の価値を認めて下さった人の為に全てを捧げられるなんて、幸せだと思いません事?」

 

 それだけでマキには十分で、それだけが全てだった。

 

 研一の思惑と違い――

 

 マキの恋心は消えるどころか、研一への想いで己の身を燃やし尽くしても構わないと思う程に、熱く猛りを増していた。

 

「残り少ない命、それならばどんな形であれ、認めてくれた人に捧げたいという気持ちは解からなくはありません。ですが、それはあまりにも――」

 

(悲し過ぎるでしょうに……)

 

 そんなマキを諸手を挙げて応援する事は、どうしたってプロディには出来なかった。

 

 近い内に燃え尽きてしまうと解っている命だからこそ――

 

 偽りでもハリボテでも構わないから、甘く幸せな時間を過ごしてほしいと思ってしまうのだ。

 

「ディー。貴女の言いたい事は解かりますわ。踏み躙られる事が解っている恋なんて不毛と言いたいのでしょう?」

 

「……僭越ながら」

 

「歪な考え方だと事は私だって解かっております。けれどね、ディー。歪だろうと、嘘で塗り固められた愛を抱えて死ぬよりは、真実の想いをぶつけられて燃え尽きてしまいたいの」

 

「…………」

 

 けれど、マキがプロディの考え全てを見透かしたかのように、そんな言葉を告げるから。

 

 それ以上、何も言い返す事なんて出来なくて。

 

(どうして……。どうして、唯一理解を示した方が、あのような外道なのですか!)

 

 一人で誰にも理解されずに死ぬよりは、確かに歪んだ外道男一人にでも、認められて逝く方がマシなのかと諦めて納得しようとするも――

 

 あまりに理不尽だとばかりに、プロディはこの残酷な巡り合わせを呪うのであった。

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